第21話 テレスティア物語


 街の中央に位置するシンフォルニア教会では多くの人が祈りを捧げていた。

 その壇上のふもとには、パイプオルガンを奏でる一人の女性。

 その姿を一目見ようと今日も多くの人が集まっている。


 聖女と呼ばれたその女性は真っ白な法衣を身にまとい、肩で揃えられた長い蒼髪は、

 ステンドグラスから差し込む日の光を浴びてキラキラと光り輝いていた。


 皆、彼女から奏でられる美しい音色に耳を傾けていると、突然鳴り響く轟音……

 ——ドーン!


 辺りは騒然となり、周囲の人々からは悲鳴が聞こえてくる。

 だがその聖女は落ち着いていた。

 彼女は一刻も早くその騒動を収めるために、


「皆さん、落ち着いてください……まずは安全を確保するのです」


 そう言うと、教会入り口付近に配置されたテンプルナイト達に視線を移し指示を出す。

 彼女の視線の先、十字架を誇張された鎧を身にまとう騎士達は、

 聖女の意思を汲み取ると……我先に外へと飛び出していく。


「先輩どいてください! 今聖女様と目が合ったのは自分です!」

「いや! 俺だったのは間違いない……神に誓って!」

「俺が命令されたんだぞ! お前らは関係ないだろ!」


 などと言い合いながらも騎士達は、

 今回の騒動とは全く関係ない騒ぎを起こしながら飛び出して行った。


 だが彼らを溜め息まじりに見送る彼女の耳には二度目の轟音が鳴り響く。

 やはりただ事ではない様だ……


「やっぱり心配だから私も見に行こうかしら……」


 任せたはいいが心配で仕方ない聖女様は……裾を両手に持ち外へと駆け出していた。

 できるだけお淑やかに。


 —


 騎士達が辺りを見回すと……そこには街中のいたるところから火の手が上がっていた。

 悲鳴をあげながら逃げ惑う人々や、置き去りにされた子供のすすり泣く声がその異様な壮絶さを物語る。

 空を見上げるとそこには数体の飛竜ワイバーンが群れをなして飛んでいるのが見えた。


 あの魔物にとって得意な戦場は空中戦だ。

 当然地上に降りてくることはなく、攻撃の手段は高度を保った状態から急降下。

 彼らのまとう風の衝撃は凄まじく、その空から繰り出される一撃は、

 人間はおろか街の建造物をも丸ごと引き裂いていく。


 ワイバーンが次の狙いを空から物色していると……

 街の中ほどにある教会からは、騒ぎを聞きつけた人間共が、ワラワラと出てくるのが見えた。

 それに気づいた三体の飛竜……獲物を奪われまいと我先にその教会に向かって急降下を始める。


 だが騎士達は誰もその窮地に動じることはい。

 なぜなら彼らには聖女様が付いているのだから……


「やはり付いてきて正解だった様ですね……魔法が使えるものは応戦しなさい。良いですね?」


 そう落ち着き払った物言いで、皆に声をかけるのは聖女と呼ばれた女性だ。

 彼女に命令された騎士達は声を揃え、


「「「はっ! 聖女様!」」」


 そう言うと皆一斉に片膝をついた。

 敵が来襲しているというのに片膝をつく騎士は何を考えてるのだろう……

 とは思ったが何時ものことなので気にしないことにした。

 そう切り替えると彼女は空高く手を掲げ、魔術を詠唱し始める……


「大地に降り注ぐ天の光、大地に沸き立つ命の躍動よ、神より預かりし生命の根絶を退けよ」


 —— ” 矛盾する死の拒絶デスパラドックス


 だが……騎士達はこの聖女様の魔術名を聞くたびいつも思う……

 これ本当に神聖魔法なの? 詠唱だけ後から適当につけてるんじゃないの?

 だが……その可能性は断じてありえない!

