第10話

「それで、何でこいつがここに居る訳?」

「いやぁ、えぇと、何と言いますか――――」

 用事を終え店の外に出た龍人たち御一行は、街の散策を再開させていた。

「俺が声掛けたんだよ。案内役は多くて悪いことないだろう?」

 ルークとグロウも交えての再開となった事に、どうやらフィニアは不満なようである。思い人を前に緊張しているのか、店を出た後からのルークの言動がどうもぎこちない。フィニアの不機嫌にはそれも含まれているようで、どうも二人の間柄は芳しくないようだった。

「そ、そうですそうです。龍人さんに頼まれて仕方なく――――べ、別に他の意図があってとかじゃないんですよ~」

 一応ルークを誘った側であるので、龍人は、何とかイメージ向上をしようと尚更空回りするルークに助け舟を出す。

「ルーク、俺らは街の散策とは言ったものの、具体案は特に無いんだよ。なんかおすすめの店なんてのあったりしないか?」

「え、ええと、この辺りだと、………そうだ、あそこの武具店なんかどうでしょうか? 世界中の上質の武器が揃いに揃っているいい店ですよ!」

 ルークは少し遠くの、白レンガで作られた建物のブロックに見える、二本の槌を交差させた紋章を掲げた店を指さす。

 ガラスのショーケースに飾られた武器は、剣からチャクリムまで多種多様で、中には苦無のような特殊な武器まで揃えられている。美しい装飾の施された長い杖は、魔法使い用の物だろうか。

 三叉槍の鋭い先を見て龍人は頬をひくつかせると、得意げなルークへ耳打ちする。

「おい、お前折角こっちがお膳立てしてやろうと助け舟出したのに、十秒で沈没させてるんじゃねぇよ! お前は女と行く場所に、よりによって武器屋を選ぶのか、え?」

 ルークはそれを聞くとしまったという風に表情を一変させる。

「すいません! 会話だけで頭がいっぱいで条件反射的に答えてました………」

「ったくよ、こんなんじゃいつまで経っても、心の距離が縮まらないぞ? お嬢だって呆れてるに違いn――――」

「――――いや、よく見てみろ。どうやら向こうの二人には、結構好感触のようだが」


「「うそでしょ」」


 二人がグロウの冷静な声に、武具店へ目を向けると――――そこにはショーケースに張り付くようにして杖を見定めるフィニアの姿があった。

「………、まぁ奴が普通じゃなくて良かったな」

「そ、そうですね」

「貴族とは元より戦闘の技術に長けた者であるからな。良質な武器を見ると血が騒ぐのだろう――――何ともオカシな奴らよ」

 グロウは抑揚のない声音に呆れを差す。どう考えても主への畏敬の念が感じられないセリフだが、この世界の貴族とは所詮そんなものなのだろう。

「ルビーを主魔装に使用することで、赤を確保しつつ見た目にも気を使っているのか。しかも、柄に彫られた流動的な溝で魔力の流れを効率化してるときた――――これは買うべきかもしれない………」

 何やらブツブツ呟きながら杖を物色するフィニア。道行く人が完全に怪しい人を見る目で通り過ぎるのも気にせず、自分の世界に入り込んでいる。

「んで、どする? お嬢あのまま離れそうにないぜ? 入っちまうか」

「うむ。相手によっては最低の悪手だろうが、この場合はOKだろう」

「そういうことならば、入りましょうか………」

 涎が出そうな表情で一本の杖に匂引かされるフィニアと、他人の意見に流されるままでどうしようもないルークを前に、龍人は先行きに不安しか感じなかった。



「いらっしゃいませ、ってあら、ルーク君にフィニアちゃんじゃない! 今日はどんなご用事?」

 龍人が何とかフィニアを杖から引き離し〝ステフの武具店〟へ入ると、元気の良い声が店内に響いた(どうやってフィニアを引きはがしたかについては割愛)。

 暫し待つと、店の奥から一人の女性が現れる。彼女は煤で汚れた作業服を身に着け、同じく所々汚れた右手で鉄槌を持っていた。短い髪の毛と、血色の良い肌が活動的な雰囲気を出している。

