第4話 圧☆倒☆的


 支配、掌握、嗚呼良い言葉だ。


 する方ともなれば濡れてしまう程に良い言葉だ。

 最高だぜ。


 はぁい、神条カミジョウ 神鵺シンヤでぇす。




 勇者一行との戦いで、俺は大ピンチに陥った後自身の能力を開花させ、間一髪のところで生存、更には形勢逆転のチャンスを得た。



 そう、俺と悪魔の作戦、それは――――

 この魔女っ娘、コイツを《支配ジャック》する事。


 俺のもう一つの能力、それは《情報操作マニピュレイト》だ。

 文字通り情報と言うものを操作する能力。


 例えば人の意識や記憶なんかも立派な情報だ。

 電子機器の持つ記録、紙に書かれた文字、明日の晩御飯の予定。

 そういった、ありとあらゆるものを表す情報の一端を操れる能力なわけだ。


 と言ってもまだ人の意識や記録などを操作するぐらいだが、ドスゲェ技が一つだけ使えるようだ。


 まず俺の作戦一段階目は、一時的にだがこの少女の精神と記憶に情報を上書きし、疑念を抱かせる事無く服従させる。

 つまり今この間だけ、アイツにとって俺は至高の御主人様と言う事になった。

 複雑な情報を頭に思い浮かべながら《加速ブースト》するのは俺には出来そうにないので、《思考世界メタサイド》の中で悪魔に書き込む情報を組んでもらっていたのだ。

 後は、指環に付与された情報をこの少女に植え付けるだけ。


 かくして、俺の作戦は成功した。


 さぁ、既成事実を作り上げて俺の元に下ってもらおうか小娘ェ!!


「名を教えろォ!」


「はい、我が名はミレア! ミレア・ヒリウスで御座います!」


 目を見開くレオン、驚愕するガド&リーン。


 そしてこのような状況になっても尚カッコいいポーズで汗を流しながら眼鏡をクイッと上げる薬師ヒーラーさん。

 貴方、最高っすね。


「馬鹿な……ミレアが支配を受けただと……!? 貴様俺の女第一号に何て事しやがんだ!! ぜってぇ赦さねぇ!!! テメェら! やっちまえぇ!!!」


「「ミレア! 今助けるぞ!!」」


 おい勇者、この弱虫、威張り散らし!


 弱虫は置いといて、ガドさんとリーンさんが俺のところまで突っ込んで来たな。


「フンッ……脳に情報を上書きすれば問題無い」


 ちょっと薬師ヒーラー君ダーメーよー元味方に注射銃向けちゃぁ。


 まぁ、今更遅いけどね。


 左手の人差指をリーンに、中指をガドに、親指を薬師ヒーラーに向ける。

 ここでもやっぱりイマジネーションが大事、この3人が焼き尽くされる様を思い描く。

 重要なのは、当てようと言う意志そのものだ。


 放たれた熱線は巨人の鋼鉄の身体メタルボディに大穴を開け、角付きエルフを焼き落とし、薬師の撃った針を消滅させる。



「チッ、略奪者め……」



 って、薬師避けやがったスゲェ!?


 音並みの速度で到達する攻撃なのだが、奴めタイミングを即座に見切ってやがったか。

 何ちゅう反応の良い奴だ、ガドやリーンよりも厄介だな。


 まぁ良い、初の応用術もとりあえずは成功した。

 名付けるならこうだな。 


 ――《放射応用術:指向性熱線砲フィンガーライフル》――


 うーん、まぁ分かりやすいなら良いか、新しい技を身に付けた!


『魂出てます! 出てますよ! 折角ですから奪っちゃいましょう、指環向けて!』


 悪魔、頼むからビックリさせないでくれ給えよ……。

 しかしコイツ、当たり前のように《情報操作マニピュレイト》を連絡に使っていやがる。


 んで、指環ぁ?

 何、指環を向けて唱えでもしたら良いのか?

