移動販売車「クーゲルシュライバー」

花 千世子

  丸っこいボディのバスを模したかたちの車は、ボディがベージュと白なのでどんな景色にも馴染みます。

  基本的に店主が気に入った商品を置いていますが、人気商品は定番化していきますのでその辺りは臨機応変に販売しています。

  店舗を持たないため、車を置くスペースさえ確保できれば、どこへでも行けます(市内限定)お祭りにも参加可能です。

  月曜日から金曜日までは〇〇書店の駐車場を借りて販売していますので、気軽にお声をおかけください。 


                                   店主 来野美子(くるのよしこ)


 私はそこまで文章を入力してからキーボードを打つ手を止める。

「お祭りには呼ばれないかなあ……。まあいいか」

 そう呟いてキーボードを叩こうとして、パソコンの時計に視線を向けた。

 午後四時三〇分。そろそろ彼らがくる頃。

 私はノートパソコンをしまおうとして、ふと画面を見る。

 画面に写っていたのは、自分のホームページ。

 文房具の移動販売車『クーゲルシュライバー』を宣伝するために自分で一から作ってみたけれど、ブログのほうが良かったかもしれないと今さら後悔している。


「ありえねえ。明日が卒業式とかさー!」

 元気な声が聞こえたので販売口から外に視線を向けると、学生服を着た高校生男子が二人立っていた。

「いらっしゃいませー!」

 私は笑顔をつくり、明るい声で二人を迎える。

 車の外に設置した棚に並べた商品である文房具を見ようともせずに、高校生――常連二人が話しこむ。

「だからさ、雫(しずく)。紅坂(こうさか)に告ればいーじゃん。もう会えるのは明日だけなんだし」

「無理無理。『好き』とか口で言える人は本当に尊敬する。俺プロポーズとかも絶対できないタイプだ。このままずっと彼女も結婚できずに孤独死するのかも」

 雫と呼ばれた彼は、うちの店でたまに消しゴムやシャープペンシルを買って行ってくれる。その隣にいる子もボールペンやノートを買っていてくれたりもする。

 しかし、二人の会話を聞く限り、今日は買い物の気分じゃないのかもしれない。特に雫君のほうは。

 だけど、店の前で話してくれているだけで賑やかになるから無駄話、大いに結構。

 私がこの隙にホームページの更新の続きでもしようかと考えて、ノートパソコンを開こうとした途端、声をかけられた。

「お姉さん。今、暇ですか?」

 雫君が死にそうな目でそう尋ねてきた。

「え?! いや、まあ、うん。お客さん、二人しかいませんしねえ」

「二人じゃないよ。俺一人っすよ」

「え?! だって友だち」

 私はそこまで言うと販売口から顔を出してキョロキョロと辺りを見回す。

 雫君しかいない。

「あれ? 先に帰っちゃったんですか?」

「そう。彼女に呼ばれたって喜んで。ひどくない?」

「まあ、彼女に呼ばれたんならしかたがないのではないですかねえ」

「アイツ、片思いの相談に乗ってやるよ、とか言ったくせにさー」

 雫君はぶつぶつと文句を言いつつ、もう既に小さくなってしまった友人の背中を睨みつける。

 なんだか雰囲気が良くないので、私は話しを変えてみることにした。

「明日が卒業式なんですね」

「そーなんです……。卒業式なんです……」

 雫君が目に見えて落ち込んだ。余計に雰囲気が悪くなりそう。

「う、うれしくないの? 私は高校の卒業式なんてうれしくて舞い上がったけどなー」

「お姉さんって、もしかして女子校だった?」

「なんで分かったんですか?!」

「だって、女子校だから片思いの相手もいなかったのかなーと」

 私は取り出したノートパソコンをしまいながら言う。

「そういえば、さっきの会話聞こえちゃったんですけど、明日告白するんですか?」

「なっ?! 告るとか! もー無理無理! 好きとか言えたら苦労しない」

 そう言って顔を真っ赤にする雫君は、今時の男性アイドルみたいな顔をしているのでモテそうだ。恋に奥手なのだろうか。

「口で言うのが恥ずかしいなら、スマホで言ってもいいじゃないですか?」

