14:かわいい女の子の創り方

 俺は、「だから、学校ではあんまりベタベタしないでって言ったじゃないですか!」という目をしているつもり。

 が、エッチは単に「ウフフフフ♡」と笑ってる感じだ。意思疎通ができていない……。

 「モエカさんっ!」

 がしっ! と彼女の両肩をつかむ。それだけで、モエカさんの目は見開かれ、頬が真っ赤になった。

 「は、はいいぃぃぃっ!?」

 「それは誤解なんだ。別に、エッチとは付き合ってるわけじゃないっ」

 「え? で、でも……きっ……キス……してるって」

 「ちっ違う! あれは……そう、友情の証というか! 外国出身だから、気軽にキスする文化なんだ! それだけなんだよ!」

 「は、はぁ……そうなんや」

 「気軽にキスする文化」というのは、別にウソじゃない。ていうか、どう考えても真実だろう。「外国」じゃなくて「外星(?)」、ってとこが違うだけで。

 「エッチです。私は、求めない方には与えてあげられません。地球じ――ではなく、他人の意思を尊重しているのですよ。もし、貴方が望まれるというなら、キスでご奉仕して差し上げますが……?」

 エッチは、くちびるに指先を当てる。ねっとりした目線でモエカさんを見た。

 「っ!? うっ、ウチはっ、いっいぃぃぃっ、いいですっ!」

 「エッチです。キスされても『良い』のですね? それでは、ご奉仕させていただきます」

 「ちょっ、エッチ! それはたぶん、違う意味――」

 と、止めた時にはもう遅かった。

 「ンふっ、んん……♡ ちゅっ、チュッ♡ ぺろぺろぺろ、ペロぉんっ♡」

 エッチは、モエカさんのほっぺたに思いっきりくちびるを押し付けている。真っ赤な舌が、チロチロっと覗いた。口でなく頬にしたのが、せめてもの情けか……。

 「んっひゃああああああぁぁぁぁぁっ!?」

 と、びっくりして飛びのくモエカさん。

 「エッチです。どうされたのですか? 私の接吻、お気に召しませんでしたか」

 「エッチ、今のは……キスはしたくないって意味だと思いますよ?」

 「そっそうなのですか!? 申し訳ありません、モエカさん……あら?」

 エッチは、モエカさんの肩を揺さぶる。が、何の反応もない。

 どうやら、気絶しているらしかった。

 「……こりゃ、モエカさん俺よりキス耐性ないんだな。いかにも、そういう感じだけど」

 「エッチです。呼吸、脈拍ともに正常です。マウス・トゥー・マウスの必要はございませんね」

 エッチは、ちょっと残念そうに言った。キスする機会はぜったいに逃さないな、この異星人は……!

 

 「……つまり、モエカさんはその人に告白したいけど、自信がないってことか」

 モエカさんは、程なく目を覚ました。エッチにとつぜんチューされた記憶は、都合よく忘れていたらしい。もっとも、悩みまで忘れるというわけにはいかなかったようだ。

 「こっ……ここここ告白なんてっ! そんなこと、ウチができるわけないんですっ!」

 「……じゃ、告白したくないの?」

 「……! そ、それは」

 モエカさんは、下を向いてしまった。もごもごと口を動かしているが、特に何を言ってるのか分からない。こりゃ、すごい奥手だ。

 「……したくないわけじゃ、ないですけど」

 「そっかぁ……。さっき自分で言ってたけど、自分が地味なのがイヤなんだよね」

 モエカさんは、こくっとうなずいた。まったく俺と目を合わせてくれないのが、ちょっとつらかった。

 「じゃ、モエカさん。良かったらすこしイメチェンとかしてみないか? ほら、見た目とかが変わって自信がついたら、告白だってできるかもしれないだろ?」

 とたんに、モエカさんはぱっと顔を跳ね上げる。俺と目が合ったら、すぐまたもとに戻してしまったけど。

 「い、いめちぇんんんっ!?」

 驚く彼女に、俺はニヤリと笑って見せた。 

 

