第21話 英雄武装


ユイの短剣がコボルトの頭を潰していくにつれて、彼女の息は荒く、そして激しくなっていった。

それも、剣斗が担っていた分のコボルトも相手にしていたのだから当たり前だ。


「ちょこまかと!」


飛び跳ねるコボルトを潰していくにつれて、彼女の短剣も磨耗していき、一撃では倒しきれなくなっていった。

それでも、コボルト達の数は段々と減っていき、ユイの余裕もできて来た。

その頃だ。

コボルト達が道を開けるように脇へと散っていく。王国騎士団のように規則正しいわけではないが、その行動には一定の法則性があるように見えた。

そして何よりも、ユイの感じている威圧感が、先ほどよりも圧倒的に増幅していた。


「まさか……!」


恐怖を感じたときには遅かった。


正面からの殺気に、短剣を盾代わりにして受けると、大木にでも叩かれたかのような衝撃を受けてしまう。

このままでは短剣だけではなく身体もへし折れると直感したユイは、身体を浮かせて後ろへの後退した。


ネジ切れるような衝撃に耐えながら着地した。

ズキズキと痛む利き腕を抑えながら、視線を衝撃の先に向けると、そこにいたのは、これまで戦っていたコボルトよりも一回り、いやふた回りは巨大な体躯を持ったコボルトの王。


「コボルト……ロード……!」


豚のように潰れた鼻と、獅子よりも凶暴な牙が口元より覗くそのケダモノは、筋肉隆々とした両腕にハルバードを構えて唸っている。

地面を揺らしながら駆けてくるそれは、他のコボルトを踏み潰しながらハルバードを振るってきた。

風圧がユイの身体を浮かし、巨大な刃を短剣で防げば、短剣は半ばから砕け散った。

直撃を受ける前に後ろに飛んだことで衝撃は最小限に抑えたが、背骨には激痛が生まれ、受け止めた腕は痺れて拳を握れない。

一つ息を吐き、右腕につけた指輪を睨みつける。

もう日が暮れてしまう。

そうなれば、彼女に勝ち目はなくなる。

ならば、もう迷っている暇はない。


「ネロ、仕事の時間よ」


乱暴な口調で言うと、指輪に小さな炎が灯った。熱くはない。ただ、そこからは有り得ないはずの命をユイは感じた。


『なんだい? 我が仮の主よ』


指輪から声が聞こえてくる。少年のような、はたまた少女のような、綺麗なソプラノの声だった。


『おやおや、核獣じゃないか。どうした? また私に手を貸してほしいのかい?』

「ええ。もう日が暮れる。それまでにカタをつけたいのよ」


指輪のついた拳を握ったユイは、一つ息を吸って高らかに吠えた。


「あなたの紅蓮を、私に寄越しなさい!」


その声に反応して、何かがニヤリと笑った気がした。

炎がユイの腕へと纏わりつき、巨大な爪を宿した甲冑へと変わっていった。


『日暮れまで、そう時間はないぞ』

「ええ、だから一気に終わらせる!」



**********


英雄武装。


この世界ではないどこかの英雄たちの名を冠した、99の魔法と科学が融合した戦争兵器である。


それを装備したものは、たった一人で国一つを相手にすることができるとも言われ、各種族が血眼になって探している都市伝説級の兵器。


いま、この災厄現象の最中で、ユイはそれを身につけている。


右腕でロードの振るってきたハルバードを掴み押さえつける。この程度では、今の彼女にはビクともしない。


「爆ぜろ!」


その雄叫びとともに、武装から赤黒い波動が撃ち放たれた。ハルバードが砕け散った破片が宙に舞っているのを機に留めることもなく、ユイの拳がコボルトロードを殴り飛ばし、返す健脚が豚面を蹴り飛ばした。


よろめくコボルトロードの背後へと周り、武装された拳を背へと叩き込む。

骨と内臓がグチャグチャになる音が耳に入り、生物として重要な器官が砕けていく感触が拳へと伝わってくる。

だが、そんなものに気を取られている場合ではない。


「ハァッ!」


続けたもう片方に握っていた折れた短剣でその背を割いていく。

生臭い血が飛び散り、ユイの頬を染めていった。流石のコボルトロードも苛立ちを覚えたのか、もう片方の手にあった大剣をユイへと振るってきた。


遅い。


人外へと身体を強化している今のユイには、あまりにも遅い攻撃だ。

宙へと舞いながらその大剣を避け、武装が再び赤い波動を纏い始めた。


「これで、終わりよ」


大剣を握っていた腕を掴み、波動を叩き込んだ。コボルトロードの腕が膨らみ、 それが体へと向かっていく。

もうコボルトロードに勝ち目はない。

波動が打ち込まれた時点で、破壊の侵食は始まっているのだから。


「じゃあね、なんとかさん」


絶叫を上げるコボルトロードに一瞥をくれたユイは、疲弊した身体を引きずって街へと戻っていく。


はずだった。

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魔剣と魔拳の黒龍士 コクリア @diaburo

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