二章 女騎士さんを拉致監禁しました 

第5話 ヒマを持てあます魔王

 なにかと危険だからと、居室のあるフロア以外への移動を禁じられている、魔王・晶。いくら広いとはいえ、城一階層分の散策は半日であっという間に終わってしまった。

 なにを子供でもあるまいに……と早朝、こっそり下の階に遊びに行った時など、三つ首の犬に追い回されて、命からがら逃げ帰ってきたこともあった。


 ――というわけで、現在魔王は絶賛ヒマ中である。



「……というわけで」

「どういう訳ですか」

「ヒマだから画材を買いに行きたいんだけど」

「アキラ、絵なんか描くの? どーせ魔族の絵なんて悪趣味に決まってる」


 みんなのリビングと化した食堂で、城下への外出をモギナスに乞う晶。

 常時ストレスを生産しているロイン。お菓子を食っては悪態を吐く機械と化している。


「にゃにおー! あとで自分の言ったことを後悔させてやっからな!」

「フン。目が腐るから見ないし」

「はーいはーい、二人ともケンカしない。じゃあ画材店までお出かけしますか」

「「やったー!!」」

「普段なら店主に品物を持って来させるのですがねえ……」


 晶様の世界では、と言いかけて、モギナスは台詞を飲み込んだ。



 ☆ ☆ ☆



「ん~……。何と言うか……。トラディショナルな画材が多いな」


 カビ臭いような溶剤臭いような違うような、あまり嬉しくない空気のたちこめる店内を物色する晶。ロインなど、店内に一歩足を踏み入れた瞬間、気分が悪くなって出て行ってしまった。


 我流で絵の描き方を覚えた晶にとって、店内に並んだ油絵の具やパステルなどの高級画材は触ったこともなく、絵を描く前に扱い方を覚える必要があった。

 もっと手軽に扱えるようなものはないか……と、さらに物色を続けた。


「スケッチブックとかないのかな……。あの、すいません。紙を綴じたものはありませんか?」

「綴じたもの……ですか? いやあ、紙はパネルに貼るか、画板に留めて使うものしかございません、魔王様」


 中年の店主が、ややビビリがちに答えた。


「画板か……」


 画板なんて、小学校で使ったっきり。

 屋外などで絵を描くときに使う、ヒモとクリップのついた板。あれが画板。

 美大や専門学校でデッサンをする時に使うやつはもっとデカくて、イーゼルという木のラックみたいのに立て掛けて使う。

 オシャレなカフェの看板を、立て掛けるのにも使われてるのを、たまに見かける。美大で使うようなのより、ずっと小さいが。


「じゃあこれください」


 晶が店主に差し出したのは、画板と紙の束、絵筆とパレット、そして水彩絵の具に色鉛筆だった。

 100均でもあれば、数百円で済むところだが、この世界ではきっと高価なものだろう。

 しかし今の自分は魔王。この程度の贅沢で文句を言われることもない……はず。



 代金は城にツケておく、と主人に言われたので、結局代金はわからず終い。品物だけ持って外に出ると、往来でモギナスとロインが口論していた。


「ちょっとちょっと、今度はモギナスとロインがケンカか~? 何が原因なんだよ」


「どうもこうもないわよ!」

「魔王様聞いてくださいよ~」


「あ~~~、同時に言われてもわかんないから。どっちかにしろ」


「このケチ男がお金くれないのよ! 荷物とか持ってきてないんだから色々買わないといけないのに!」

「城にちゃんとあると言ってるのに、わざわざ買おうとするから止めてるんですっ。魔王様が戦争で節操なく金遣い過ぎて国庫が寒いのに、居候にムダ金を遣わせるほど余裕ないんですよッ」

「いやよ! だいたい魔族のコスメなんて怖くて使えないっての。人間のお店で買いたいってさっきっから――」


(あー……。ロインって、やっぱ女の人なんだ……)


「うるさいからそんぐらい買ってやれよ。だいたい金がないなら俺の画材だって無駄遣いだろうが」

「それとこれとは」

「ほれ見なさい!」

「国に金がないからイヤなんじゃなくて、無駄遣いがイヤなだけだろ、モギナスは」


 ぐぬぬ、と悔しがるモギナスの財布から、金貨を毟り取るロイン。


「んでさ、もう騎士ごっこはいいのかよ、ロイン。すっかり口調まで女子だな」

「なッ……べ、べつになりたくて騎士になったんじゃないし。家出たかっただけだし。多分もうクビになってるかもだし」

「……ごめん」


 ぷい、と横を向くロイン。


「……しょうがないわよ。事故、なんでしょ」

「まあ……」

「モギナスも、あんまイジワルすんじゃないよ。彼女被害者なんだぞ」

「それ言ったら私も被害者ですううううッ!!」


 ローブの袖口を噛みながら、キーっとわめくモギナス。


「あーも~~~~、さっさと買い物済ませて帰るぞ!」


(俺だって頭痛えよ、ったく)



 この場にいる全員が、被害者だった。

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