17:「こんなに目ぇ合わせるなんて……ウチはずかしいっ!」

 じ~~~~っ……と、モエカとエッチは見つめあう。みるみるうちに、モエカは耳まで真っ赤になる。なんだかかわいそうだ。

 「あぁ、こんなに目ぇ合わせるなんて……ウチ、はっ、はずかしいっ!」

 「エッチです。ンふふふふっ……♡ 他人を愛するのに、どうして恥ずかしいことがあるのでしょうか? 貴方の愛情は本物のようですよ。ほら、もっといっぱい見てください……♡」

 エッチは、モエカのもう片手もとって、優しく握った。

 な、なんか、やたらにいい雰囲気だな。

 俺とエッチがイチャついてる時って、周りからはこう見えてるのか……。みんな、目のやり場を奪って本当にゴメンな。

 「ほら、もっと見てください♡ 愛し合いましょう?」

 「う、うん……あ、あぁぁぁっ……♡」

 モエカは、のどから搾り出すようにうなった。

 「な、なんかいい雰囲気ですね……。あのさ、ついでだから、告白練習もしてみたら?」

 「しっ師匠ぉ~~~~~っ!?」

 「余計なこと言わないで!」とばかりに、モエカが悲壮な目で俺に訴える。

 許せ、これも愛のムチなんだ……!

 「エッチです、構いませんよ。地球人と愛を深められるのなら、むしろ本望です」

 だから、俺以外のやつの前で「地球人」とか言うなよ……。素性がバレちゃうじゃん。

 「ほら、エッチもオッケーだって。はい、アクション!」

 「も、もぉっ……! いじわるやなぁっ。わ、分かったで……!」

 モエカはエッチの手を握った。少々震えながら、エッチの目を見つめる。

 満面の笑みで迎えるエッチに対し、モエカは気を張っているようだ。

 「おぉ! その表情なんかいいな。がんばって告白しようとしてるって感じで」

 「っ……! し、師匠、からかわんといて! じゃぁ……。あの、ウチ……!」

 モエカは、ごくんとつばを飲み込んだ。

 「エッチです。いつでもどうぞ」

 「はいっ。あの……え、エッチさん!」

 「エッチです。なんでしょうか?」

 エッチは女神のような慈愛あふれる微笑を浮かべた。

 「う、う、ウチ……エッチさんのことが、ずっと好きやったんです! つきおうて、ください……!」

 「エッチです。私も、貴方のことを愛していますよ♡ ええ、付き合いましょう」

 エッチは、モエカをそっと抱きしめた。モエカの体が震える。いくら練習とはいえ、なんだか……ドラマのようだ。

 「……う、うれしい……ウチ、うれしいですっ! 付き合えて!」

 「エッチです。むしろ結婚しましょう。そして、やがて私たちはひとつに還るのです」

 「ええ!? そ、そないなスゴイことまで……う、うち、ウチっ――」

 はむっ。

 とつぜん、エッチはモエカの耳たぶを噛んだ。

 なんてうらやましい……じゃなくて、なんてことを!?

 こんなことされたら、普通びびるだろう。現にモエカは、「あわわわわわわっ」と目を回していた。

 しかしエッチは、そんなこと全く気にしない。ぎゅっ、ぎゅっ……と、女の子同士で体を押し付け、

 「エッチです。さぁモエカさん、早くひとつになりましょう? うふふ、フフフフっ……♡」

 「あ、ぁ、ぁぁ……っ♡」

 エッチの優しい言葉のせいか、モエカの顔は「ぽわわ~~っ」と緩んでいた。

 「ちょっ、モエカ!? 口からよだれでてるよ!」

 「……はっ!?」

 あわてて、ごしごしと口を拭くモエカ。

 「まったく、エッチの愛情パワーはすごいですね……」

 「エッチです。私は、万物へのユニバーサルラブを思い出した存在です。ですから、全ての方を愛するのは当然のことなのですよ」

 「やっぱり、地球人にはまだレベルが高いなぁ……。って、あれっ? モエカ? もしもし、大丈夫か?」

 モエカは、目を白黒させてぼんやりしている。

 「だ、大丈夫やで……!」

 「エッチです。うふふ、とてもステキな告白でしたよ、モエカさん。これならば、意中の男性を射止めることも可能でしょうね」

 「うん、かなり良かったと思うぞ。ちょっと緊張していたけど、それが逆に守ってあげたくなるというか……そんな感じで」

 「う、うぅ……ありがとぉ! 師匠、エッチさん!」

 モエカは泣きださんばかりにお礼を言った。

 

