第6話 濡れ衣


その日は、いつもとは少し違う朝だった。

この世界に来てからの1週間は、朝が来ればジヴァが呼びに来て、朝食の時間まで剣術の稽古を受ける。それが普通になりつつあった。

しかし、その日は剣斗を呼びに誰も来なかった。静かで、それでいてどこかざわついている、不思議な朝。

確認しようと思っても、ここから1人で出ることは禁じられているので不可能だ。


「どうしたんだろう…………」


仕方がないのでジヴァに渡された訓練用の道着を来てから素振りを始める。

その方法は、普通とは違い身体全体に力を込めることによって、より身体に負荷をかけるものだ。

これによって、貧弱だった身体を何とか鍛錬に耐えられるまでにはしてくれた。


そして、素振りが千回を超え、休憩しようとした時、部屋の扉が勢いよく開かれ、武装をした兵士達が雪崩れ込んできた。


「え、ちょっ、なんだあんたら」

「黙れ邪龍の使徒め‼︎殺人の容疑で貴様を拘束する‼︎」

「使徒、殺人⁉︎いったい何なんだよ‼︎」


訳もわからず、剣斗は王の間へと連れていかれ、地面に押さえつけられた。

両腕を後ろで捻りあげられ、それの痛みに苦悶の声を上げる。


「来たか竜崎……いや、邪龍の使徒‼︎」


まるで犯人に告げるかのような声が聞こえると、見えない力に引っ張り上げられ、顔を上げさせられた。

ギリギリと首を締め付ける力が剣斗の呼吸を辛くさせる。


「がっ……あぁ……」


霞む視界の端に捉えたのは、掌を自身へと向けている美男子の姿。

その相貌は怒りに染まっており、剣斗を殺そうとしているのが分かった。


「お待ちください勇者様。ここは一度、彼に話を聞かなければ」

「……そうだな」


首を絞めつけていた力が消え、地面に叩きつけられた剣斗は大きく息を吸いながら、美男子を睨みつけた。


「なんのつもりですかね……天城さま」


まるでゲームに登場するような鎧に身を包んだ美男子は、光龍の勇者である光牙だった。


「なんのつもり?そんなのお前が一番よく分かってるだろう」

「分からないから聞いたんですがね」

「白々しいな。さすがは邪龍の使徒か」


話が噛み合わない。おそらく光牙と剣斗の前提条件が間違っているのだろう。


「邪龍の使徒、竜崎剣斗。貴方にはどうして拘束されたのか身に覚えがない。そう言いたいのですね?」


イザベルが横から割って入り、後ろ手に拘束された剣斗を解放した。だが、自由の身にさせる気は無さそうだ。


「無いね。そもそも、いままで部屋に隔離されて、どこか行くときもジヴァさんの監視があったんだ。何か出来るわけないだろ」


当たり前のことを言った剣斗に対して、光牙の視線が一層強くなったのを感じた。

一瞬、また先ほどの不可視の攻撃が飛んでくるのかと思い身構えたが、イザベルが話を続けたのでそちらに注意を向けた。


「そうですか……では、これを見ても何も知らないと?」


そう言いながら、イザベルは何かの陣を描くように指を動かした。

すると、剣斗の前にモニターのようなものが出現し、映像が映し出された。


「これって……いったい何を………⁉︎」


映されていたものに剣斗は目を見開いた。


「どうですか?身に覚えがあるでしょう」

「ふざけるなよ、こんな、こんなのがあってたまるかよ‼︎」


珍しく激情を顕にした剣斗は、噛みつくようにイザベルへと怒鳴り散らしたが、控えていた騎士に組み敷かれた。

そのモニターに映されていたのは、血みどろの光景だった。

首筋に深い傷を負った鎧姿の女性は、明らかに生きているとは思えない。

しかも、その女性には見覚えがあった。


「なんで、ジヴァさんがこんな‼︎」


映されていたのは、ジヴァの死体。

無惨に命を奪われた、この世界で唯一の剣斗が信頼している人間だった。

その人の突然の死が、彼を揺り動かさない訳がない。


「演技もここまでくると見事ですね。天城さま、もう結構ですよ」

「ああ、こんな人殺しがなんで勇者なんかに…………」


自分を無視して話を進める彼らを見て、剣斗の中で何かが切れた。


「いい加減に………しろよ……‼︎」


左手の刻印が鈍く、しかしながらはっきりと黒く輝いた。


「この、おとなしく」

「離せよ……!」


段々と身体が持ち上がり、押さえつけていた騎士も持ち上げられた。

なにも、剣斗を押さえつけていた力が弱まったわけではない。

