3章

第17話 女子寮生活→開始

 その後、俺は中学を無事卒業する。

 そして桜の開花もピークを越えた、四月上旬のこと。



 俺はというと――ふたたび女装をしていた。

 しかも今回の格好は制服ではなく、かわいらしい外行きの女性服だ。


 トップスは今年のトレンドカラーらしいベビーピンクのニット。スレンダーなカラダのラインが強調されている。スカートはピンクと相性抜群のアイスブルー。ふんわりと広がるひざ上丈のもので、表面にはレースで飾りつけされている。

 女装姿でファッションショップに行って、流行に詳しそうな店員にあれこれ聞きながら購入したものだ。様々なタイプの服を何度も試着しながら、やっとのことで選んだ渾身の一着だった。


 しかしあのときは、本当に恥ずかしかったけどな……。


 店員さん、俺のことが気に入ったのかすごくノリノリだったし。

 俺を見るなり「うわあ背が高いですね! それにすごく細い! ほどよく筋肉があってしなやかなカラダ……まるでモデルさん! これ着てみませんか? 次はこれ、あとこれも……きゃー、すごく似合ってる!! んん~かわいい!!」って、たっぷり3時間は着せ替えさせられた。


 なぜそんな思いをしてまで、気合いの入った女性服を買ったのか。

 それは受験のあとに、リーゼロッテに女らしさが欠けていると言われたことが、ずっと頭に引っかかっていたからだ。

 このまま女らしくないふるまいを続けていれば、すぐにでも男だとバレてしまう可能性が高い。しかし女らしさなんて、すぐに身につくものでもない。


 だったらますは形だけでもと思い、服だけでもかわいいものを用意したのだ。

 俺の肩には最低限の生活用品が入った旅行用のバッグ。その中の普段着やパジャマも、そのときに買ったものが入っている。メイクも以前より腕を磨いて、自然でありながら見栄えがいいものになっていた。


 そして今、俺はとある建物の前に立っている。



 セントヴァルハラ女学院・女子寮。



 寮というよりも、その外観はまるで高級なビジネスホテルだ。

 エレベーターで最上階の15階に上がると、ある部屋の前に到着する。

 表札には、リーゼロッテ=アセスルファームと書かれていた。


 そしてその下には――和灯アヤメの名前もある。


 今日から俺は、ここでリーゼロッテと暮らすのだ。

 明日はセントヴァルハラの入学式。そして新入生は最低でも、その前日の今日までにはこの寮に引っ越していなければならないらしい。



 入学は辞退するつもりだった。

 たった1日の受験だけならともかく、3年間の学校生活で女装を隠し通せるわけがない。だから俺は、どこでもいいから他の高校に行こうと考えていた。


 ところがずっと春日のことで頭がいっぱいだった俺は、他の高校に願書を提出するのをすっかり忘れていた。そこで二次募集をかけているところに申し込みにいったのだが、返答は「すでに他校に合格されている方は受験資格がありません」だった。


 いや、何だよそれ。

 受験要項にはそんなの書いてなかったし、第一俺とアヤメは別人ってことになってるから俺はどこにも合格してないんだぞ。

 しかし抗議しても取り合ってもらえず、仕方なく別の学校に申し込んだらそこでも同じことを言われた。

 さらに別のとこでも、そのまた別のとこでも。

 いったいどういうことなのだろうか。


 とはいえ受けられないという事実は変わらず、もう高校浪人しようかと考えてると、その日の家の夕食が焼肉と寿司、デザートはケーキだった。しかもどれも特上。

 何が起こったのかはわからないが、どれかひとつに絞れよ母さんと思ってたら、ケーキに「高校合格おめでとう」と書いてありやがる。……え、何これ。

 

 なぜか母さんは、俺が進学校に合格したものだと信じていた。いや確かにあってるんだけど、女子高の、しかも魔法学校なんだよなあ。だが母さんはなぜか都合良くその部分を知らないらしい。二次募集拒否のことといい、本当にどうなってるんだ。


 これで高校浪人するとは言えなくなり、結局俺はセントヴァルハラに通うしかなくなってしまった。ちなみにこれを美鳴に告げたところ「もうええ、絶交や!」と嫌われた。本当にもう、踏んだり蹴ったりだった。



 ……よし、行くぞ。

 俺は深呼吸をすると、寮のインターフォンを押す。

 すると中から、こっちに向かう足音が聞こえてきた。


「……遅いわよ、アヤメ」


 ドアを開けて出てきたのは、制服姿のリーゼロッテだ。

 現在の時刻は夜の9時。俺の到着がここまで遅くなったのは、少しでもこの寮で過ごす時間を短くしたいと思って、風呂も食事もすませて家を出たからだった。


 そんなことよりも、気になることが……。


「リーゼロッテ、何で家の中で制服着てるんだ?」


「い、いいでしょ別に! あたしがどんな服装でも!」


「まあ、そりゃそうだけど……」


 こんな遅くだけど、学校から帰ってきたばかりなのだろうか。

 でもそれにしては、豊胸パッドは外しているみたいだけど。


「どこ見てるのよ」


「いや、何でもないです」


 リーゼロッテの目つきが、ものすごく怖かった。


「それにしても、そのアヤメの格好――」


 リーゼロッテがジッと、俺の服装を見てくる。

 何かおかしいところがあるだろうか。

 慣れない女装を張りきったものだから、どこかでヘマしてるとか……?


「えっと……どっか変かな?」


「な、何でもないわよ! とにかくさっさと入りなさい!」


 リーゼロッテが、いっそう怒った感じで中に入っていく。

 うーん、やはりこの様子じゃ快く受け入れてくれることはなさそうだ。

 嫌われてることはわかっていた。受験のとき、俺はリーゼロッテを挑発するようなことを何度も言ったのだから。

 それに俺だって、リーゼロッテが春日にしたことを許しているわけじゃない。これから共同生活をするとはいえ、仲良くなれるなんて思ってはいなかった。


 部屋の中は綺麗に片付いている。

 キッチン、バスルーム、トイレ付きのワンルーム。

 二段ベッドと小さなテーブルがある以外には、ほとんど物が置かれていない。

 かなり手狭な感じではあるが、生活する分には不自由なさそうだ。テレビくらいはあってもいいとは思うけど。


「アヤメ、夕食はどうする?」


「ああ、家出る前に食べてきたから」


「そ。お風呂は?」


「そっちもいい。家で入ってきた」


「じゃああたし入ってきちゃうわね。その間に荷ほどきでもしてなさい」


 そう言ってリーゼロッテは風呂場に入っていった。

 ほどなく、スルスルと服を脱ぐ音が聞こえてくる。


 うわあ、こんな音まで聞こえてきちゃうのかよ……。


 やばいな。

 いつか見たリーゼロッテのハダカが思い浮かんでしまいそうだ。

 

 お湯のちゃぷちゃぷ音。

 泡だった石けんで体をこする音。

 機嫌が良さそうな鼻歌。


 妄想をかき立てるような、いろいろな音が聞こえてくる。


 今どこを洗ってるんだろう――って、いかんいかん!

 そうだ、これから毎日こういうのにも耐えないといけないんだぞ。



 いいか俺、意志を強く持つんだ!!


 と思いつつ、俺はリーゼロッテのハダカを想像して、カアッと顔が熱くなるのを感じていた。女子寮生活、出だしからこんなんでだいじょうぶなのか……?

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