第22話 洗いっこ→戦女神の本音

「何よ、そんなに驚いて。女同士でしょ」


 リーゼロッテはそう言うと、何食わぬ顔で浴場に入ってきた。

 目を極端に細めて、俺のことをジッと見つめている。

 お、俺のこと、怪しんでいるのかな……。


 と思っていたら。

 右手を壁に当てて、左手は何かを探るようにふよふよと動かしている。

 まるで目を閉じているのではと思うような動きだ。


 あ、リーゼロッテ……コンタクト外してきたのか?


 俺の予想は当たっていたらしい。

 リーゼロッテは、手探りでシャワーノズルをつかんだ。

 とりあえず安心した。背中を見せている間なら、外見で男だとバレる心配はなさそうだ。正面から見られたら、どうなるかわからないけど……。


 しかし何でこいつは、いきなり風呂に乱入してきたのだろうか。


「えっと……リーゼロッテ、何する気?」


「仕方ないからお風呂、一緒に入ってあげるわよ」


「はあっ!?」


「何よアヤメ! そこは感謝するところでしょ!!」


 リーゼロッテはシャワーのお湯を出すと、俺の体を流し始めた。

 そしてスポンジを右手に取ると、ハンドソープをつけて泡立てていく。

 なかなかの手際のよさだ…………じゃなくて。


「あの、何してんの……?」


「見ればわかるでしょ。アヤメの体を洗おうとしてるの」


「いやいいから! シャワーさえ出してくれれば、あとは自分でやるって!」


「うるさいわね。黙ってあたしに任せておけばいいのよ」


 俺の背中にスポンジが当たる。

 すぐにリーゼロッテが、俺の体を洗い始めてしまった。

 今すぐ逃げだしたい気持ちでいっぱいだが、背中を見せたまま逃げだすなんて器用な真似ができるはずがない。仕方なくジッとしていることにした。


 シャカシャカシャカ……。

 絶妙な力加減と、泡の感触が気持ちいい。

 なでるように俺の肌を押さえる、リーゼロッテの左手の感触には、危うく身もだえしそうだった。


 とにかくこの状況はいろいろとピンチすぎる。

 特に、前を洗われたりでもしたら……。


「ねえアヤメ、日本ではこういうのをハダカの付き合いって言うんでしょ?」


「え? ……まあ、そうだけど」


「お風呂だとお互いが立場を気にせず何でも話せるって、スマフォで調べたのよ」


 そういえばリーゼロッテは、海外暮らしが長かったと聞いた。

 もしかしたら、日本の文化に疎いところがあるのかもしれない。

 確かにインターネットなら、そういうのを調べるのにもってこいだ。


「あたしね、アヤメに謝りたかったの」


「謝る? リーゼロッテが?」


「ええ。昨日アヤメが来て早々、部屋のことで怒っちゃったから。それに今日だって勝手にあなたの服を着たくせに、また怒っちゃったし」


「だから風呂に入ってきたのか? そんなこと、別に気にしなくていいのに」


「気にしない……わけないわよ」


 リーゼロッテの声が、小さくなる。

 いつの間にか、スポンジを持つ手が止まっていた。


「だって謝りたいのは、これだけじゃないんだもの。その……受験のときに、あたしがあなたたちにしたことは、絶対に許されないと思うから」


「それは……」


 確かにリーゼロッテはひどいことをした。

 特に、春日に対しては。

 でもそれは、きっと――


「譲れないものが、あったんじゃないのか?」


 俺が何としても春日を合格させたかったのと同じように、リーゼロッテも何か理由があって俺たちを合格させたくなかったのではないか。


「だから謝る必要はない。リーゼロッテはそのままでいいんじゃないのか?」


「そうだけど……その譲れないものが何なのか、アヤメは気になったりしないの?」


「そりゃ気にはなるけど、知らなくても構わないよ」


「……何で?」


「何て言えばいいんだろう。リーゼロッテを……信用してるからかな」


 一緒に暮らし始めてわかった。

 リーゼロッテは素直じゃないところもあるけれど、基本的には優しい。

 時には笑顔だって見せる。決して誰かに悪意を持つようなことはない。


「な、何バカなこと言ってるのよ! アヤメなんか、こうしてやるんだから!」


 リーゼロッテがスポンジで、思いっきり俺の背中をこすった。


「痛あ! 痛たたた痛い痛い痛いってばっ!」


「あはははははっ! 生意気言った罰なんだから」


 うわあ、きっと背中が真っ赤になってるだろうなあ……。


「でもさ、リーゼロッテが私に謝るなんてビックリしたよ」


「何よ。あたしには悪いことしたら謝る常識すらないって言いたいの?」


「そうじゃなくてさ、リーゼロッテは私のこと、その……嫌いなんだと思ってたから」


「はあっ!? 嫌いに決まってるでしょ!!」


「まあ、そうだよな」


 俺はひとつ、大きなため息をつく。 


「……………………じゃないわよ」


「ん? 今、何て……?」


「…………別に、嫌いじゃないって言ったのよ」


 また、リーゼロッテのスポンジを持つ手が止まった。


「いや、何でだよ。だって私、リーゼロッテにひどいこと言ったじゃないか。絶対に倒すとか戦女神ヴァルキリーから引きずりおろしてやるだとか」


「だからよ」


「え……? リーゼロッテって戦女神ヴァルキリーをやめたいのか?」


「違うわよ。あたしに戦女神ヴァルキリーをやめさせたいってことは、アヤメの中では戦女神ヴァルキリーではないあたしが存在するってことでしょ?」


「まあ、そりゃそうだろうな」


 別にリーゼロッテが、絶対に戦女神ヴァルキリーである必要はない。

 魔法を使わず普通の高校生として生活してても、変じゃないし。


「でも他のみんなは違うのよ。誰もあたしを、あたしとしては見てくれない。あたしは何があっても氷結の戦女神ヴァルキリーであり、氷結の戦女神ヴァルキリーじゃないあたしには価値はないの。他の生徒たちは、自分があたしより下にいるのが当たり前だと思っていて、アヤメみたいに本気で勝負を挑んでくる人なんていない。大人たちはもっとひどくて、あたしを金儲けの商品くらいにしか思ってない」


「そう……なのか?」


 そんなことはない、なんて気休めは言えなかった。

 それほど、リーゼロッテの言葉に重みを感じたからだ。


「ねえ、あたしの戦闘法衣バトルドレス、なんでこんなにきわどい格好なのか知ってる?」


 そういえば……どうしてなのだろうか。

 アニメやマンガに出てくるような戦うヒロインは、当たり前のように際どい格好をしているキャラクターが多い。だから俺は不思議に思わなかったが、確かにリーゼロッテがそのキャラたちと同じような格好をしている必要性はないはず。


 リーゼロッテに言われて、初めておかしいと思った。

 そして、その明確な答えはわからない。


「えっと、その方が動きやすいから……とかか?」


「違うわ。それはね――エッチだからよ」


「え……?」


 リーゼロッテの答えは、ズバリなものだった。

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