第23話 あわあわ→むにゅむにゅ

「ああいう格好してると、男に人気が出るんだって。胸パッドを入れてるのも同じ理由。おっぱい大きい方が、男はみんな喜ぶものなんでしょ?」


「……まあ、そうかも」


 男だけじゃない。一部の女子にも人気だ。

 具体的には……美鳴とか。


「だからセントヴァルハラの経営者たちには、そうしろって言われてるの。テレビで特集が組みやすかったり、グッズがいっぱい売れたりすると、収益が上がるのよ」


 ……収益。

 確かにそれは、大人の勝手な事情だな。

 そんな理由があるとは、見栄で胸を盛ってるわけじゃなかったんだな。


「でも文句は言えないのよね。そのお金で、あたしの戦闘法衣バトルドレスをさらに強化したり魔法の研究が進んでたりしてるわけだし」


「それでも本当は、そんな衣装は着たくないんだろ?」


「もちろんそうよ。ったく、男なんてイヤらしいことしか考えてないんだから。あんなやつらに見られてるなんて考えたら気持ち悪い! 男なんて大っ嫌い!!」


「そ、そうなんだ。リーゼロッテは男が嫌いなんだ……」


「ええ、全員永久凍結したいくらいにね!」


 ごめんなさい。俺、その男なんです。

 しかもきわどい格好どころか、今あなたのハダカを見てます。


 つーかこれ、俺の女装がバレたらとんでもないことになるんじゃ……。


「でもね、アヤメだけは違うの」


「え……?」


「あたし自身を見てくれる。戦女神ヴァルキリーじゃないときの、あたしを。だから……嫌いじゃない。も、もちろん好きでもないけどね!」


 そう言って、リーゼロッテはスポンジを横に置いた。

 洗うのはおしまいか。俺は安心して、ひと息ついた。


「だからね、今からアヤメにお礼をさせてほしいの」


「お礼って、リーゼロッテ……?」


 何をするつもりなのか。

 そう思ったとき、俺の背中にリーゼロッテの胸が当たった。

 極上のやわらかい感触に、俺の頭が真っ白になる。


 そして俺の体を洗うように、リーゼロッテが全身をゆっくり動かし始めた。


 お、おいおいおいおい!!

 これ――胸で洗ってるのか!?


「ちょっ、ちょっと待った!」


「黙って! 集中できないでしょ!」


 集中って何だよ!

 そう思った俺だが、リーゼロッテがさらにギュッと体を押しつけてきた。

 やわらかい体――特に胸のふくらみを、はっきりと俺の背中が感じ取っている。


 うわ、すごい……っ。

 思考がとろけてどうにかなってしまいそうだ。

 ぬるぬるの泡と、むにゅむにゅのおっぱい、おっぱい、おっぱい……!!!!


 さらにおっぱいの先っちょがちょっと固くなってるのを感じると、俺はもうどうにもならなくなって、思考回路がショートしてしまいそうだった。

 後ろを見るとリーゼロッテも同じような状況で、顔を真っ赤にしている。

 まるで自分に言い聞かせるように、ずっと何かをつぶやいていた。


「女の子同士だからだいじょうぶ。女の子同士だから恥ずかしくないもん。女の子同士だからだいじょうぶ。女の子同士だから恥ずかしくないもん。女の子同士だからだいじょうぶ。女の子同士だから恥ずかしくないもん……」


 ――いやいや、絶対に恥ずかしがってるだろ!!


「な、なあ、リーゼロッテ。別に無理してこんな洗い方しなくてもいいんだぞ?」


 しかしなぜいきなり、こんなことを始めたのか。

 これがリーゼロッテが育った国での洗い方なわけでもないだろうし。

 リーゼロッテはなおも体を動かしながら、小さな声で答えた。


「これならあたしの体も洗えるから効率的でしょ。それにスマフォで調べたんだけど、日本の文化ではこういう洗い方が喜ばれるんじゃないの?」


「――――はあっ!?」


 これが、日本の文化だと!?


 いや、しかし思い当たる部分はある。

 俺はそこまで詳しくない、夜のお店の知識を総動員していた。


 オトナのお風呂屋さんは、確かこういう洗い方をするんじゃなかったか!?