 オーケーやってみよう。

 勿論ポージングも忘れない。


魂奪取ソウルダッシュ!」


 おぉ、魂っぽいのが指環に吸い寄せられていくぅ。

 丁度二人分の魂を奪取したようだな、ここは一つあの台詞いってみよう。


「ガドとリーンのソウル! GETだぜ!」



『それ、危なくありません?』



 シーっ。 シーっ。


 さて……ミレアがトテトテと可愛らしく俺の元へ来てるってところで、ここで作戦第二段階へ移るとしようか。


「レオン、このままではダメだ。俺に考えがある」


 薬師も注射銃を構えるのを止めて歯軋りはぎしりしてる勇者の隣に行ったな。

 おう、ゆっくり作戦会議でもしてな。

 コッチは一人増えて、戦力が三人になったんだ。

 あ、一人は勿論悪魔ね。


「流石で御座いますジン様、素敵です♡」


 少女の様子は、最早妄信的な崇拝者のようにも見えた。


 ぉ、ぉぅ……悪魔の奴、相当痛い情報をねじ込ませたみたいだな……だが、可愛い。

 グッジョブ悪魔。


 ところで、良くゲームとかでエネミーに名持ちネームドの魔物とか見掛けるだろう?

 名を持つ事で強大な力を得る存在だ。

 じゃぁ、人間が名を書き換えられたらどうなるんだろうな?

 や っ て み よ う か 。


「あぁ、俺は今気分が良い。なのでお前にプレゼントをくれてやろう」


「プ、プレゼント……!? 宜しいのですか!?」


「あぁ、新しい名って言うプレゼントをな……♪」



 そう、これこそが俺が今使えるドスゲェ技の一つ。


 ――――《情報操作:真名変換リネームド》!


「つうわけでお前は今から”レミィ”だ。名付け主の俺に尽くせよ」


「……は……はぁぁ……!!! はいっ! このレミィ、ジン様の為にこの身を捧げます!」


 真名を書き換えるなんて、世界の情報を書き換えるようなもんだ。

 まったく、悪魔も凄いが世界を操る能力の一端に触れる俺も末恐ろしいな。


 ……ふむ、見た目上の変化は見受けられないようだな。


 だが、名付けると同時に情報による不可視の鎖と首輪を掛けてやった。

 ミレア・ヒリウス改めレミィは、真に俺の下僕となった。精神支配が解けた後の反応が楽しみだな。


 おぉっとレオンの奴グギゴゴゴとか言ってそうな顔してやがる。

 へへっ、どうだレオン。

 お前の女奪ってやったぜグヘヘザマァねぇな♪



「グ、ギ……グギゴガガガ……!!!!!!」



 もっと怖かった。


 勇者の勇ましさとかそういう何か大事な要素が根刮ぎ削られて最早ただの狂人にしか見えなかった。

 いや、最初からそうだったかな?


 ってちょっと待って、なぁ~んか様子がおかしくない?

 まるで暴走直前みたいなそんな…………。




 ………。




「………フッ」


 男は眼鏡をクイッと上げ、フッと姿を歪ませ消えてしまった。

 男のいた場所に落ちるのは、注射した後の針のみ。





 …………………ファ。






 薬師ヒーラー(?)テメェ図りやがったなあぁああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?


「っ! ジン様、レオンの魔性が表面上に現れようとしています!」


「見りゃ分かるわ! どす黒いオーラ見りゃぁ暗黒面ダークネスっぽいが出て来そうな事くらい誰でも分からぁ!」


 おい悪魔! あの薬師の追跡は出来るか!

 出来るならコッチ連れ戻して来い!


『ご心配無く、こちらで誘導しておきますよ』


 オーケー、コッチはコッチで片付ける!





 ……ぅゎぅゎぅゎ何かスゲェ事になってんぞおいぃ……。


 コッチはコッチで片付ける!

 うん、そうは言ったけどさ。

 これはマズいんじゃないの?


「グォアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 ねぇ、俺の狙うべき魔王って実はコイツなんじゃないのかな。


 だってほら、角見えるし。

 身長2mメートルぐらいまでデカくなってるし。

 牙みたいなもんも見えるし。

 目なんか完全に破滅を齎すぜーって感じのそんな化け物だよ?


 もうコイツが魔王で良いよね?


