第37話 【二度目の春 -2-】



 ―――夜・柊蔀宅。


 蔀は仕事のことよりも、屋上での速水の返事が気掛かりであった。何故、速水に亜結樹について尋ねてしまったのだろうかと、ソファに項垂うなだれるように横たわっていた。額に腕を宛てがい、深く息を吸って吐いた。溜息ではない何かが心の奥に詰まった感覚だった。自分は亜結樹の育ての親だったのに、氷峰の前にまたを、引き戻してしまった。氷峰と連絡をしていない為、亜結樹の様子はわかるはずもない。蔀は速水から何かヒントを得ようとしていた。氷峰と亜結樹の関係性や、海鳴と八束の関係性について、彼女からクローンとの愛についての手掛かりが欲しかった。


 考え事をしている間に、インターホンが鳴った。夜になって訪問者が来るとすれば、八束なのだろうか。そう勘違いしてモニターを覗き込むと、亜結樹と海鳴――二人の姿が映し出されていた。

 特に忙しい様子もなく、二人はにこにこして蔀に声を掛けてきた。


「蔀さん、こんばんは」

「事情はあとで話すから、今晩だけ泊めてくれない?」

「あ、あぁ……わかった」


 ――ミネはどうしたんだ? 亜結樹も一緒になって来るなんて……。

 ――海鳴にいたっては、八束と喧嘩でもしたのか?


 蔀は突然の二人の訪問に、少々困惑気味になりながら解錠ボタンを押した。


「まさか弟の八束がくるわけないよな……馬鹿だな、俺は……」


 ふと吐露した言葉を内心責め立てていた。あの日、氷峰の心の闇を抑え込もうとして八束を利用した自身を嘆いていた。

 玄関の鍵を開けて二人を迎え入れた。


「お邪魔しまーす」


 海鳴が軽々しく入ってくる。初めて蔀の自宅に来たのに、彼は物怖じせず寧ろ蔀の部屋に興味津々と行った様子だ。対して亜結樹は少し緊張気味でいた。


「お、お邪魔、します」


 亜結樹が小さく会釈をしたので、蔀は「そこまでかしこまらなくていい」と言いながらリビングに向かい、二人に水を用意した。


「そういや、晩飯食べてこなかったんだよなぁ、俺」

「……あたしも家に帰ったと思ったら、すぐ海鳴がきたからなにも食べてないや」


 蔀が用意した水を手に持ちながら、二人は申し訳なさそうに会話をしていた。蔀は仕方なく、二人に食事を振舞わなければならなかった。

海鳴は自分が栄養の摂れる食べ物は、蔀の家にあるわけないと思い込んでいた。だが、蔀が見慣れないガゼットパウチを取り出す様子を見た海鳴は――

「あれレトルト? 俺の分も作ってくれんの? ……んなわけ――」

 自分が普段栄養を摂っている物と似ていたので、冗談交じりで言った。すると蔀は手際良く片手鍋を取り出しながら――

「陵さんから以前受け取っていた本があってな……。それを参考にしたレシピだ。お前も食べられる」

 そうはっきり返事をした。


「え!? そうなの?」

「良かったね、海鳴」


 海鳴が目をきらきらさせながら反応していると、亜結樹も嬉しそうに相槌を打った。


 ***


「うぉ~!」

「うわぁ~……」


 二人が目の当たりにした食べ物は、なんの変哲も無いただの温野菜パスタだった。


「普通、パスタでそんなに感動するのか? ……クローンだからか?」

「だってただのパスタじゃ無いんだろ? 陵さん特製だろ?」

「美味しそう! 温かいうちに食べなきゃ」


 蔀は二人の笑顔を見て、少なからず安堵の表情を浮かべた。

 海鳴と亜結樹は温野菜パスタに夢中になって、黙々と食べ続けていた。


 ――俺の前でふたりが笑うところを見たのは、これが初めてだな……。


 ふたりは食べ終わるとソファで隣同士仲良く座り、学校での出来事を話していた。

 しばらくして、海鳴がテレビのリモコンを手に取り、蔀に声を掛けた。


「あ、蔀さん。テレビ点けてもいい?」

「ああ、構わない」


 テレビを点けると丁度ニュース番組の特報が流れていた。画面に映っていたのは――。


「あれ、陵さん……だよね?」

「――ッ!?」


 亜結樹がそう呟くと、蔀は目を見開き、必死な顔つきで海鳴に向かって声を上げた。


「海鳴! 今すぐチャンネルを変えろ!」

「え? いいじゃん別に……」


 海鳴がリモコンを握った手を止めたまま、ぼんやりと陵の言葉に耳を傾けていた。

 今、目の前に流れていた陵のインタビュー映像は、施設にて昼休憩が終わる頃に流れていたものと同じだった。


 画面の向こうで彼が語っていた内容は――。

 ――《続いては――》

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