第41話 【相談事】

 ―――翌日。


「よう」


 氷峰は蔀に声をかけた。喫茶店の入り口付近で、彼は先に待ち伏せていた。視線感じたと思ったらすぐ腕時計を見て――


「休日にこの時間だと人が混んでるな。重要な話なら場所を変えよう」


 そう言って突如歩き出した。


「は? ちょ、おい! どこ行くんだよ」


 氷峰は慌てて隣に駆け寄る。


「俺の家だ。文句無いだろ?」


「おい、だったらメールで前もって言ってくれよ……」


「深夜0時以降はメールしないと決めてるんだ」


「は? 何だよそれ。真面目だなぁおい。てか待ち合わせした意味ねぇじゃん」


 二人は人混みを避けながら、人通りの少ない路地に出る。

 氷峰は久々に蔀の家に向かう。久々といっても小学生時代に遡る話で、蔀の両親が離婚して以降一度も蔀の家には訪れていない。


「相変わらずあの家に住んでんのか」


 数メートル先の蔀の家を見上げる


「あの公園も相変わらず残っている」


 ――懐かしいな……中学校から近かったのに全然行かなかったな。


 二人は周囲を眺めながら歩いていた。



 ***   



 蔀の家に着いた。


「相談があるって言ってたな」


「ああ」


「まぁ座れよ」


 蔀はそう言いながら氷峰を促し、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぐ。


「おおサンキュ」


 氷峰は蔀から差し出されたコップに手を付け、水を一口飲んだ。

 蔀も氷峰と向かい合わせになるように、食卓の椅子に座る。そして――


「俺も相談したいことがあるんだが……」


 話を切り出した。


「……?」


 氷峰は何も言わずにゆっくりとコップを机に置いた。


「俺の話は後でいい。お前から話せよ。亜結樹のことだろ?」


「あぁ。今更なんだけど、俺アイツの愛し方わからねぇんだ。男か女かわからなくて」


「今更だな。見た目の話か? 精神的にか?」


「どっちもだな。允桧の時と違って……俺は、アイツに母さんの姿を重ねててさ。気持ち悪ぃと思うだろ?」


「それは身体的にいえば上半身しか愛せていないことになるだろうな」


「何だよその言い方。まるで俺が体目当てで亜結樹と付き合ってるみてぇな言い方――!」


「違うと言えるのか?」


「……ッ!」


 頭を抱えながら顔を赤らめる。


「対して亜結樹はお前をどう思っているんだろうな。俺には理解し難い」


「亜結樹は……アイツは自分のこと男だと思ってんのかな。だったら一人称は俺にしてもらわねぇと、こっちも混乱しちまう。俺允桧の時みたいにまたアイツを苦しめてんのかな……」


「允桧と亜結樹の大きな違いは…――」


 蔀はそう言いかけると椅子から立ち上がり、自分の体にメスを入れる様な素振りを見せる。


「下半身だ」


「……」


「それとはどう向き合っているんだ。話せる範囲で話してみろ」


「それはこの間、紙に書いて書類渡しただろ」


「今はどう思っているんだ」


「……アイツのアレが允桧の半身だと知った時、俺はどうしようもなく心の中で触れたくて堪らなくなった。俺は允桧の事が好きだった。だから亜結樹のと俺のを……」


 息をひそめた。これ以上は話さなくても言葉の想像がついた蔀は、氷峰を制した。


「まぁいい。亜結樹は嫌がらなかったのか?」


「ああ。他の人のこと考えてるでしょ……って。それ以上は何も言わなかった」


 机に両肘を付きながら、両手で顔を覆いながら静かに呟いた。


「また允桧か……」


「俺はアイツに感化されてんだ。高校時代にアイツとその周りの人間と汚い事たくさんしてきた」


 顔はまだ塞いだまま。蔀と顔を合せようとしない。話すのが辛い事は十分承知の上で、蔀は真剣に耳を傾ける。


「昔話はいいんだよもう。俺はお前の高校時代は間接的にしか知らない。俺が允桧に会ったのは一度きりで……」


 蔀は溜め息をついた。


「なぁ、どうしたらいい? 俺は亜結樹をまだフィジカルなものとしか捉えていねぇんだ。肉体的には満たされたい気持ちはあるけど……」


「精神的には辛い……か」


「亜結樹は俺の親を知らねぇのに、アイツ、出会ったこともねぇ允桧のような白髪の男を見たって、夢を見たって」


「――!? それは本当か? あり得ない……」

「それを思い出したんだ。陵って人が俺に話してくれたことが気になって。亜結樹は允桧の半身を本能的に求めてるってあの人言ってたんだ」


「不気味な話だな。亜結樹自身もまだそれを疑っているんだろ?」


「ああ。下半身が允桧だとは直接伝えてない。ってか言えねぇ話だ」


「允桧はもうこの世にはいないんだからな」


「わかってる……けど」


「けど?」


「なんていうか……話さなきゃいけねぇときがくると思うんだ。いつか……」


「そうか。お前が亜結樹を通してアイツの……允桧の幻を見ているってことか」


「俺が?」


「自分を見つめ直す機会が与えられてんだよ。伯父さんの考えが少し見えてきたような気がするな」


「お前さ、俺と亜結樹を一緒に居させてる理由知ってんのか? 司秋さんの見舞いに行ったとき、あの人は俺の両親のDNAを亜結樹と允桧に利用したって言ってたろ? なんでそんなことまでして俺に允桧や亜結樹を会わせてるんだろって疑問に思わなかったのか?」


「理由はわからない。想像だが司秋さんは……お前を允桧が抱えていた心の闇から解放させる為に亜結樹を創造したんだと思う」


「なんだよそれ。それじゃ……亜結樹が可哀想だろ!!」


 静かに語る口調が、だんだんと獲物を捕らえる様な目付きで唸り声を上げた。


「同感だ。だが生まれてきてしまった以上、允桧のときの二の舞にならないように、自殺させたり死を選ばせてはならないと俺は考えている」


 氷峰の目付きが冷静さを失っているのは目に見えていた。だが蔀は冷静に続けて――、


「それにお前が允桧のことを引き摺っているあいだは、亜結樹も目に見えない允桧の面影を追い続けることになるかもしれない」


「はは……救われねぇな俺達……」


「八束には海鳴が。お前には亜結樹というパートナーがいる。だがな……もう一人大切な人がお前にはいただろ? 救いの手ならまだある」


「大切な人?」


「俺が相談したかった事は……――」


 蔀は一旦話すのをやめ、コップの中の水を一口飲んだ。



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