「なぁレミィ、レオンって実は魔王?」


「そんなはずは……恐らく、薬師ヒーラーヒューイに暴走を促す薬を打ち込まれたのだと……っ!?」


 レミィが説明してる最中に迫るレオン、恐い。

 そして迫って来るレオンに怯みコケるレミィ、可愛い。


 世の中無情なものだな。


「コ゛ロ゛ス゛!!!!! コ゛ロ゛シ゛テ゛ヤ゛ル゛ゥ゛!!!!!!」


 でもお前に殺されるは困るんだなレオン。


 突っ込んできたレオンの鉤爪を、何と無く両手で受け止めてみせる。

 衝撃が凄まじかったが痛みは然程感じなかった、流石、俺。

 心なしか身体が更に頑丈になった気がする。


 でもちょっと待って待ってコイツめっちゃ力強っ!?

 地面がボコッてへこんだよ!?


 ぬぉおおおおお負けるな俺! 潰されるな押せー!


「ふゎぁ……!」


 ……あーのぉーレミィさん、感嘆してないでサポートしてくれると俺凄い嬉しいな。

 助けてくれるかなって聞こうとしてるところに背中から新たな腕生やしてんじゃねぇぞ化け物おいぃ!?


 突っ込み虚しく横腹、いや身体の側面に巨大な手によるビンタが襲い掛かる。


「ぐべぁっ!?」


 いくら力が強くても、流石に叩かれた方向へ吹っ飛んでいく俺。


「痛てぇなこなろー!!」


 とりあえず四肢を地面に引っ掻けてブレーキだ。


 ちっきしょうこの化け物が、変幻獣キメラ化してやがるのか。

 見れば四肢が六肢に変わってる、腕が四本だぜ気持ち悪ぃ……。


 しかし俺も結構堅ぇな。吹き飛ばされこそしたが、特に痣とかも無い。

 ふむ、ならもちっと無茶して良いかもな。


『レミィ! 今の内にその化け物止める方法考えとけ!』


 悪魔の能力スキル運用方法を参考に、《情報操作マニピュレイト》によって化物に知られる事無く我が下僕に命令を与える。


「ぇ、あっ、はいっ!」


 よしよし、俺もうまく能力を使えているようだ。

 《支配ジャック》の効果時間もまだある。


 今の内に、キめる!



「《加速》! 《加速》!!

 《加速》!! 《加速》!!!

 《加速》!!!! 《加速》!!!!

 《加速》!!!!!


 《加速》しまくるぜぇ!!!」



 化物レオンの周りをとにかく素早く飛ぶんだ。

 そしてチマチマと攻撃を与えてヘイトを稼ぐ。

 単純な身体能力のみでは俺の素早さに追い付けやしない、優劣は次第に傾いていった。


 そう、俺のウザったい攻撃が奴の意識を埋め尽くしていく事で――


「これだ――《地属性操作合成魔法:引力縛鎖アトラクトチェイン》!」


 レミィの拘束に気付くのが、遅くなるわけなんだよな。

 つて待てこら俺まで巻き込もうとすなボケ!!


 すんでのところで鎖から逃れる事は出来た。危ない危ない。

 まったく、もう少しで化物と熱いハグするとこだった。


「グォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!! ミ、ミレアァ!?」


 へへっ、今度は成功したぜレオン。


 地属性と重力操作の魔法の合成か、見た目紫のオーラを纏った鎖みたいな感じだな。

 鎖そのものの引力が強力になってるみたいだ、化け物を縛り上げて身体の各所に食い込んでる食い込んでるぅ、そして自由を奪ってるぅ。

 鎖の端は地面に埋まっている、これじゃぁまともに動けやしないだろうな

 これが色気たっぷりのお姉さんとかだったら眼福だったろうに、何故目の前にいるのが棘々おどろおどろしい化け物なんだふざけるな。


 プンプン!


 この俺がプリプリ怒り出したらもう止まらないぞ、日本人のどっこいしょは恐ろしいんだってところを見せてやる。


「そぉおりゃっ!!!!」


 高速飛行からの顔面キック。

 海老反りしちゃって大丈夫か? 隙だらけだぜ。


「おう化物、オムツが空いてるぜ!」


 後ろによろけた化物の背後から、今度は低空飛行で足下へ。


「これは……! 解除!」


 おっ、レミィナイス。

 俺の意を組んで鎖を解除してくれた。

 これならド派手にぶちかませる。


 OK、《放射ブラスト》を切って足から股下へスライディングインだ。

 そんでもってレオンの片足をガシッと引っ付かもう。


 股を通り越し、脚に目一杯力を注ぎ込んでJUMPジャンプ

 掴んだままの片足を引っ張って共に宙へ浮き、グルリと回って肩に担ぐ。

 そして出来上がるこの技こそが、日本人の恐ろしさである。


「一本背負いじゃぁどぉぉおっこいしょぉっ!!!!」


 そいやっと地面に当てるんだぜバチコーン!