 めでたしめでたし、と、俺たち三人は体育倉庫裏を出た。

 「ところで……あの、師匠。ちょっと聞きたいんやけど。ウチ……お化粧とかしたほうがええんかなぁ?」

 モエカは、そう尋ねてくる。

 「ん? 今はしてないのか?」

 「う、うん……。周りの子は、多少しているみたいなんやけど。ウチそういうの、ぜんぜん分からんし……どうしたらええんかなって」

 モエカは、心細そうな顔になった。

 たしかに、顔になにかをつけている様子はない。すっぴんなのだろう。

 言われてみれば、他の学校の女子は、ほっぺたとかくちびるとか目とか、顔に何かつけていることもあったような気がする。

 「そうだなぁ……俺も時間がなくて、そこまではよく調べられなかったんだよ。化粧なんて、男の俺じゃ良く分からないしな。……ま、俺も調べてはおくけど、自分でも少しやってみたらどうだ? 自分ん家に、母親の化粧道具とかあるだろ?」

 「せ、せやな。ウチがんばるで!」

 「うん、でもモエカは良くがんばったよ。今日は解散だ。また今度な」

 「うんっ、おおきに!」

 と言って、モエカはメガネをかけ、髪を解き始めた。

 「って、ちょっと待てよ!? せっかく可愛くしたのに、何でもとに戻してるんだっ」

 「ええっ!? だ、ダメやった?! だ、だってウチ……ずっと地味な女子で通ってるし、いきなり見た目変わったら、周りに何言われるか分からんし、恥ずかしいもん……っ!」

 モエカは、両手で顔を覆って、イヤイヤと首をふった。

 「恥ずかしいったって……せっかく可愛くしたのに、もとに戻すやつがあるか!?」

 「やって、やってぇ~~~っ……!」

 「はぁ……しょうがないな」

 俺はため息をついた。

 「し、師匠、堪忍な。明日……いや、来週からは、こういう格好で学校くるから! ぜったい、そうするし――」

 「しょうがないから、校舎まで俺がついていってやるよ。一人だけじゃなければ、大して恥ずかしくないだろ? ほら、さっさとまわりの視線に慣れたほうがいいじゃん?」

 「え、えぇ……っ!?」

 モエカは後ずさった。俺は、彼女ににじりよる。

 「これもモエカのためなんだ。さぁ……さぁ! 観念しろ!」

 「うぅっ……! む、むりぃっ……そんなんぜったいムリやぁぁぁ~~~~~っ!」

 モエカは俺を振り切った。もっさりした髪を解き放ちながら、校舎のほうへと消えてしまう。

 「うぅん……ダメかぁっ! やっぱり、まだ度胸が足りてないな」

 俺は頭を抱える。はたして、こんなんで告白なんかできるのだろうか……?

 「エッチです。度胸はともかく、胸は充分足りていらっしゃいますのにね」

 「なんですか、そのダジャレは……?」

 

 翌日の午後――俺とエッチは、近所のアパートに入って行った。

 近所の一人暮らしのOL、モモさんのもとを訪れたのである。「自宅での宴会につきあう」という、約束を果たすためだった。

 「とにかく、酒は飲まされないようにしないとな……俺、未成年だし」

 「エッチです。しかし、寂しがっている彼女を助けることは、貴方にとっても他者奉仕活動の機会となりますよ」

 「それは、そうなんですけど……」

 結婚するという同僚をうらやんでいた、あのモモさん。彼女が髪を振り乱してキレる姿は、はっきり言って怖かった。いったい、これから宴会で何をやらされるのやら……。

 「あの、こんばんは~っ」 

 ピンポンを押しながら、挨拶する。

 すると、部屋の中からすぐレスポンスが返って来る。もちろん聞こえてきたのは、機嫌の良さそうなモモさんの声だった。

 「あぁ~っ、少年じゃな~いっ! やっと来たのねぇ、さ、こっちこっち!」

 モモさんは、玄関ドアを開け、手招きして迎え入れてくれる。

 「は、はぁ。お邪魔します……」

 一歩、部屋の中に入ると、

 「うわっ、酒臭っ……!?」

 すでに独り宴会がはじまっていたのか、もう酒臭がする。

 「……っていうか、なんですかこの量わぁっ!? 空き缶と空き瓶だらけじゃないですかっ」

 足の踏み場もない――とまではいかないものの、撒き散らされてる丸っこい瓶や缶を踏んだら、すっころびそうで怖かった。

 「いやぁねーっ。もう、ガマンできなくって飲み始めちゃった。さぁさぁ座って! お肉も買ってきたし、お菓子もあるわよ!」

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