「ステファニーさんお久しぶりです。この前頂いた水龍のアンクレットの使い心地は最高ですよ。」

「それは良かった! ルーク君のためと材料を厳選した甲斐があったようね」

 ルークとステファニーが話している間に龍人は店内の観察をする。

 丁寧に整理された数多の武器は〝フィルヴィ衣裳店〟とは大違いの落ち着きを見せている。ウェポンスタンドに飾られた武器はどれもが光り輝いており、日頃から丁寧に扱われているのが分かる。対照的な店の様子に〝フィルヴィ衣裳店〟がどれ程散らかっていたのかが思いやられた。

 龍人は、飾られた武器の中から、一双の双剣を手に取ると、

「男としてこうやって剣とかを見てると、フィニアじゃないが心に来るものがあるな。俺も何か買いたいんだが、これって経費で落ちるのか?」

 すると、フィニアと格闘していたステファニーが、不思議そうな顔をして問いかける。

「えぇと、――――お客さん?」

「ああ、すまん。俺の名前は神崎龍人だ」

「それなら、………神崎さん。あなた既に立派な刀を持ってますし、わざわざ私の店で新品を買う必要は無いんじゃないですか?」

 ステファニーは龍人が腰に差している魂喰蛇ソウルイーターを鉄槌で指す。

 元の世界では、こんな光り物を持っていれば警察へ即行だった。それに対し〝夢幻世界〟では、執事もそのように多くの人が武器を持ち歩いている。それはこの世界に馬鹿をやらかす犯罪者が居ないからという訳ではなく、魔法という何処へでも持ち運び可能な便利攻撃手段があるために、武器を取り締まったところでどうにもならないからだろう。

 龍人はそれに甘んじて魂喰蛇ソウルイーターを、今も普通に持ち歩いていた。さすがに昨日の様な直持ちでは疲れるため、簡易的なホルダーだけは用意してもらっていたが。

「私の目利きの限りかなりの業物のようですが――――悔しいけど私の作るものより………」

「こいつはちょっと訳ありでな………それに完全に使いこなすのも出来ないし、別のやつが欲しかったんだよ」

「そういう事ですか。つまり刀は駄目と――――」

「いや、刀もこんな長い奴じゃ無けりゃ使えるさ。ってかこれを普通に使いこなせる方がオカシイ」

 現在、魂喰蛇ソウルイーターはあまりに長すぎるため、半ば引きずるような形で持ち運んでいる。こんな状態では、刀を振るにも腕の長さが足りなくて、抜刀すらままならない。キルアの背丈は確かに高かったが、それでも圧倒的に長さが足りないと思われる当たり、何かコツの様なものがあるのだろう。

「そうですか………因みに使いこなせる武器の種類は何でしょう?」

「一応師匠にあらかたの武器の使い方は習ったんだが、俺の戦い方は基本的にその場その場で臨機応変に対応してくやり方だからな――――、となると汎用性の高くて、あんま癖の無い奴がいいんだが………」

 そこでふと、龍人は何かに気付いたかのように周りを見回す。

 やがてその視線は店内を一周すると、ステファニーの位置で止まる。

「なぁ、もしかしてだけど、この店で売られてる武器って、全部お前が作ってるのか?」

「そうです! でも、結構私の店の事は有名だと思うんだけど、もしかして遠くから来たのかな?」

「遠くも遠く世界の果てからだよ。お陰でかなり世情に疎いんだが、気にしないでくれ。にしても、やっぱりそうだったか」

 龍人は感心したように頷いた。

 良い芸術品には、作者の心が映ると言われる。これはあながち間違ってはいなくて、本当に素晴らしい作品を作るアーティストは、その者しか持ち合わせない個性が存在するため、出来上がった作品にもそれが滲み出てくるのだ。それは武器もまた然りである。

