第18話 隠し部屋→意外な弱点

 こんなんで俺、女装生活やっていけるのかな。

 ひと息つける時間すらなさそうだ。

 これがずっと続くなんて、気疲れで倒れなきゃいいけど……。


 不安になった俺は、改めて部屋を見渡した。


 そういや二段ベッド、俺はどっちで寝ればいいんだろう。

 そんなことを考えていたら、ベッドの横手にドアがあるのを見つけた。


 あれ……?

 何だろう、これ。


 まるで意図したかのように、ドアをふさぐ形でベッドが置かれている。

 ここ、他にも部屋があるということだろうか。

 確かに2人でワンルームは手狭な気はするし、建物の外観を見た感じからしても、中がもっと広くないと不自然な気はする。


 ベッドの1階部分に乗って近づいてみると、ドアは内開きだった。

 外開きだったら開けられないところだが、これなら開けられる。

 俺は試しに、中を見てみることにした。



「…………うっ」



 腐海の森だった。

 そう表現するしかないくらい、足の踏場もないほどに散らかっている。

 マンガやらゲームソフトやら、お菓子の袋にペットボトル、脱ぎ散らかした服に段ボール箱の残骸……それはもうグッチャグチャだった。つーか、こっちの部屋にテレビやクローゼット、ちゃんとあるじゃんか。


「これはいったい……?」


 とは言ったものの、犯人はリーゼロッテしかいないよな。

 こいつ、もしかして……。


 そのとき、ドタタタタタッと荒っぽい足音が聞こえてくる。


「ちょっとぉぉぉっ!! 何で勝手に見ちゃうのよぉぉぉぉぉっ!!」


 背後からの叫び声。

 全身濡らしたリーゼロッテが、バスタオル1枚で立っていた。

 俺がここを開けたのを察知して、慌てて風呂から飛び出してきたらしい。


「ちょ、おまっ、何て格好してんだよ!」


「うええええええええええんっ! バカバカバカぁっ! 鬼っ、悪魔っ、侵略魔アグレストぉぉぉっ!」


 俺の抗議もそっちのけで、リーゼロッテがポカポカ殴ってくる。

 鬼と悪魔はよく聞くけど、侵略魔アグレストってのは初めてだ。


「あたしの汚部屋がバレたあ……!! これじゃあ先輩の威厳が台無しよぉ。せっかくの後輩なんだから『おやつ買ってきなさい』とか『アイロンがけしておきなさい』とか、いっぱい命令しようと思ってたのに!」


「お前な……」


 俺にそんなことさせようとしてたのかよ。

 いや、確かにアイロンがけは面倒だけどさ。

 本気で隠すなら、もうちょい上手いやり方があっただろうに。


「ううっ、グスッ……。うわあああああああああああ~~ん!!」


「そんなに気にするなよ。その、少し片付けが苦手なくらいでさ」


「ぜんぜん少しじゃないでしょ! あなたに女らしくしろって偉そうに説教したけれど、あたしだってごらんのありさまよ! もう笑うなり怒るなり好きにしなさい! どーせ『廃人で引きこもり、人間のクズの中のクズ、キングクズが!』って思ってるんでしょ!?」