 まぁ実際の擬音は ドグシャァ が正しいが。


『グハァッ!?!?』


 何か色んな声が混ざったような悲鳴が響いた気がするが気のせいかね?

 まぁ良い、んじゃ次はコイツでどうだ。


 横に降り立って拳を握って構えて、腹に狙いを定める。


「空手の定番、瓦割りじゃおらぁあっ!!!!!!!!」


 ただの瓦割りではない、肘から放射ブラストして加速ブーストさせた超速の瓦割りだ。


『グバァッ!?!?』


 おい、さっきの悲鳴に濁点が一つ付いただけじゃないか手抜きはダメだろこら。

 まぁ良い、今度は左拳じゃおらぁっ!!


「そいやっ!!!!!!」


『ガファッ! マ,マテ…!』


 待つかこの野郎、どんどん突き落とすぜ!

 加速ブーストしまくってラッシュじゃオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!


 一秒間に二十発の《機関突落拳ギガントラッシュ》はどうだ化け物め!


『マ、ャメ……ャメロ……ゴファ!?』


 右拳を最後にラッシュを止め。


「あぁ? もっと腹に力入れて……」


 右拳を固く握って振り上げてぇ…!


「喋りなさいってお父さんにぃ!」


 最大限の力と愛を込めてお送りします!!


「教わらなかったんかぁぁああああああああああああああああああ!!!!!!!」




 単純物理奥義! 《親の拳骨ゲンコツ愛満たれ》!!




『フブォアァアァァッ!!!!!  ァ  ァァ………ィタ……」



 キマりましたぁー!!

 レオン選出血を吐いてお腹も千切れてオーラも剥がれて脱落確定試合しゅぅうううりょぉおおおおお!!!

 シンヤ選手の優勝です拍手ぅー!!!!


 カーンカーンカーンカーン!!


 イェーーーーーイ!!!






 (クールダウン)






 ……………なにやってんだろ俺。


 はぁ~疲れた。

 無駄にテンション上がっちゃったわ汗ひっど。


「ァ………ァァ……」


 ……レオン、まだ生きてたのか。


 特にコイツが標的ターゲットってわけでもねぇし、寧ろ協力出来りゃ一緒に行っても良かった相手でもあるんだが。

 如何せんここまでやっちまったもんだ、こうなりゃ魂を獲っちまった方が良いかもしれん。


 しかし……んー……まぁ、どういう経緯であれ薬師に暴走させられたのは悔しいよな。つうわけで俺がヒューイをぶち殺してやる。


「だからよ、レオン……」



 大人しく死んどけやお前臭ぇんだよ特にその腹から出たモンとか!!


 ――《心臓摘出リディルクロウ》!



 む、どうやって心臓を取り出すかって?

 んなもん胸ん中に手突っ込んで心臓引っ張り出しゃ良いじゃん。

 肋骨? 砕きゃ問題無い。

 出来たなら万事OKだ。


「ッ!  ァ……ャダ……」


 あぁ? 何だ、まだ生きてたいと言うかこやつ。タフだなぁ。

 血管も繋がってるし、まだこの心臓も微妙に動いてんだよな……。


「……」


 初めて手に取った人の命を、軽々空へ掲げる。

 血管に引っ張られて哀れな男が吊り上げられた。


 最早光を拝む事の無い瞳を見た俺は、満足して、そしてアッサリとその命を――――握り潰した。


 一瞬で降り注いだ血は俺を汚して、温かくて、案外サラサラしてて、鉄の香りがして……。



「……っ……!」




 凄く……。




「鼻がぁぁあああああああ!!?!?」




 臭かった。









 ====== ミレアからレミィへ ======


「ハッ……私、何を……ッ!? ウゥ……ップ……!?」


 目を覚ました少女は、目の前に惨状を見て吐き気を催した。

 身体に大穴の空いた巨人ガド、恐らくはナイトメアエルフのリーンであっただろう黒焦げの塊、そして――上半身と下半身の二つに別たれた、(元)勇者レオン。


 最後に視界に映ったのが………何か悶えてる奇抜な格好の男。


(……全……滅……?)


