異世界生活は全能神の加護で!

軌跡

第一章 全能神の加護

1

「へ?」


 気付けば、森の中だった。

 おかしな状況であることは分かる。俺はついさっき、着替えを済ませて朝食を取ったばかりだった。これから学校に行くぞ、と玄関の扉を開けた筈だ。


 それで、森。

 どう考えたって正常じゃない。我が家は住宅地の一画にあって、森と呼べるような深い緑は簡単にお目にかかれなかった。十分ぐらいは歩かないと最寄りの山すら見えないレベル。


「……視界を埋め尽くすほどの緑なんですが」


 頭を抱えるしかない。ひょっとして寝ぼけてるのか?


 乱立している大量の木々。日差しはまだ高く、これから上っていくんだろう。……となると、時間の方はあまり経過していないのか。

 悩んだ末、俺は行く当てもなく歩き出した。


 向こう側に町が見えそうな気配はない。マンションも、コンクリートで固められた道路も、何一つ見当たらない。


「もしや夢、とか?」


 試しに頬を抓ってみるが、うん、痛い。つまり現実ってことだ。痛みで夢かどうか確認できる――なんて、信憑性は怪しいと思うけど。


 でもこの状況、夢だとしか考えられない。

 直前の行動だって繋がっていないんだから。こんなの、自分が夢を見ているとしか説明できないだろ。ゲームの世界に迷い込んだわけでもあるまいし。


 例えば、異世界召喚とか。


「――まさかね。そんな訳ない」


 とにかく人を探そう。色々なことが分からない。立ち止まってちゃ、何の情報も得られないのだけは確実だ。


 目覚めてからずっと同じ方向へと、早足で駆けていく。幸い、荷物は何も持っていない。制服という運動に不向きな格好ではあるが、邪魔が最小限に抑えられているのは好都合だ。


「あ」


 ややあって、幹の影に人を発見。

 こちらには気付いていないようで、俺は声を張り上げながら近付いていく。――が、なおも向こうは反応しない。無視されているんだろうか?


「あの!」


 輪郭がハッキリしてきたところで、もう一度呼びかけてみる。


 直後だった。

 糸の切れた人形みたいに、彼がくず折れてしまったのは。


「!?」


 人が倒れるのに遭遇するなんて初めてで、言葉を失う。助けを呼ばなきゃ、なんて真っ当な考えすら、降りかかった驚愕に上書きされている。


 なので。

 自分に危険が迫っていることにも、あとの祭りだった。


「――グルル」


「え……」


 今度こそ、頭の中が凍りつく。

 十メートルも離れていない場所に、人が立っていた。しかし全身毛むくじゃら。身長も二メートルを超えており、ちょっとした巨人に見えてくる。


 顔はイヌ科のソレで、右の爪は赤い化粧が施されていた。恐らく、倒れた男性を引き裂いた返り血だろう。


「じ、人狼……?」


 そうとしか思えない存在が、視界に映る化け物だった。


 視線が、合う。


「ガアアアァァァアアア!!」


「っ――」


 雄叫びを上げ、人狼は弾丸さながらに疾走する。

 本能は逃げろと命じるだけ。が、向こうの方が速い、圧倒的に速い。五十メートル走でぴったりクラスの平均を出した僕には、絶対逃げられないぐらい速い。


 すべてが刹那の出来ごと。

 向きを変えて、走り出すことすら不可能だった。

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