「いや、そこまでは……。何つーかさ、安心した」


「え……、安心? 何よ、それ……」


「氷結の戦女神ヴァルキリーって言っても、そりゃ全部が全部、完璧にこなせるわけじゃないんだなって思ってさ。かわいいとこあるじゃないか」


「か、かわいい!? このあたしが!?」


「あ、ああ。その……、かなりかわいい方だと思うけど……」


 俺はつい、返事がたどたどしくなってしまった。

 女の子相手にかわいいというのが、これほど恥ずかしいとは。

 リーゼロッテはというと、驚いて目を大きくしたかと思ったら、一気に顔を真っ赤にする。


「~~~~っ! へ、変なこと言わないでよ! あたしもう寝る! あたしは上、アヤメは下だからね!」


 リーゼロッテが床にバスタオルを放り投げた。

 慌てて背中を向ける俺。リーゼロッテはその場で服を着始める。


 怒らせてしまっただろうか。

 女の子同士でかわいいと言い合うのはよくあるんじゃないかと思ったから、恥ずかしいのを我慢して言ってみたというのに。


 すぐに部屋の電気が消えると、リーゼロッテはベッドの上段に上がっていった。

 髪を乾かさなくていいのか気になるけど、とても聞ける状況ではない。

 そんな俺の心配など意味もなかったようで、すぐに寝息が聞こえてきた。


 とりあえず上着だけ脱いで、俺もふとんに入る。

 寝るのには少し早い時間ということもあるが、何よりリーゼロッテが近くにいると思うと緊張してなかなか寝付けなかった。

 ほら、こういうときって、リーゼロッテが一度起きたあとに間違って俺がいる下段に入ってきて寝始めた上に起こしてもぜんぜん起きなくて俺が困るっていうのがありそうで心配になるだろ?


 …………。


 わかってるよ。

 ラブコメのマンガを意識しすぎだってことは。

 自分でもそう思うけど、やっぱりこの状況だと不安になるんだよ……。








「……ヤメ。起きなさいよ、アヤメ。アヤメってば!」


「ん……。もう朝か……?」


 いつの間にか寝ていたようで、窓から朝日が差しこんでいる。

 もう朝か。つーか、リーゼロッテが俺のふとんに入ってくるんじゃないかって不安は、見事に的中しなかったな。――ちょっと恥ずかしい。


 ゆっくりと目を開けた俺は、懸命に体を揺らしてくる人物を見た。

 枯茶色のジャージに赤のドテラと、大きくて分厚いレンズのメガネをかけている。

 あれ? ドテラとメガネ……。

 えっと…………?


「お前、誰だ……?」


「失礼ね! リーゼロッテに決まってるでしょ!」


 いや、まあ……状況的にはそれしかないんだけどさ。

 でもそう言いたくなるくらい、リーゼロッテは冴えない格好をしていた。

 受験で戦ったときの、あの凛々しい姿はどこに行ったんだよ……。


「うちの田舎のばあちゃんでも、もっとましな格好してるぞ?」


「う、うるさいわね。外に出たときにちゃんとしてれば、それでいいのよ」


「それにしたって、それは……」


 と、俺は続きを言いかけて、やめる。

 リーゼロッテが言ったことに、一理あると思ったからだ。


「確かにその通りかもな。ずっと緊張しっぱなしじゃ疲れるし」


 そうだ、女装してるからって常に着飾る必要はない。

 手抜きできるところだってあるはずだ。そう考えたら不思議なもので、これからの女装生活も何とかなるんじゃないかと思えてきた。


 俺も部屋着はジャージにしようかな。

 それなら楽そうだし。


「それでね、その……部屋が汚いのとか、この格好とか、誰にも言っちゃダメだからね!」


「ああ、わかったよ」


「当然、胸のこともだからね! 言ったら氷の剣で串刺しだからね!」


「わかってるよ。つーか、恐ろしくて言えねえって」


「だったらいいのよ。ふんっ」


 リーゼロッテはそっぽを向くと、さっさと朝の支度を始める。


 このとき、俺は思ってしまった。

 もしかしたらリーゼロッテと、仲良くなれるんじゃないかって。


 リーゼロッテは相変わらず、俺に怒った顔しか見せない。

 それでも俺たちの距離は、少しは縮まっているのかもしれなかった。

 戦闘時の厳しい表情よりは、よっぽど彼女の素が出ているような気がしたから。


 受験のとき、リーゼロッテが春日にしたことは、やはり許せるものではない。

 でも春日にあれだけのことをしたのは、彼女なりの理由があったのかもな。

 俺は、そう考えるようになっていた。

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