子孫も先祖もワナビ!?~働きたくないから小説家を目指す最低のパターン~

「働け」

「やだ」


 即答で拒絶された。


「……あのな。うちにニートを養うだけの金なんてないんだぞ! 労働しろ! あるいは、教育を受けろ!」

「だって、あたし未来人だから、身分を証明するものとかないもんっ! 学校いけないし働けないんだから!」


「偽造しろ」

「犯罪。ダメ、ゼッタイ。」


「……お前、実は過去人じゃないのか? 微妙にネタというか時代感覚が古い気がするのだが」

「ウィキペディアのほかにニコニコ動画とかユーチューブで昔の日本の映像見てきたからね! あと、まとめサイトの昔の日本特集とか!」


 普通に動画サイトもまとめサイトも健在か。未来といっても、こいつは俺の孫くらいの年齢だろうか? でも、先祖っていうぐらいだから、もっと古いのか? まぁいいや。それよりも――。


「じゃあ、お前、どうするんだよ……このまま本当に居候か? ニートなのか? 寄生虫でいつづけるのか?」

「もうっ! こんなにかわいい超絶美少女を寄生虫扱いしないでよ! こうなったらアレしかないと思う、うん!」


 名案とばかりに胸を張る。ちなみに貧乳なので、張る胸はあまりない。


「まったく期待してないが、アレってなんだ? 自動販売機の下の小銭を拾うのか? 賽銭泥棒か? それともゴミ漁りか?」

「ちょっと! あたしの清楚で可憐なイメージを加速度的に貶めないでよ!」


「いきなり炊飯器の米を食われた上に俺の私物を売ろうとした前科があるからな。あと、妻恋先輩んちでタカリまくったうえに、いまだにお釣りを返してもらってない!返せ、俺の一葉タソを返せよぉぉお! 英世は千歩譲って二人やるから!」

「もうっ、細かいことを気にしてたら大物にはなれないのっ! そんなみみっちい稼ぎ方じゃなくて、作家よ! 作家! あたし、作家になる!」


「作家? そっか。無理。以上」

「な、なんでよっ! 実は秘められた才能の持ち主かもしれないじゃない! まだ一行も書いたことないけどさ!」

「論外だ」


 俺は文芸部なだけに、いや、ひそかに作家志望で何度も新人賞に原稿を応募しているだけに書くことの苦しみは嫌というほど知っている。


 誰もが憧れる作家という職業。それは、辛く厳しい。毎年数百とか数千の原稿が新人賞に送られ、最終的に受賞するのは数名。幸運にもデビューできたとしても、そのあとはものすっごく厳しい生存競争だ。

 売り上げこそがすべて。売れなかったら、すぐに捨てられてしまう。将来の保障なんて全く無い。


 しかも最近はネット小説が隆盛というかメインになりつつあるので、そちらとの競合もある。俺は興味はあるもののネット小説にはまだ投稿していないが。次に新人賞に原稿を送って落ちたら、投稿してみようかな……と思ってる段階だ。


「お前のように働くのが嫌だから作家になりたいなんて言ってる奴になれるほど、作家業は甘くないぞ……。そもそも賞に応募すると原稿用紙換算で最低でも三百枚とか書かなきゃなんないんだぞ? お前にそれが書けるか?」


 そう。まずは量が書けなきゃ話にならない。特にラノベとかネット小説は、続刊してコミカライズ化してアニメ化することがひとつの成功モデル。


 アニメ一クールで、だいたい原作の三~五巻ぐらいが元になっている。もちろんその後もアニメ化ブーストを生かして続刊し、完結まで書き続けねばならない。そして、順調に売れ続けたとして、だいたい十~十五冊程度で完結といったところか。大ヒットとなれば二十冊もありうるが。


「……一冊のページ数が少なめの文庫でも、ラノベの場合はだいたい十万文字ぐらいあるからな。仮にシリーズが十冊で終わるとしても、完結まで書いたら百万文字はゆうに超える」

「えぇええええー……! アニメ化する作品って、そんなにいっぱい書かなきゃなんないのぉ?」


 すでに来未の顔はげんなりしていた。


「まぁ、そもそも……一冊とか二冊で消えていく作家も多い。受賞作が売れず、そして次のシリーズでまた売れずに打ち切られたりしたら、かなりの確率で詰むな。特に、最近の新人賞出身作家の三年後生存率はかなり低い。だから、アニメ化してシリーズ完結まで書ける作家はほんの一握りだ」

「でも、アニメ化とかしたらすごい儲かるんじゃない? 一生遊べるぐらいに!」


「幻想を見すぎだ! アニメ化したって、最近はそんなに爆発的に原作は売れるようにならない! 一生遊べるどころか数年遊べるかどうかすら怪しいぞっ! 翌年に税金をがっぽりとられるらしいし! そもそもアニメ化する作品は本当に一握りどころか……ひとつまみだ! そこに至るまで死屍累々なんだぞ!?」


 ……まぁ俺のようなワナビが業界を語るのもどうかと思うがな……うん、やめよう。なんか俺、すごい痛い人みたいだ。実際に業界に入ってもいないのに業界を知ってるような顔して語ってるとか痛々しすぎて自己嫌悪になる。でも、来未みたいに夢だけ語ってるのを見るとつい話してしまうんだよなぁ。


 ……というか、本当に俺、作家になるの無理だろうな……。これまで四回新人賞に送って全部一次落ち。討ち死にを繰り返している。もはや俺はゾンビになりながら応募しているようなものだ。……お前もワナビにしてやろうかっ!


 ……。うう。今日はなんだか、心の傷をえぐられるようなことばかりで、いい加減、辛くなってきた。現実を忘れて、また退廃ごっこをしたい。


「……まぁ、そんな夢みたいなこと言ってないで堅実に働け。バイトぐらいなら履歴書もあんまり調べられないだろ。適当に中学までの卒業を捏造しろ」


 もうなんかそのまま自分に返ってくるような言葉を、来未に言う。ほんといつか俺も堅実に働かねば。これがブーメランか。


「やだ。働くの怖い」


 だが、来未は俺の子孫ゆえか……まったく労働意欲がなさそうだった。血は争えないのだろうか。


「でも働け」

「うー……」

「うーじゃない」

「えー……」

「えーでもない」

「おー!」

「その意気だ」


 結局、俺は渋る来未を懇々と説諭して、明日、無料求人誌を取りに行かせることを約束させた。


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