 ほどなく、俺とエッチとモエカさんは、三人連れ立って体育倉庫裏までやってきた。

 「ここなら、たぶん誰にも見られないんで。恥ずかしくないよ。まぁ、俺に見られるのもイヤだったら、しょうがないけど」

 「ととととととんでもないですっ! いや、えっと、恥ずかしいんは恥ずかしいけど……。ウチなんかのために、ありがとうございますぅっ!」

 モエカさんは土下座せんばかりに頭を下げた。う~ん……なんだろう、この堅苦しさは。

 「あの、モエカさん……。同級生なんだし、別に敬語使わなくていいから」

 「そ、そんなっ……ウチみたいなメガネ地味女が、俺君みたいなプレイボーイさんにタメ口なんて……そんなのダメですっ!」

 「プッ、プレ……!? そんなイヤな呼び名はやめてくれないか!? ぜんぜんうれしくないぞ。なんでそんな風に……っ」

 「は、はぁ……すんません? エッチさんと、ところ構わずキスしてるから、みんなそんな風に呼んでるのを聞いて」

 やっぱりか。

 エッチをチラッと見ると、悪びれるどころか、むしろ満足げに鼻から息をしていた。俺と目が合うと、頬を赤らめ、くちびるをちょっと突き出し指先でなでている。ピンク色の瞳は若干うるんで、さらには、内股をもじもじとこすり合わせていた。どうやら、「キスしてください♡」というサインらしい。

 ダメだこのキス魔、早くなんとかしないと……。

 「ぷ、プレイボーイは……確かに、イヤやもんな。ごめんなさい」

 「いや、分かってくれたならいいんだ」

 「じゃあ、これからは『師匠』って呼ぶな! よろしくお願いしますっ」

 モエカさんは、また頭を下げた。

 「な、なんでそうなるんだっ!?」

 「それで師匠。『イメチェン』って、具体的にどうやるん? ウチ、そういうのぜんぜん疎くって……」

 モエカは首をひねる。もっさりした髪の毛が、いかにも重そうだ。

 「うーん、俺も別に女性のファッションなんか詳しくはないけど、昨晩ちょっと調べたんだよね。まずは、そのうざったい髪からなんとかしようか」

 「う、うざった――!?」

 モエカさんは、ショックを受けたように目をむいた。

 「な、長い髪のほうがいいんやないん……? 平安時代の貴族って、みんな髪長いやん!」

 「基準が古すぎるよ……」

 モエカさんのファッションセンスが化石並みだと、よく分かる一言だった。

 「もちろん、長いのは魅力的だろうけどさ。でもネットに書いてあったぜ。なんの手入れもなしに長くしても、ボサボサ髪になるだけで落ち武者とかホームレスみたいだってな。ていうか、はっきり言うけどさ。鏡見たことある? 片目隠れちゃってるし、毛先のほうもなんだか揃ってないよ。せめて、切るかまとめるかは、したほうがいいんじゃないかな」

 「?!? そ、そんなぁ……うううぅぅっ、ウチは、ウチは……やっぱり女らしさゼロの芋女なんやぁ……っ!」

 モエカさんは、体育倉庫の壁に手をついてうなだれた。

 「エッチです。彼女は、心理的ダメージを受けていますね」

 「見りゃ分かりますって……」

 俺はため息をついた。

 「い、言い過ぎたかな? でも、とにかくさ。この場で切るとかはムリだし、髪まとめようぜ。ほら、ゴムひもとか持ってる?」

 「……も、持ってません」 

 モエカは、目を泳がせた。

 「はぁっ……」

 俺は、またため息をつく。

 「あああああ! 師匠、見捨てないでっ、見捨てないでぇぇぇぇぇぇっ!」

 するとモエカは、俺の腕にしがみついた。

 「う!?」

 「ぷにゅンっ……♡」という、想定外のやわらかい感触が、俺の腕に走る。よく見たら、モエカの胸が俺に当たってゆがんでいた。セーラー服の上に、クッソダサいだぶだぶのカーディガンを着ていたので、そんな胸があるって分からなかったんだけど……。

 「も、モエカ」

 「何やぁ、ししょぉ~~~っ!?」

 「……む、胸当たってるんだけど」

 「え……! ひっ……ひゃああああぁぁぁぁっっ!?」

 がばっ! と自分の胸を抱き、モエカはしゃがみこんだ。

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