 なぜなら我々の愛すべき聖女テレスティア様が汚れている訳が無いからなのだ……

 ちょっと御転婆おてんばだけど。


 上空から飛来する三匹のワイバーンが放つ「死を宣告する暴風」が騎士達を襲う。

 轟音と衝撃の直後には……騎士の甲冑を着た人間の腕や内臓が飛び散り、

 彼らの頭上を血飛沫と共に通過する……


 だが、辺り一帯に飛散した元騎士の肉壊は……

 一人でに地面を引きずりながら持ち主の元へと戻っていく。

 飛竜が元の位置に戻る頃には、もう何事もなく飛散した肉壊は元の人間を形成していた。


「ち、ちょっとグロいが我々は無敵だ! 皆の者! 怯むことなく魔法を撃ち続けるんだ!」


 そうテンプルナイトの隊長が士気を上げるため、他の隊員たちに声をかける。


「「オッ……オオーゥ……」」


 だがイマイチ効果を出すことはなかった……だが何の問題もないのだ。

 だって死なないんだもの。


 そのグロさのあまり、逃げ腰な騎士達を見ながらテレスティアはつぶやく……


「ああ……あの方のお名前だけでも……主よ……私にもう一度巡り会うチャンスをお与えください」


 そう言うとテレスティアは自分の胸に十字を切り、天に向かって祈りを捧げるのだった。




  ——




 ——ギャアゥ!


 ここバルトメルト二十階層のフロアに響く轟音。

 その耳をつんざくような音は……すでに何時間も及んでいた。


「クラウス! あそこにも経験値! あっ、何か落とした……もしかして? レアきたああああ!! 」


 こいつ本当にうるさい……

 この数時間ずっと喋ってるのに、なぜ喉が何ともないのか不思議で仕方ないな。

 だが……そんなウィルの妨害を考慮しても、この狩場はとてつもなく美味かった。




  ——




 昨日、大蛇を倒した俺たちは宝の部屋で一晩を過ごした。

 そして四日目の朝を迎えた俺は何故か寝起き早々、ウィルに出発の準備をせかされた。

 彼の言う通りに大急ぎで準備を済ませていると、


「二十層まで一気に行こう。次に俺たちが相手にするのは……墓守の住処だ」


「二十層? 一日で七層分を駆け抜けるってことか」


「いや、墓守の移動手段をこっちも使わせてもらうだけさ」


 そう言うと何やら含み笑いを浮かべているウィル。

 なんだ?転移魔法陣でもあるんだろうか。

 確かに十一層から十九層まで死体を運ぶために行き来する魔物だもんな。

 それぐらいあってもおかしくはない。


 まずは寝床であった十三層を抜け、十四層へ向かうことに。

 この水路は昨日散々歩き回ったエリアだ。

 降りる場所には簡単にたどり着くことは出来たのだが……


 一言で言うと……貯水槽だろうか。

 一周回ると二十分はかかりそうな円の中心には、

 底が見えないほどの大穴からは「ドドドド」と水の流れる音が聞こえてくる。


 俺はその大穴の周囲に添え付けてある手すりに、手をかけ覗き込む。

 辺りを見渡すも階段はおろかハシゴも掛かっていない。


「ここは浄化槽か何かか……水はここで綺麗にしてると……で? 階段はどこだ?」


 疑問に思った俺は、横でニヤついている男にそう聞いてみた。

 だがそいつはフレンドリーな感じを装うと、俺の肩に腕を回して、


「ハハハッ、正確に言うと墓守はこの場所では移動しない……レビテーション」


 そう言うと俺の肩を叩きながら、浮遊の魔法をかけてくれる優しいウィル。

 でも危ないから……大穴に手すりが掛かってるけど落ちたらどうするの?


「墓守はここで移動しない?……じゃあこの貯水槽で移動するのは一体……」


『それはもちろん!』


 いつの間にかチェルノが俺の腰をがっちりホールドしていた……

 おいばかやめろ……


「『死体の方さ!』」


 そう言って言葉を同期させてくるウィルとチェルノ。

 俺の必死の抵抗も虚しく、二人に軽々と持ち上げられてしまうと……

 三人で仲良くアイキャンフライすることになった。


「あ”あ”あ”ああああァァぁぁ……」


 元いた大穴の入口が……段々と小さくなって……

 ゆっくりと視界が暗転する……どうやら俺は意識を失ったらしい……

 いや普通みんなこうなるって……



  —



 俺はあの貯水槽の水面に叩きつけられる……予定だった。

 だが底には何層もの比重の違うガスが発生していたらしく、俺は奇跡的に死なずに済んだ。

 そのことを知っていたのかとウィルに聞いてみた……すると、


「墓守は死体を再利用するために使ってる穴だから、バラバラになるはずがない」

 

 そんな不確定な理由で普通飛び込むか?