 いや、ヒューイの姿が見当たらない。

 何処かに逃げたのだろうか、それとも完全焼却させられた?


 確認しようと、少女は記憶を掘り返してみた。

 いや、掘り返してしまった。


 情報の上書きによる精神支配を受けていた記憶は、残滓としてしっかり記憶していたのだ。

 その記憶は無意識の内に封印したが、意識を取り戻してすぐにそれを解いてしまったために、忘れる事が出来なかった。


「――ッ! ゥ、オェェ……!!」


 それどころか、全て、覚えている。


 自分の力が及ばぬ領域の゛何か゛によって侵された事。

 この男に自らの名を変えられ魂を侵された事。

 魂に鎖を縫い付けられた事。

 この男に協力した事。

 そして――。


 リーンを押し退け、一夜を共にまでした愛するレオンの、死を、喜んでしまった事。


「……レオン……レオンが、死んだ……」


 事実だ、紛れも無い事実だ。


 記憶の中にハッキリと残っている、あの男の顔。

 レオンに何かを施し、暴走させ、そして勝ち誇った顔で逃げたあの薬師ヒーラー、ヒューイの顔を。


 聡明な少女は、現実を即座に理解し、次に自分の気持ちを確かめる。


 目の前の男を許しはしない。

 ヒューイの事も同様に、いや、もっと許せない。


 次に今後の身の動かし方を確かめる。


 そもそも自分はこの目の前の男に鎖を縫い付けられ、下僕にさせられた。

 逆らう事は、多分、いや絶対に不可能だ。

 許しはせずとも、復讐を果たす事は出来ないだろう。

 ならばせめてあの薬師だけでも酷い目に遭わせてやりたい。

 そこまで思考したが、どう考えてもその望みを叶える手は見付からなかった。


「………諦め……る、しか……」


 そう。


 ならば大人しく諦めて従い、せめて虐待などを受けずに生きさせて、腹の中にいる子を産ませて欲しい。そして育てる事を許して欲しい。

 自分の愛した男がいた証が欲しい。 


 少女は自分の望みと可能性との間に整合性があるかを判断し、ようやく自分の身の動かし方を確認出来た。

 悔しさは残る、が、だからと言って当てずっぽうな真似はしない。


 それがこの”ミレア”―――いや、”レミィ”の生き方だから。


 ならば行動は早い方が良い、片膝を着いて頭を垂れるのだ。

 名を付けられた事で魂の繋がりが出来ていたらしく、今なら主の名も分かる。


「マスター=シンヤ様……御身に、付き従う事を誓います……どうか、このレミィを息長らえさせて――――」



「ガシッ! と掴まえてスイング! ドーン!!!」


「…………えっ」


 突然の発言に思わず面を上げた。

 そしてこのシンヤが何をしたのか、直ぐに理解した。




 薬師ヒーラーヒューイを岩にぶつけたのだ。






 ====== 眼鏡の失敗 ======


 まさか略奪者の力が、ああも強大だとは思わなかった。


 だが、勇者に《魔人変換薬》を投与したのは正解だろう。

 心配せずとも、彼なら強靭な精神力で肉体を乗っ取られる事無く暴れる事が出来る可能性が高い。

 どちらにしろ、暫くの間時間稼ぎしてくれるだろう。


 ヒューイは、世界に侵攻してきて魂を奪う略奪者の存在に気付いていた。


 奴等は強力な能力を持つ、神出鬼没の異界の侵略者である事。

 高位の存在を狙って襲い、その魂を奪い去る事。

 正攻法では勝つ事の出来ない存在だという所まで判明していた。


 奴等が始めに現れたのが、約三週間前。

 その時は一国の姫が殺された。

 嘆き悲しんだ国王は、娘を生き返らせたいと願った。

 高位の魔術師に頼み、蘇生術を試みたが……結果は失敗、魂が帰って来る事は無かった。


 それもそのはず。

 本来ならば帰ってくるはずの魂は奪われてしまい、既にこの世界に存在していなかったからだ。


 王は儀式の失敗だと怒り狂って魔術師を処刑してしまったが、他の魔術師は事実に気付いていた。

 この薬師ヒーラー、いや、魔戯遊者マジックスターのヒューイもその一人だった。


 アレからも異界の略奪者襲撃は続き、そしていよいよ、高位の存在が少なくなってきた今現在。