「いや、スマホで告白するなんて男らしくないし、それに俺、紅坂の――相手の電話番号とか知らないし」

 そう言うと雫君は散歩が中止になった子犬みたいにしゅんとした。

 そっか。完全に片思いというわけか。それは告白する勇気がないわけだ。

 そんなことを考えつつ、彼が右手に持ったスマホに視線を向ける。   

 スマホにぶら下がっていたのは、小さなボールペンがついたストラップ。 

「あれ? それって、ぺんてるの60周年記念限定のボールPentelミニストラップでは……」

 私がそこまで言うと、雫君は自分のスマホを見て頷く。

「そう。3年前に兄貴がくれたんだ。兄貴、その後、社長になったからこれはまあお守りみたいなもん」

「へー。縁起が良いですね。でも、せっかくのボールペンなのに使わないんですか?」

「使いまくってるよ。俺、将来、ラノベ作家になりたいからアイデアいつも考えてて。浮かぶたびにこれでどこでもメモしてるし」

「ラノベ作家ですか。いいですねえ。どこの出版社狙ってるんですか?」

「お姉さん、けっこう美人なわりにはオタクだよね。出版社は……。まだ決めてないけど。いや、それよりも!」

 雫君は、そう言うとこちらを真っ直ぐ見つめて続ける。

「そんなことよりも、俺は明日、告るべきですか?!」

 知らんがな。

 ……とは言えないので、少しだけ考えてから答える。

「後悔しないようにすればいいと思いますよ」

「それは告れということですね!」

「まあ、それで後悔しないなら。でも、告るの無理ってさっき言ってましたよね?」

「言葉で伝えなきゃいい」

「はあ。じゃあテレパシー?」

 私の言葉に、雫君は「ウケる!」と言って笑いだした。なんだ元気じゃないか。

 ひとしきり笑った後、彼は真面目な顔に戻る。

「男から第二ボタン渡すのって変かな?」

「変じゃないですよ」

「もらってくれると思う?」

「それは知りません。お姉さん預言者じゃないし」

「第二ボタン差し出したら、告白したって意味になるかなー。ってゆーか引かないかなあ。第二ボタンイコール告白と変わらない気がするし」

 雫君は頭を抱える。それにしても、今日はお客が来ないな。みんな彼のように告白しようかどうか家で悩んでるのかなあ。

 せっかく今日は新しくシャープペンシルを仕入れてきたっていうのに、お客さんが来ないと反応が分からないんだけど。

 そこでハッとして、頭を抱えたままの雫君にこう尋ねる。

「そのストラップ型ボールペンをよく使ってることを、片思いの彼女って知ってます?」

「え? ああ、うん。知ってる」

「それだ!」

 私はそう言うと、販売口から身を乗り出す。

「そのストラップ型ボールペンを第二ボタンの代わりに渡すといいんじゃないですか? 告白する勇気がないなら、連絡先教えてください!って言ってもいいじゃないですか」

「ああ、その手があったか!」

「それで、もし彼女も気があるなら、何か代わりに交換してくれるんじゃないんですか? 制服のリボンとか」

「欲しいけど。うちの高校の女子の制服、リボンついてないんだよなあ」

「なんでもいいんですよ。彼女が何かを交換してくれたらラッキーってことで」

「わかった! 俺、その方法でいく! ありがとう!」

 雫君はそう言うと、何かが吹っ切れたような晴れ晴れとした顔で去って行った。何も買わずに。いや、いいんだけどね。


 それにしても、突然、思いついたけど、卒業式に文房具の交換っていいかもなあ。

 これが流行すれば、うちの店も売り上げが上がるかもしれない。

 でも、どうやって流行させよう。やっぱブログ始めたほうがいいかなあ。

 私が考え込んでいると、見覚えのある丸顔のおじさんがこちらにやってくるのが見えた。

 ここの書店の店長だ。珍しいな。店にすら顔を見せないって書店のバイトの子が言ってたのに。

 そこまで考えて、何だか嫌な予感がした。


 次の日。

 私は朝からまったくやる気が出ず、正直、休んでしまおうかと思った。

 昨日の店長の言葉が頭をぐるぐると回る。


『来月から場所代が上がるから。よろしく!』

   