 ダメだこいつ頭おかしい……だけどここは二十層。

 ウィルがいなければこんなに早く着くなんて出来なかったエリアだ……

 多少のクレイジーさは目を瞑るしかない……多少?


 二十層は山岳エリアだった。

 高低差が激しく、切り立った山も多い。

 キリのいい数字の階層には大体ボスがいる。

 まあ……ウィルに話を聞くまでもなく墓守と言われている魔物の事だろう。


「クラウス……大丈夫かい?」


「はぁはぁ……何がだ? 俺は全然バテてないぞ」


 息を整える必要もないぐらい余裕だった。

 確かに俺は巨大な貯水槽に突き落とされ意識を失った。

 だが頭から着水して強制的に覚醒させられ、近くの扉まで引きずられたかと思ったら……

 なぜか登山させられる羽目に……なっただけだ。


「ハハハ……まだ強がりが言えるところを見ると、問題はなさそうだな」


 え? 強がってねえし。


「さっそくだがクラウス……下を覗いてみてくれ」


 俺たちは二十層でも特に切り立った崖の頂上に立っていた……つまり覗くだけでも足がすくむ。

 え? 全然ビビってねえし。


 俺は一応安全のため、匍匐前進で縁まで進むと、ウィルの指差す崖下をのぞいてみた。

 この場所との高低差は200mほどだろうか。

 視界の先の地表には……街があった。

 規模としては数百人程度の人が生活して……いやよく見ると……無数のアンデッドが徘徊していた。


「ここは墓守が王として君臨する街だ……しかも街に住むアンデッドは王が認めた者のみ……いずれも準ネームド級」


 それをここからバリスタで虐殺しろということか……

 いやさすがにネームドクラスなら崖登ってくるでしょ? バカなの?

 それ以前に崖を爆破されても終わりなんですが……


「背中にロープ結んでおくから大丈夫……クラウス! あとは任せたぞ!」


 何が大丈夫なのか意味がわからない。

 てかお前そればっかりだな……

 まあいい。

 とりあえずやってから考えるとするか……


 フルエンチャしてとりあえず一発撃ってみた。

 ——ギャうう!


 だが距離がありすぎた……思いっきり外して……

 ——ドォーーーン!!


 激しい音とともに……建物が吹っ飛んだ。

 しかも高低差のおかげだとは思うが……今まで見たこともない最大級の破壊力だった。

 びっくりするのはまだ早い……なんと、

 これだけ凄まじい音を出すバリスタに……アンデッドたちは気付いていなかったのだ。 


「思った通りだ! あいつらには目や耳がない! 普段はスキルで索敵しているのだろうな!」


 えっとつまり? ネームド蹂躙タイムってこと?

 二人は顔を見合わせると……ニヤニヤが止まらなくなった。


「奥義! 流星金属雨メテリックシャワー!」


 俺は適当につけた名前を叫ぶと、バリスタを撃ちまくった。

 建物が吹っ飛び、人(骨)が飛散し、橋が消し飛ぶ様は、まさに天災……地獄絵図そのものだった。


 だけど骨さんすいません……人災なのです。

 俺はただ命令されただけなんです……ウィルって悪党に。

 え? 調子に乗って技名叫んでた? 言ってねえし。



  —



 二十層には昔からこんな言い伝えがあった……

 世界で唯一アンデットの楽園が存在するという言い伝え……

 世の吟遊詩人が歌って聞かせるその伝記には、

 悲しい悲しい最後の一小説が加わることに……


 骨だけに、鉄分欲っせば、鉄の雨……


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