第三章『執筆合宿!~ファーストキスの相手は?~』

スイッチが入ったワナビ

 頭にとてつもない衝撃を受けてから、三日経った……気がする。

 相変わらず、蔵前はめげない女の子だった。


「先輩、合宿に行きましょう!」

「うむ。くるしうない。よきにはからえ」


 俺が笑みを浮かべて即答した途端、部室に、なぜか重苦しい空気が立ち込める。


「……新次くん、大丈夫? まだ頭の調子がおかしいんじゃ……」

「先輩、リンゴ剥きましょうか? メロンもありますよ」

「あ、あたしは悪くない悪くない! 悪くないったら悪くなーい!」


 なぜか俺が発言をするだけで、えらい騒ぎだ。いまのなんにも面白くないと思うのだが。ギャグに厳しい俺としては、ちょっぴり複雑な心境だ。


「……で、合宿か。そろそろマンネリ気味だし、旅に出るか。俺も、創作意欲が湧きまくって書きたくて書きたくて仕方がないからな!」

「そ、そうなんですか……? やっぱり、先輩、脳に衝撃を受けたせいでなにか変なスイッチが入っちゃったんじゃ……」


 スイッチってなんぞ。俺はいたって正常だ。アブノーマルではない。


「そ、そうだねっ、新次くんの療養も兼ねて、温泉とかいいかもしれない。ね、みんなで、行こうっ」


 なぜか妻恋先輩も大仰に両手をパンと打って、名案とばかりに何度も頷く。


「あたしは悪くないったら、悪くないのー!」


 なんか俺のかわゆい妹が騒いでいるけど、よしとしよう。なぜか知らんが、いまの俺はとても充実したハッピーな気分なのだ。将来の悩み? 未来への不安? そんなことを考えたって、しかたがない。愉快な仲間たちとギャグを繰り広げてればいいじゃないか。のーぎゃぐ、のーらいふ。


「ま、まぁ……ともあれ、合宿ですが……。本当に行きますか?」

「ちょっと、新次くんには休息が必要なんじゃないかな……?」

「うー……こいつ、このままこんなんだったらどうしよう? ……や、やっぱりあたしの責任?」

「うむうむ。よきにはからえ」


 美少女三人が顔を合わせて相談する様子はいいものだ。仲良きことは美しき哉!

この名言を残した武者小路実篤先生の書く恋愛小説は素晴らしい。おすすめである。


「そ……それじゃ、先輩……。もう先輩は十分にがんばりましたから、あとのことはなにも心配せずに、わたしたちについてきてください」


 ――なにもかも忘れてしまえたら、どんなに幸せなことだろうか。


 そんな言葉が、蔵前を見ていると浮かんだ。俺は、なにか忘れてはいけないことを忘れている……気がする。


※ ※ ※


「ねぇ……あんた、本当に大丈夫?」


 家に帰って、学生服のまま正座しながら夕方の子供向けアニメを見ていると、なぜか来未に心配そうな顔をされた。


「ふへへへへへへへ」


 見ていたアニメが面白かったので、つい豪快に笑ってしまう。


「……――っ!」


 そんな俺に対して隣の部屋に退避し、柱からこちらを覗きながら怯える来未。まるで、臆病な猫みたいだ。


「……おまえ、かわいいな」

「ひっ……ひぃいいい――っ!?」


 本心からそう言うと、来未の奴は悲鳴を上げて、ズザザッ! とあとずさった。

 そして、神速の素早さでメイド服のポケットから携帯電話(元々は俺の所有物なのだが)を取り出すと、光の速さで操作して、耳に押しあてる。


「あっ、希望おねーちゃん!? 新次、本当におかしい! マジでキチ●イじみてる!」


 年頃の少女が、マジでキ●ガイじみてるなんて言葉を使っちゃいかん。かわいい女の子がそんな言葉を使ったら、台無しだぞ? まぁ、かわゆい妹の会話を盗み聞きするのは、紳士のすることじゃないしな。俺は、再びアニメを視聴することにした。


「ふへへへへへへへへ」


 やはり、子供向けアニメは癒されるなぁ……。童心に帰ることほど、人生において楽しいことはない。


 その後、来未は身の危険を感じるとかわけのわからないことを言って、妻恋先輩のところへ泊まりに行った。本当に、意味が分からない。


 さて、メシも食べたし寝るかな。

 おっと……そう言えば、最近日記をつけてなかったら、書かねば――。

 俺は机の引き出しから、日記を取り出した――。



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