 改めてこの店の武器をしっかりと観照してみると、個々の形や性質は違えど、その全てに通ずる〝オーラ〟があるのが分かる。

「ステファニーさんの武器はその機能性は勿論、その強かな美しさから芸術品としての価値も高く見られているんですよ。僕はこれまで色んな武器を見てきましたが、現在で彼女程の腕を持つ鍛冶屋は、指で数えるほどしか居ないと思います」

 ルークは、過大とも思える言葉で、ステファニーへ賞賛の言葉を贈る。

 褒められたステファニーは、気恥ずかしそうに頬を染めながらも胸を張って、

「私は生まれつきで〝ヘパイストスの御手〟を所持してましたから、これくらい造作も無いです。寧ろ誉めるべきは、この力を私に与えて下さった鍛冶神の方でしょう」

「〝ヘパイストスの御手〟?」

 龍人は刀剣を物色する手を止めて興味深そうに聞き返す。

「そうです。ええと、魔術の四大元素の話は分かりますね?」

「――――おうよ、世界を構成する基盤となる要素である〝火〟〝気〟〝水〟〝土〟、この四つの事だろ?」

 魔術を語る上で外せないのがこの四大元素である。

 世界の謎を紐解こうとした古代の思想家たちは、世界は全てこの四つの要素により成り立っていると説いた。その考えは原子の存在が確認されるまでの数百年、ずっと信じられてきた。そのために昔の魔術師たちは、魔術を行うにあたってそれらを把握し、使役することで、神秘を意のままに操ることができると考えていたのだ。

 しかし、その思想は科学の発展と共に否定されるようになる。現代において世界が多くの種類の原子の組み合わせによって構成されているという事は、誰もが知っている事実である――――少なくとも龍人の世界では。

「基本的に人間はこの四大元素の内から、一つの属性を持って生まれて、その属性を魔術として使役します。――――でも時々、四元素以外の特殊な恩恵を宿して生まれてくる人間がいます。それが私の場合、武器作成――――というより、鍛冶を使った物作りに特化した特恵、〝ヘパイストスの御手〟なんです」

「へぇ、その特恵ってやっぱり珍しいものなのか?」

「珍しいなんてものじゃないですよ! 特恵を与っている人間は、全人類の一パーセント程度とも言われてますからね。王都には、特恵を持った人で組織された、戦闘のエキスパート集団があるっていう噂も聞きます」

 ルークは熱の込めた瞳で、ステファニーへ憧憬の視線を向ける。

 どうやら〝夢幻世界〟で、特恵を与った人間というのはかなり特別視されるらしい。まだこの世界に来て間もない龍人にはその価値が良く分からないが、貴族であるルークがこれほどまでに尊敬しているというならば、本当に凄いのだろう。

「特恵というのは、ただ特殊な属性というだけではなくて、その力の質がトンデモなのだよ。権力者たちが挙って引っ張りだこにするくらいにはな。――――その力は時には世界の法則を捻じ曲げてしまうものもあるのさ」

 グロウは変わらず、ぶっきらぼうに補足する。――――一瞬感情の映さない凪いだ瞳に、小波さざなみが立ったように思えたが、それもすぐに消える。

 ――――と、その時、いつの間にか一同から離れて杖を物色しに行っていたフィニアが戻って来た。手には外のショーケースに飾られていた物と同じ杖が握られ、とてもご満悦のようである。

「龍人、アンタの買い物はもう終わった? 終わってないなら早くしなよ」

「そういえば買い物の途中だったけな。ステフ、お前のおすすめはあるか?」

「ス、ステフですか――――、えぇと、私の作る武器は、それぞれの持つ属性によって、扱える力が大きく変わってしまうので、神崎さんの属性を教えてくれますか?」

 龍人は思わず口籠る。龍人が〝夢幻世界〟へ来たのは昨日の事だ。つい先ほどまでこの世界の事を殆ど何も知らなかった彼が、自分が持つ属性など知る由も無い。

 異世界から来たという事を隠す必要があるのかと聞かれれば、必ずしも是と言える訳では無い。ただ、龍人は今の状況をこれ以上面倒なものにしたく無かったので、表だって自分が異世界人であることを公表したくはなかった。

