第5話 予言と鍛錬


『予言は告げる。


災厄が訪れし時、五聖龍の導きにより5人の勇者とその眷属が参上し、救済の力を振るう。


だが、油断することなかれ。


災厄を超えし最悪が、汝らを滅ぼすために現れるだろう。


其の物の名は、邪龍の勇者。』



「つまり、俺がその邪龍の勇者ってわけですか…………」

「ええ。そうなりますわね」


金髪の女性、イザベルが淡々と言う。

儀式の間で謎の衝撃に襲われた剣斗は、目を覚ませば手錠を課せられ、拘束されていた。

その左手の甲には、まるで龍の頭を砕いたかのような黒の紋章が刻まれている。


「ですので、貴方には監視をつけさせていただき、災厄現象が起こるまでこの城からは出ないでいただきます」

「………は?」


いや待てそれはおかしい、と言うかのように、剣斗が立ち上がろうとしたが、足も拘束されていることに気がつき、黙り込んだ。


「ですが、災厄現象が発令した場合は出払っていただきたいのです」

「なっ‼︎」


ふざけるな、と叫びそうになった。

隔離しておいて、そのくせ戦う時になれば戦場に出ろなど自分勝手にもほどがある。

だが、ここで感情的になってしまったら負けだ。


「なにか問題でも?」

「当たり前だ。問題しかない」

「ですが、あなた様には戦うこと以外に対してできることはありませんよ。寝ている間に調べさせていただきました


こちらを、と言って、イザベルは一枚の紙を出してきた。それに記されているのは、日本で使われている漢字に似た文字。

だが、どんなに頑張っても、読み取ることはできなかった。


「やはり、邪龍の勇者様には読めないのですね」

「………どういう意味だ」

「他の勇者様とその眷属の方々は、加護によって様々な恩恵が与えられています」


ですが、と言いながら剣斗に渡した紙を引ったくり、見下すような目をして鼻で笑った。


「貴方の魔術適正は黒。属性魔術は使用できず、身体強化が限界でしょう」

「魔術適正……ねえ」


さっきの紙の内容と、イザベルの言い方を聞く限り、恐らくではあるが色が濃いほど魔術適正とやらは低いようだ。

段階的には六つある。その中で最も適正値が高いのは白。

その次が黄色。次が水色、赤、緑、そして黒だ。

そう言えば、光牙は白いオーラを放っていた気がする。あれがきっとそうなのだろう。


「つまり、貴方は前線に出て盾になる程度しか使い道がないと言うことです」

「分かってないかもしれないが、俺にはあんたらを助ける義理なんてないんだけどな」

「いいえ、貴方は戦わなければいけません。それが召喚された貴方の義務です」


意味がわからなかった。

どんなに考えても、イザベルの言っていることは筋が通らない。

だが、彼女の持つこの余裕は一体なんなのだろう。まるで、こちらの弱みを握っているかのような、そんな余裕だ。

それを保ちながら、イザベルは指を鳴らした。

入ってきたのは、王の間で控えていた金髪の女性だ。


「では、貴方の監視役として私の近衛騎士を付かせますので、どこかへ行かれる際は彼女にお申し付けください」


それでは。


そう言って、彼女は部屋から出て行った。せめてこの拘束具だけでも外してくれればよかったものを、と言いたかったが、それよりも早く出て行ってしまった。


「マジかよ…………」


顔を手で覆い、息を深く吐いた。この世界に来てから何度目かの溜息かはもう忘れた。溜息を吐くと幸せが逃げるのならば、今の剣斗には幸せなどないと思えるくらいには吐いたと思う。