剣斗の肉体は、この1週間でかなり鍛え上げられている。だが、それでも屈強な騎士を持ち上げられるほどではない。

ではなぜここまでの力があるのか。

それは、彼が邪龍の使徒という点にあった。


「なるほど。無意識のうちに邪龍の力を発動したようですね」


淡々と状況を説明し始めたのは、いつの間にか光牙の隣にいたぼろ切れを身に纏った不気味な青年、ギースだった。


「な、お前どこから……!」

「そんなことよりも、よろしいのですか?アレを止めなくて」


問い正そうとする光牙よりも早く、ギースが剣斗に指をさした。

そこでは、何人もの騎士が彼に薙ぎ倒されていた。後ろ手を拘束していたはずの鎖はゴミクズへと変わっている。


「この、今すぐ息の根を‼︎」


腰元に下げてあった長剣を引き抜こうとすると、ギースが先に杖を鳴らした。

シャラン、という音が鳴ると同時に、何も無かった空間から鎖が現れ、剣斗を再び拘束した。


「誠悦ながら、殺すのは如何なものかと存じます」


無遠慮なその態度に、光牙は眉をひそめた。


「どういうことだよ。あんな奴、生きてる価値なんて」

「伝承によりますと、勇者様は他の勇者様を殺せません」

「ならば、処刑すれば良いだけです」

「勇者様を普通の方法で殺せるとでもお思いですか


その一言で、光牙は目を見開き、イザベルへとその目を向けた。

イザベルは知らなかったと言うかのように首を横に振った。

焦り始める光牙は、剣斗を指差して喚き始める。


「で、でも、こんな無責任な奴が勇者なわけ」

「決めるのは五聖龍様の意志です。貴方様ではありません」


感情を感じさせない声で言い放ったギースは、倒れ伏している剣斗をチラリと見る。

彼の身体は恐怖に怯えているかのように震えている。

だが、それは間違いだった。


「ククク……ハッハハハハ‼︎」


震えるほど、歓喜の声を上げる剣斗に、周囲は怯えた。

この絶対絶命の状況で、どうして笑えるのか不思議で仕方がなかった。

確かに、命の危機は去ったかもしれないが、だからと言ってここまで笑い声をあげられるものではない。


狂っている。


確かに狂っている。


誰もがそう思い、剣斗自身も自覚していた。自分は狂い始めている。


救うために呼び出された世界で、悪として罵られ、あまつさえ身に覚えのない罪を着せられた。

これで狂わずして、どうしよと言うのだろうか。


「ざまあみやがれ………」


クソッタレな勇者様。

こちらを見下す性悪女。

信用などすることができない魔術師。


ーどいつもこいつもクソ喰らえだ……


「お前、人を殺したことに罪悪感とかないのか‼︎」

「知るかよ勇者様。俺は殺ってねえし、殺る理由もない。証拠すらその性悪女が言ってるだけだろうが」

「あなたが殺したところを目撃した者がいます」


イザベルがこの状況でも剣斗を見下した声音で言い始める。


「昨夜、あなたがジヴァの部屋にあった短剣で彼女の首を横に斬り、殺したと証言しております」

「だったらそいつを連れてこい。本当かどうか確かめてやる」

「犯人の前に証人をお呼びするとでもお思い?」

「そら見ろ、いないから連れてこれないんだろうが」

「もう黙りなさい邪龍の使徒よ。殺してはいけないのならば仕方ありません」


イザベルが剣斗の言葉を無視しながら、指を鳴らした。そうすると、剣斗の這いつくばっている地面が輝き、この世界に来た時と同じような紋が展開された。


「貴方をこれから、裁きの森に転送します。そこでせいぜい悔い改めなさい」


ふざけるな、と叫ぼうとした時、身体が沈むのを感じた。

気持ち悪い感覚に息を詰まらせながら、剣斗は精一杯の声を張り上げた。


「ザマァみやがれクソッタレどもがぁ‼︎‼︎」


負け惜しみにしか聞こえないかもしれない。それでも吠えた。感情を目一杯表に出して、彼らの中に少しでも残るように。


「覚えていろよ、もしも俺がここで死んだら、それはお前たちの責任だ」


悪意を持って、邪龍の使徒と呼ばれるに相応しい態度で終えてやろうと、声を張る。


「この世界が滅亡した時は、、俺じゃない。お前たちの責任だ‼︎」


そして、剣斗は王の間、さらに言えば、王都から叩き出され、これから数日間、地獄を見ることとなる。

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