 困り果てた龍人は、助けを求めるように、フィニアの顔を見る。すると、フィニアは一つ溜息をついて、


「あぁ――、コイツ実は記憶喪失にあってて、昔の事思い出せないらしいんだよね」

「「そうなんですか!?」」


 その衝撃の嘘に、事情を知らないルークとステファニーはひどく驚く。同時にフィニアに助けを求めた龍人も驚く。

 もう少しいい嘘は付けないのかと、龍人はフィニアを殴りたくなったが、こうなってしまっては仕方が無いと、拳を解く。どちらにせよ此方の世界の事は何も知らないのだから、記憶喪失と大差ないだろうとも思った。

「すまんな。質問ばっかだが、いろいろ教えてくれると助かる」

「もちろんですよ! 僕に協力できる事があれば、何でも言ってくださいね」

「右に同じです!」

 二人の心配交じりの優しい口調に、龍人は何だか申し訳なくなる。しかし、自分から乗っかった船なので、右手をヒラヒラと振り、演技を貫く。

「それはありがたい。という訳で先続けてくれ」

「えぇっと何処まで話してたっけ、――――ああ、神崎さんの属性の話でしたね。少し待ってて下さい。属性鑑定器を持って来ます」

 ステファニーはそう言うと、奥の鍛冶場らしき部屋へと歩いて行った。

 龍人は彼女が返ってくる間に、フィニアとアイコンタクトを取る。

(グッジョブ)

(どんなもんよ!)

 短い文だが、顔の動きから察するに、どうやらちゃんと伝わっているらしい。これも隷属術式の力だろうか。

(でも調子乗んなよ)

(了解)

 フィニアを軽く諫めると、鍛冶場からステファニーが、戻って来た。手には何やら水晶玉らしき物体を手にしている。

「さて、それじゃあ早速始めましょう。使い方は簡単で、この水晶玉に手を触れると、中に入っている煙の色が変わるので、それで属性を判別します」

 店内の丸机に置かれた水晶玉は、よく見れば確かに、中に白い煙のようなものが入っているのが見えた。どうやらこの煙が属性の指標となるらしい。

「ちなみに僕は〝水〟属性だから、色は青になります」

 ルークが、水晶玉に手を触れると、白かった煙は、忽ち清流の様な美しい青へと変化する。それだけではなく、青の煙は中心に集まって一つの生物を象った。

「これは――――ユニコーンか?」

 龍人は小さな水晶玉内を駆け回るそれを指さして問いかける。その動きは、本当に生きているのではないかと錯覚させる程若々しく、靡く鬣が広がる様は見ていて全く飽きない。

「はい。この鑑定器では、その人が持つ属性の数に応じた生物が見られます。例えば私の場合だと――――」

 ルークに代わりステファニーが手を翳すと、煙は青から茶色と鈍色の二色に変わる。そして、ユニコーンの形は跡形もなく消え、代わりに鷲の翼と獅子の体を持つ生物が現れた。

「私の基本属性は〝土〟で色は茶色。そして特恵、――――〝ヘパイストスの御手〟の鈍色の二つ。そして、二種複合属性なので煙はグリフォンになります」

「つまり、煙の色で属性の名前、作る形で属性の数が分かる訳か」

 龍人は今にも飛び出してきそうなグリフォンを前に、感心の息を吐く。

 ――――そういえば、今日の朝、外の様子を見た時に、何やら巨大な未確認生物が空を飛んでいたのを思い出す。まだ〝夢幻世界〟に来て間もないため、そういう動物と間近で接する機会は無かったが、これからはこんな摩訶不思議な生物とも触れ合えるかもしれない。そう思うと、龍人の心は少し踊るのだった(襲われなければの話だが)。

