第7話 迷いの夜と

 床について俺が最初に考えたことは、アルスのことだった。

 母さんと父さんの記憶をあっという間に改ざんしてしまったアルスの能力は、はっきりいって危険なものだ。


『このドアを開けたら母さんがおかえりと言うから、「お」と言った時点で記憶を改ざんしてくれ。できるか?』

『うん、わかった!』


 こころよい返事をしたアルスは、本当にそのとおりのことをした。続いて帰ってきた父さんの記憶も一瞬で改ざんし、見事に俺の妹、野々上アルスとして家族の一員になったわけだ。

 俺の記憶を返した時のような、複雑な詠唱もしなかった。

 そういえば、睦月が俺の記憶を奪った時はどうだったっけ?

 俺は天井を見つめながらしばらく唸った。やがて、録画した番組の再生みたいに、俺と睦月の姿が脳裏に浮かんできた。

 そうだ、あの受験合格祝いの後。ちょうど睦月が上京する前。

 埼玉県のとある場所に俺は連れてこられた。

 都会から隔絶されたような農村で、古風な建物が並んだ場所だった。

 そのとき睦月はなんて言ったっけ。あんなに寒いのに、熱に浮かされたような口調でなんて言ったんだっけ。それに対して、俺はなんて答えたんだっけ。

 それは思い出せないが、確かそのときだった。その村を訪れた帰りに、新宿行きの電車から降りる直前に、睦月はなんの感情も灯さない目でこういったのだ。「残念だわ」と。そこで俺の睦月に関する記憶の再生がぴたりと止まった。どうやらこれが睦月に会った最後のできごとだったらしい。

 どうやら俺が睦月にとって残念な行為か言動をしてしまったようだ。

 そうすると、俺は世界を滅ぼしてしまった遠因を作ってしまったのか?

 乾いた笑いが出た。どうしよう、これは土下座したとしても全世界から石が投げられて、野々上家は親類縁者ともども磔刑に処されてしまうかもしれない。

 とにかく俺はなんて答えたんだっけ。アルスはこの記憶は返してくれなかったのか? ……。

「もう考えるのやめよ」

 俺は起きだして、ミルクココアでも飲もうかと廊下に出た。

 台所に向かう途中。アルスの部屋の前を通ったとき、小さく悲鳴じみた声が聞こえた。

 入るべきか? いや、仮にも妹といえど女の子の部屋だ。どうするか。

 俺は迷った挙句、少しだけ扉を開けて中をうかがうことにした。

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