 ……という話だった。

 今の場所代でも安くないというのに、もっと上がるらしい。

 そうなると、あの書店で販売ができなくなるのだけど、でも、あそこは稼げるんだよ。

 ただ、いくら稼げても今より場所代が上がれば、売り上げはかなりの割合を書店側に持っていかれることになるわけで。

 書店側は私がいようがいまいがどっちでもいいらしいので、『場所代が払えなければ出て行けばいいんじゃよ?』という姿勢である。

「やっぱり別の場所、探そう。当てはないけど」

 そう呟いて、布団にもぐりこむ。休もうかな。別に私のことなんて誰も必要としてないんだし。

 そこまで考えた時に、雫君のことを思い出す。

「告白、うまくいったかなあ」

 私はスマホで時間を確認する。まだ午前9時。卒業式はまだ終わっていないか。

 ため息を一つ。そして大きく伸びをする。

 自分が告白を仕向けたようなものなのだから、彼がどうなったか見届けよう。報告してくるかどうかは分からないけれど。

「よし、行くか!」

 私はそう言うと、勢いよく起き上がった。


 書店の駐車場に移動販売車を停めて、店をオープンさせる。

 空を見上げれば、雲一つない快晴。絶好の告白日和じゃないの。

 まだお客さんが来る気配がないし、次の販売場所になりそうな所をネットで探してみるかな。

 私はノートパソコンを開き、ネットで移動販売車を受け入れてくれそうな店や企業を探し始めた。

「あのー。すみません」

 その声にハッとして、顔を上げると、販売口の向こうに制服姿の女の子が立っていた。

「いらっしゃいませ。なにかご用でしょうか?」

 笑顔で答えつつ、ちらりと時刻を確認するともうお昼が近い。ネットって本当に時間泥棒!

 ノートパソコンを素早く片づけ、販売口から顔を出すと、女の子はシャープペンシルを手に取る。

 あれ? そういえばこの制服、確か雫君と同じ高校だなあ。じゃあ今日が卒業式だったわけね。

「このシャープペンシルって、カスタマイズできるやつですよね?」

 彼女の言葉に私は大きく頷く。

「そうです。そこのノック部分に好きなイヤフォンジャックをつけられます。おまけにそこをノックして芯が出せるっていいですよね」 

「じゃあ、これください」

 女の子はそう言うと、桜色のシャープペンシルを買ってくれた。

 よくよく見ればものすごい美少女。第二ボタンたっぷりもらったのかな。

 美少女は長くてきれいな黒髪を揺らしながら、早速シャープペンシルをカスタマイズしていた。

 制服のブレザーからスマホを取り出し、猫の肉球の形をしたイヤフォンをジャックを、ペンのノックに付け替える。あれかわいいな。

 私が猫の肉球のイヤフォンジャックに見とれていた次の瞬間。

 美少女が、ポケットから別のイヤフォンジャックを取り出し、それをスマホに挿していた。

 そして、スマホのイヤフォンジャックに、何やら新しいストラップをつけている。

 ボールペン型の、ストラップだ。

 偶然の一致だろうか。それとも、彼女は……。

 私があれこれと考えを巡らせていると、聞き覚えのある声が聞こえた。

「紅坂さん! なんで先に帰っちゃうの?!」

 泣きそうな声で登場したのは雫君だ。

 美少女――紅坂さんは、雫君に先ほど購入したシャープペンシルを差し出す。

「はい。これ。私から。ずっと使ってたイヤフォンジャックをつけたの。大事にしてね」

「あ、あああ、あああ、りがとう」

 雫君はものすごい挙動不審でシャープペンシルを受け取る。しっかりしろよ!