 龍人が水晶玉を観察していると、フィニアがビシィと指差して、

「それじゃここで問題! 私の属性は何でs――――」

「あぁ? 〝火〟の単体属性だろ?」

 龍人はフィニアが質問を言い終わる前に即答する。光速よりも早いQ&Aにフィニアの口が『し』の形を保って固まる。街角に飾ったら一風変わった銅像として待ち合わせ場所にでもなって周りで店が栄えそうなくらい、見事に固まっている。

 そんなフィニアの様子を見かねて、

「お前が欲しがってた杖を見て分かったんだよ。そいつに使われている色は赤が主体だ。四大元素で言えば赤は〝火〟だろ? そんな杖を欲しがる奴が、火属性じゃない訳がない」

「…………」

「単体の属性だと思ったのは――――、まぁ色々あるが、お前だったら自慢の一つでもしてくるんじゃないかと思ったからだよ」

「…………………」

「ご理解頂けました?」

「……………――ふん。せっかく盛り上げようとしたのに面白くない奴」

 フィニアは龍人の説明を受けて、解凍されると機嫌が悪そうに唇を尖らす。すごすごと下がると、後ろで控えていた執事と何やら話し始めた。

 龍人は苦笑いをすると、水晶玉に向き直る。

「それじゃ、俺の鑑定もやらせてもらうぜ」

「どうぞどうぞ。どうなるんでしょうね………」

 一同の注目が龍人の手元へと集まる。

 龍人は深呼吸を一つすると、両手をやおらに広げ、ゆっくり近づけていく。

 そして、遂に水晶の冷たい感触を感じた刹那――――


 煙の色が消えた。


「――――はっ!?」

 誰からともなく声が上がる。

「こ、これはどういう事でしょう?」

 水晶玉の下へ駆けよるステファニーに押し切られるような形で龍人は下がる。ステファニーは驚愕に瞳を見開き、忽然と煙だけが消えた水晶玉を見る。

「故障――――じゃないよな………」

「ええ。この魔道具は、属性に反応して姿形を変化させる特別な物質を、魔力伝導の良い水晶で包んだものです。人間による後付けの魔法が殆ど無く、極々自然に近い物質なので故障のしようがありません。しかし、これはどういう事でしょうね………」

 ルークも真剣な顔で水晶玉を覗き込む。龍人も水晶玉を見てみるが、そこには他の人の顔が映るのみで、魔術的な事は何も見えてこない。

 ただならない空気を発する二人の傍に居た堪れなくなった龍人は、フィニアの下へ行くことにする。

「何かまずい事でもあったのか?」

「まずいというか、何というか――――かなり面白いことになってるみたい」

 フィニアは首を少し傾げて答える。

「いい? さっきステファニーさんが言ってたけど、人間というのは特恵の有無にかかわらず、ほぼ必ず四大元素の内の一つを持って生まれるの。それがアンタの場合は、恐らく特恵であろう透明色以外に四大元素の色が見えない。これはレアケース中のレアケースよ」

 フィニアはいつになく真剣な顔をする。どうやらこれはそこそこに由々しき事態らしい。  

 だがその重さが理解できない龍人は、中心人物でありながらも、一人蚊帳の外に居る気がしてたまらない。

「あー、何だ、それは俺が異世界出身だからとかじゃ無いのか? 俺は魔法使えないし、属性自体存在してないとか」

「魔法が使えないのは修行して居ないからでしょう。そもそも判定器が反応している時点で何らかの属性は持っているはずです。それなのに四元素が一つも検出されないとは、それこそ過去に一人居たか居ないかではないでしょうか」

 龍人はフィニアと執事の説明にあやかり、少しずつ理解が追いついて来た。

 つまり龍人には、普通の人ならば必ず持っているはずの――――持っていないはずの無い属性が存在していないのだ。それに加え、現れた特恵を示す色も透明で、もはや属性の指標が無いのと同義である。それが足のある幽霊の様に奇怪である事は、異世界人の目にも明らかであった。