 次の目標ターゲットは魔王ではないかと言う憶測を立て、丁度討伐へ向かうところだった勇者一行に着いていく事に決めたのだ。

 魔王の力も強大であるが、その魔王を打ち倒す事の出来る勇者なら、略奪者を葬る事も出来るかも知れない。

 そんな可能性を感じたのだ。


 しかしその望みは早計過ぎた。

 奴は突然凄まじい力を使いこなし始め、瞬く間に味方を獲られてしまった。

 今まで来た他の略奪者とアイツとは、何かが違う。そう感じた。


 なので、最終手段に移るための”時間稼ぎ”として、レオンを魔人に変えた。


 ミレアレミィには後で小っ酷く怒られるだろうが……これは必要な事だったのだ、その時は潔く怒られよう。


 ヒューイが《空間移動ジャンプ》した先は、火山地帯にある洞窟の奥底。

 ここには自分と心を通わせたドラゴンが住んでいる。

 ヒューイの考える最終手段こそ、ここにいる竜の力を借りる事。

 上位存在である”彼女”ならば、彼の侵略者を滅せると信じたのだ。



 だが、彼のこの判断が後に起こる悲劇を確定させてしまう。



『うぅわぁ~……まさかドラゴン住み処すみかへ逃げるとは思いませんでしたね』


 聞こえてくるのは、若い女の声。


「!? だ、誰だ!?」


『悪魔です、以後お見知りおきを』


「悪魔だと……そうか、略奪者の力の源はお前か」


 悪魔デーモン、それぐらいの存在ならば人間に力を与える事も可能だ。


(しかし、何故俺の《空間移動ジャンプ》の後を追って来れたんだ? 上位の感知スキルでも、俺の能力の痕跡を辿る事なんて不可能なはずだ)


 衝撃と疑問と焦燥の中、悪魔と名乗る女の声は続ける。


『まぁ……空間移動したと言う事実はシッカリ情報として残りますので、似たような情報のあった場所を探したら直ぐ見つかりました』


 何なんだそれは、事実が情報として残るだと?

 そしてそれを認識し、同じような情報をこの広大な”世界”から探したと言うのか。 あの一瞬で?

 出鱈目にも程がある。


 だが、俺の事を探る事が出来たとてもう遅い。

 ”彼女”がこの事態を知れば、直ぐにでもここに略奪者が来れないようになるだろう!


「来てくれアグニ! 君の助けが必要だ!!」



 少しの地響きと共に、洞窟内の温度が上昇していく。

 存在そのものが災厄であり、通常の人間など視線だけで射殺すような世界最上位の存在が一つ。

 竜神が一体、炎竜神のアグニが、洞窟の奥に隠る闇の中から首を出した。


『……久しいな、ヒューイ』


 口を開け、舌の動き無くして声を届ける。

 その声は落ち着き払い、まるでこの状況に慌てたりなどしない、絶対者の覇気を帯びている。

 ――単に状況を理解していないとも取れるが。


「あぁ、久し振りだ。アグニ、君に頼むのは憚られたんだが今大変な事態が起こっていてやむを得ないと判断したんだ。今が君に頼る時だ、力を貸してくれアグニ!」


『大変な事態とは、ここ最近頻繁に来る侵略者の事か。其方の周りにも見えるぞ、異質な存在の因子が』


 アグニアはヒューイを見ているが、その視界の中心にいるのはヒューイではない。

 彼女の捉えた存在は、悪魔は、視線の向こうで苦笑いを挙げた。


『……あっはは……いや流石はドラゴン、私の事もお見通しですか』


『どうやらかなり好き勝手に暴れたようではないか。私にとっては些末事であるが……友が困っていて、見過ごしてはおけないな。しかし小娘、如何様にしてこの地に因子を運んだのだ?』


『いえちょっと世界に干渉しているだけですよ、えぇ』


「世界に干渉だと、異界からこの地へ因子1つ運ぶのにどれ程の技術と力が要るか分かっているのか!?」


『ふんっ、下位世界の人間には理解出来ないでしょうね。そろそろ会話にも飽きてきました、ドラゴンを倒す事は出来ないでしょうが……ヒューイと言いましたね、貴方にだけでも死んで頂きましょう』


 刹那、空間に冷気が漂い始めるのを男と竜は感じ取った。


『友よ、逃げろ』


「ッ! かたじけない……《空間移動ジャンプ》!」


 男は空間の歪みに消えた。

 身に迫る危険から逃れるため。


 そして避難先に到着し、一つ安堵の溜め息を吐いて――



「ガシッ!」


 両足を掴まれた。


 ――――え?