 二人が黙りこんだので、私は思わず口を挟む。

「こほん、連絡先交換! げほっ! 連絡先交換! ごほごほ」

「おいおい。咳の演技下手過ぎだろ」

 雫君が呆れたように笑う。こっちに突っ込んでる場合じゃないぞ!

「ねえ、稲城(いなぎ)君、連絡先、交換してくれないかな?」

 紅坂さんが雫君に上目遣いでそう尋ねる。

 雫君は再び挙動不審になりながら、答えた。

「べ、別に交換してやってもいいけど」

「この期に及んでツンデレ?!」

 私はそう言ってから、自分の口を手で抑えてしゃがみこむ。はーい。これでお姉さんから二人は見えてませんよー。

「じゃあ、私、エリ達とこれから遊ぶ約束してるから行くね」

 紅坂さんの言葉にようやく立ち上がる。

 やれやれ、ここで卒業式の続きが始まるとは思っていなかったよ。まあ、結果オーライ。これで友だちから始められるようで良かった。

 ホッと一安心していると、紅坂さんが呟く。

「第二ボタンもくれればいいのに」

 その声は、地獄耳の私にだけバッチリ届いた。

 それから紅坂さんは、名残惜しそうにこちら(正確には雫君)を何度も振り返りつつ、帰って行った。

 友だちから始めるどころじゃない。もう両思いじゃないの。

「爆発しろ」

 私は笑顔で雫君に告げると、こう言い直す。

「間違えました。いらっしゃいませ」

「どう間違えたらそうなるんだよ」

 雫君はそう言うと「今日は気分がいいからいっぱいお金つかってあげよう」と鼻歌混じりに商品を物色し始める。

 彼女が呟いたことは、絶対に言わない。リア充が憎いからではなく、それは二人の問題だから後は二人でどうにかするだろう。

 雫君はカスタマイズシャープペンシルを眺めながら口を開く。

「ねえ、これからも相談に乗ってよ。買いにくるから」

「ああ。それはできないんですよ」

「え? なんで? 俺ウザい?」

「それもあるんですけど……いや、冗談ですからそんな目に見えて落ち込まないでください」

「なんで? まさか移動販売やめるの?」

「移動販売はやめません。ここでは売れなくなったんです。場所代が来月から恐ろしく上がるので」

 私はそう言ってから大きなため息をつく。

「ああ、じゃあさ、兄貴に聞いてみるよ」

「そういえば、お兄さん、社長さんでしたっけ?」

「そう。カラオケ店。この通りのデカいとこ」

「えっ?! あの大きなカラオケ店の社長さんだったんですか! ここよりずっと立地条件良いじゃないですか!」

 私が驚いていると、雫君はすぐにお兄さんに電話をかけてくれた。


「はいはい。了解。じゃあ、伝えておくよ」

 雫君は電話を切ると、笑顔でこう言った。

「兄貴がさ『そこの移動販売の文房具屋、前から気になってからむしろこっちからお願いしようと思ってた』だってさ。場所代もここよりずっと安くできるみたい」

「ええ! 本当ですか。ありがとうございます!」

 どうしよう。涙でそう。これから雫様って呼ぶべきかもしれない。

 雫様は、にやりと笑ってから言う。

「でさ、こうも言ってたんだ。『そこの店長が美人だから、個人的に気になってた』って」

「え?!」

「兄貴は三十歳。独身彼女なし。弟の俺が言うのもなんだけどイケメンだよー」

 雫様の言葉に、私はうれしくて声も出なかった。

 まだまだ私は移動販売で文房具を売っていてもいいようだ。

 

   

<終>  

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移動販売車「クーゲルシュライバー」 花 千世子 @hanachoco

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