「水晶玉にはやはり異常は見られませんね………、だとすると触り方の問題でしょうか。すいませんが、もう一回水晶玉に触れてくれませんか?」

 ステファニーとルークの二人が首を傾げながら、水晶玉の検査を終える。

「分かった」

 龍人は短く答えると、再度手を水晶玉の方へ近づける。ルークの言葉に、さっきよりも優しく手で包む。

「――――――――。」

 しかし、特に目立ったような変化は見られない。

 皆が匙を投げたように黙り込む。もはやステファニーも打つ手なしといった様子だった。

「やっぱりこれじゃダメのようです。もう少しランクの高い鑑定機なら何か分かるかもしれないですけど――――」

「おい。反応あったようだぞ」

 一人水晶玉を見続けていたグロウの声に、考え込んでいた彼らは顔を上げる。

 水晶玉を覗き込んでみると、確かに、いつの間にか細い糸の様な銀白色の煙が中に現れている。細い細いそれは、やがて一つの形を作っていく。

「これは――――、グリフォンですね」

 ルークは骨格標本のようなグリフォンの姿を難しそうに見つめる。

 そう、煙の量が圧倒的に少ないため分かりづらいが、水晶玉の中を雄々しく駆けるそれは紛れも無くグリフォンだった。

「つまり、神崎さんは特恵のみの二種複合属性という事になりますね……、でもそれはそれで訳が分かりませんよ。謎が解決しないでどんどん増えていってますね………」

 鑑定機によれば龍人には少なくとも二つの属性があるらしい。だが、今見える煙の色は銀白色の一つで、もう一つの色が透明で分からない。

 ステファニーとルークによって鑑定機に故障が無い事は証明されているため、問題は恐らくその龍人自体にあると思われるのだが――――、ふと龍人は視線を感じて目をそちらへ向ける。

 そこではグロウが、無表情の口の端に奇妙な笑みを浮かべて、龍人をじっと見つめていた。

「鑑定機に故障が無いとするならば、お前の特恵が前例にない、相当にイレギュラーな物だということだろう。黒猿――――お前何者だ?」

 グロウは、眩暈のするほど無機質な瞳で、龍人を見続ける。その真っ黒な珠は、見ていると、催眠術のように引き込まれそうになる。だが、龍人は何事も無くその瞳を見返し、あっけらかんと、

「言っただろ。俺は記憶が無いんだ。そんなこと聞かれても答えようが無いさ」

 フィニアが勢いで作った設定だが、これはなかなかに使い勝手がいい。これからも異世界の知識で何か困ったことがあれば、全てこれで済ませられだろう。

 グロウはなおも疑わし気な目つきをしていたが、ルークが悪い雰囲気を断つように『ポン』と一つ手を打ってこの場を正す。

「このままここに居てもあまり状況は変わらないように思えます。ここはひとつ〝プリテンススター図書館〟へ行って、特恵の鑑定色について調べに行きませんか?」

 ルークは意見の賛否を確認するために、ぐるっと周りを見渡す。どうやら誰からも異論は挙がらないようだ。

「それじゃあ早速出発しましょう。善は急げと言いますしね――――それに龍人さんの事も早く解決しないといけませんから」

 ルークは周りを確認して頷くと、わざと明るい声で言う。それは明らかに、グロウに対しての注意と、龍人への気遣いが籠っていた。それを理解してか、心なしにグロウが不満げな表情をしている気がする。

「私は店を開けられないので、そっちは手伝えませんけど、私の方でも手伝えることがあったら何でも言って下さい」

「心遣い感謝だステフ。んで、その〝プリテンススター図書館〟とやらは何処にあるんだ?」

「この店よりも奥の方に行った、街の中心部の方にあったはず。説明するより実際に行った方が分かりやすいと思うよ」

 フィニアは立ち上がると、右手に抱えた杖をステファニーに渡す。

「それじゃ、この素晴らしい杖を買ったら行きましょう」

「ちゃんと覚えてたんだな、それ」

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幽玄に臨める夢幻 彗星の如く現れた吟遊詩人 @zebra_1224

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