「リーゼロッテ! 合ってるけど違う! こ、これは女同士でやっても意味ないんだ!」


「えっ、そうなの!? そ、そういうことは早く言いなさいよ!」


 早く言えって言ってもなあ。

 いきなりこんなことするなんて思わないし。

 スマフォでの調べものは素直に信じたらダメなものもあるって、後でリーゼロッテに教えておかないと。


「もう、アヤメのせいで無理しちゃったじゃないの。損しちゃった……。――きゅううううう」


「え? リーゼロッテ……?」


 リーゼロッテがおかしな声を上げるものだから、俺は驚いて振り向いた。

 リーゼロッテの突然全身から力が抜けて、意識を失ってしまう。


「お、おいリーゼロッテ! だいじょうぶか!?」


 すぐに気づいた俺は、倒れる直前で抱きかかえる。

 リーゼロッテは真っ赤な顔で、完全にのぼせていた。

 うわ、ハダカのリーゼロッテにさわっちゃってる……なんて考えてる場合か!


 俺は急いで外に運び出すと床に寝かせた。

 タオルで髪や体の水気を取ったあと、もう1枚のバスタオルを体にかけておく。

 すると、すぐにリーゼロッテは目を覚ました。


「う……ん、あ、あたし……。…………そっか、ごめんなさい。またアヤメに迷惑かけちゃった」


「だからこれくらい、気にすんなって」


 俺は近くにあったノートを取ると、リーゼロッテの顔をパタパタとあおぎ始める。

 リーゼロッテは気持ちよさそうに目を閉じると、ゆっくりと口を開いた。


「あのね、アヤメ……。戦女神ヴァルキリーは世界を救う英雄として、世間ではもてはやされているけれど、実際には金儲けしか考えていない大人たちの操り人形なの」


「うん……」


「あたしがどうしたいかなんて関係ない。氷結の戦女神ヴァルキリーのイメージを保つため、普段から無表情でクールにふるまうように言われているし、戦闘でさえもそう。自動氷壁オートウォールズ、見てたでしょ。あれはセントヴァルハラの経営陣が開発した、あたし専用の魔法アプリなんだけど、あたしの意志とは無関係に動くのよ。あんなのはもう、あたしの実力なんかじゃないわ。ときどき、あたしが戦う意味がわからなくなるのよ……」


 落ち着いた声ではあるものの、リーゼロッテの悔しさがにじみ出ていた。


「あたしが受験でひどいことをしたのは、あたしみたいな思いをしてほしくなかったからよ。特に、春日さんにはね。彼女は――あたしを超えるほどの才能を持っている」


「……は? だってあのときは、才能がないって言ってただろ?」


 あの言葉は、嘘だったというのだろうか。

 リーゼロッテを超える才能なんて、そうそうあるものではないだろうに。


「ひと目見てわかったわ。あの子はとても心が優しい子。だから嘘をついてでも不合格にさせたかったの。でも……こうして受かっちゃったけどね」


「そうだったのか。それ言ってやったら、沙也花ちゃんは泣いて喜ぶと思うぞ」


「そんなことできるわけないでしょ。…………恥ずかしい」


 別に、恥ずかしがることなんてないと思うけど。

 それにしても、やはりリーゼロッテはちゃんとした理由を持っていたんだ。

 それがわかって、俺の心はすごくスッキリしていた。


 俺はふと思いついたことを、リーゼロッテに言ってみる。


「なあ、リーゼロッテから沙也花ちゃんに、魔法のアドバイスをしてくれよ。そしたら沙也花ちゃん、きっともっと強くなると思うんだけどなあ」


 2人が仲良くしてるシーンが、俺の頭に思い浮かぶ。

 きっと2人は、仲の良い友達になれるはず。

 ところが、当のリーゼロッテは乗り気ではなさそうだった。


「……アヤメは、何より春日さんのことが大事なのね」


「まあな。それがどうかしたか?」


「…………っ。別に、何でもないわよっ」


 リーゼロッテはごろんと寝返りをうって、俺に背中を向けてしまった。

 あれ……? 俺何か、気に触るようなこと言ったかな……。


 ともあれ俺は、こうしてリーゼロッテが心の内を話してくれたことが嬉しかった。

 俺の前だけでも、リーゼロッテが気兼ねなく本当の自分を出せるようにしてあげられたら……。そう考えるようになっていた。

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