「っと掴まえてスイング!」


「うぉぁ……!?」


 この声、覚えがあるぞ。

 先程戦っていた、あの略奪者の声だ。


 自分は今、どうなっている?

 足を掴まれて……振り回されている――!?


 まずい、岩が迫ってきた。

 防御壁を張って、岩の斥力を上げれば衝撃は削れる――!


 《障壁バリア》! 《斥力増幅インクリースリパルション》!!


 即座に能力を展開し、自身を守る障壁を張って歯を食い縛って……。


 障壁が破れた。


 ――――嘘だ。


 岩が迫ってきた。


 ――――怖い。


 斥力で割れた眼鏡の破片が、目に刺さった。


 ――――痛い。


 何も見えなくなって、一瞬何かに当たったような、気がした。


 ――――。



 魔遊技者マジックスターヒューイ、岩のシミと変わり呆気なく死亡。







 ====== そして現在 ======



 お ま た せ ♡



 いや長かったね。

 ちょっと回想するだけのつもりが何回か場面展開までしちゃった。

 うん、俺もここまで長引くとは思わなかったんだ。


 でもまぁ分かってくれたと思う。

 俺一人では勝てなかったが、今回は相棒がいてくれたおかげで勝つことが出来たと言うわけだ。

 それと可愛い下僕も出来た。

 報酬はちゃんと貰うが、悪魔には後でお礼でも渡してやろう。


 それにしても悪魔はどうやってあの薬師を俺のとこまで転移させたんだろうな?


 まぁ良いや、勇者の魂も奪えたし薬師の魂も残さず俺様が頂いた。



 さてと、残るは魔王だな。

 所詮相手は一体なのでこちらに敵うわけが無い。

 だって三人なんだぜ。


 奴は強力な重力使いだったが、《放射ブラスト》による《加速飛行ライドブースト》が使える俺とは相性が悪かった。


 場の重力を0にされても、寧ろ俺は飛びやすかった。

 時たま悪魔が《情報操作マニピュレイト》で奴の認識を攪乱してくれたおかげで、そこまで俺に攻撃も当たらなかったな。

 ぶち壊した瓦礫の引力を増幅されて岩達磨にさせられたのは痛かったが、そこは応用が効く、《全方位放射パージ》で吹き飛ばしてやった。

 頭の良いレミィが、多属性の隠し玉を死角から打ち込んで魔王の集中力を程好く霧散してくれた事も大きかったな。


 そんなこんなで、最終的には魔王の放つ斥力の向きをマイナスに書き換えて重力に変え、超速ロケット頭突きで身体を貫いた事で決着が着いた。



 実はドスゲェ技の一つ、《情報操作:事象反転リバースイデオロギー》も使えるようになっていたと戦闘中に悪魔に教えられたわけだ。



 内臓をぶち撒けてしまい臭いに悶絶したので全身消毒した後、指輪を向けて魂を回収。此方へ来る為のゲートを潜ってから約20分で俺の初狩猟は無事 (?)達成された事になる、の、だが。


 忘れてないよね、さっきのドラゴンの事。


『さっ、帰りのゲート開きますよ』


「ほい来た、レミィ先行け」


 開かれた異世界同士を繋ぐ門の前、下僕を先に潜らせて後ろから抱き着いてやろうと考えていたのだが。


『赦さん……』


 それが不幸か幸いか、この世界の全てを頂く事へ繋がるとは思いもしなかったぜ。





  ―――――――データ―――――――


氏名:神条 神鵺 性別:男 年齢:18歳

職業:専門学生

クラス:狩猟者プレデター

契約者:悪魔ネームレスデヴィル

クリスタル:黒金剛石ブラックダイアモンド

レベル:3

【ステータス】

筋力:A 敏捷:A+ 生命力:B

感覚:C+2 器用:C+ 知力:B+3

精神:C+2 幸運:?? 容姿:C-

【能力】

《思考世界》

《放射》

《情報操作》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る