だが、これはもう仕方がない。

待遇は恐らく最悪だけれど、やれる事をやろう。


「よし……!」

「落ち着いたか?」

「え?あ、えっと……すいません、なんか取り乱したみたいで……」


てっきりイザベルと共に出ていったものと思われた近衛騎士の女性が、困ったように微笑みながら話しかけて来た。


「構わないさ。寧ろ、君は状況をよく考えられているよ。他の彼らはなんと言うか…………浮かれてる節があるな」

「ああ…………なんか、すいません」

「いや、仕方ないと言えなくもないが……いささか心配でな……」


彼らはまだまだ子供だ。それが超人的な力を手に入れたとしたら、舞い上がって調子に乗ってしまうのも無理はない。


「あの、そう言えば他の勇者になった奴らはどうなったんですか?えっと……」

「ああ、私のことはジヴァと呼んでくれて構わないよ。他の勇者様達はそれぞれの地方に派遣してもらった」

「地方、ってことは、災厄現象って世界中で起こってる……とか?」


ジヴァはうなづいた。

この世界では、この国が中心となって回っているらしい。

そこから、五人の勇者とその眷属、そして教育係として国の軍隊を東西南北とここに分けたのである。



北には水龍の勇者が。


南には火龍の勇者が。


東には風龍の勇者が。


西には地龍の勇者が。


そして、ここには光龍の勇者が。


「君には窮屈な思いをさせてしまうことになるだろうが、どうかこらえてほしい」

「いや、大丈夫ですよ。正直、この方が楽でいいかも……」

「アッハハ、君は卑屈だな」


この世界に来て漸く安心して話せる相手が出来た剣斗は、薄く笑みを浮かべる。

1人でもそう言う人がいるのは心強いことだ。

その時は、本当にそう思っていた。




それからの1週間は、剣斗にとって地獄と天国が共に来た。

まずは天国の方。優しいお目付役のジヴァが色々と世話をしてくれる。

あまり外に出ることはできないが、食事に着るものに生活管理までやってくれるので、至れる尽くせりである。


だが、問題は地獄の方にあった。


何をトチ狂ったのか、ジヴァは剣斗に対して剣術の指導をし始めたのだ。

いや、よくよく考えてみれば、剣斗はこれから戦いに出るのだから彼女の行動は正しい。

問題なのは、それを彼女が1人でやっている点だ。

光牙に対しての訓練は、大人数で、決して傷が残らないように、丁寧に施されている。眷属も含んでいると考えれば当たり前と言えるかもしれないが、それでも甘やかしていると考えられる。

それら全てを1人で担っている彼女は相当な負担が掛かっているのだ。


「ほらほら、足を動かせ竜崎!」

「わ、ちょ、こっちは素人なんですけど⁉︎」


ジヴァから素早く繰り出される木刀を捌きながら、剣斗は悪態を吐く。

だが、そんなものは無視され、続けてわき腹に木刀が叩き込まれ、ゴロゴロと転がっていく。


「イッテェ………」

「大丈夫か?派手に転がっていったが」

「だったらもう少し手加減してくれよ……」

「それは無理だな。手加減して、戦場で死なれたら後味が悪すぎる」


クスクスと笑いながら、ジヴァは倒れている剣斗を掴んで立ち上がらせた。

これで飛ばされるのは38回目。後半になってからは打たれるにも慣れて来て、多少は防げるようになったが、それでも彼女の剣線を目で追うことすらできない。


「剣を目で追うのは良くない。相手の足を見て、その先の行動を予測しながら剣を動かすんだ」

「そんなこと言われて、もっ!」


視線を下げて足を見るが、そうすれば剣が見えずに弾き飛ばされる。


「こなくそ‼︎」


滅茶苦茶に木刀を振って攻撃を振り払っていくが、弾いていことで生まれた反動によりジヴァの振るわれる剣が、より威力を増していく。


「チャンバラ遊びじゃないんだぞ?」

「わかってますって、がっ⁉︎」

「弾くな、受け流せ。そうして流れに乗るんだ」


振り回した木刀は受けられることなく、綺麗に受け流され、その流れのまま剣斗の懐に入ってきたジヴァは、木刀を叩き落とし、脳天に木刀を叩き込んだ。

それの衝撃で意識を失いかけるが、すかさずジヴァが回復魔法をかけてそれを防いだ。

まだ揺れている頭を抑えながら立ち上がろうとするが、回復魔法で傷は癒せても体力までは回復できず、大きく深呼吸しながら寝そべった。


「なんだ、もうへばったのか?」

「3時間…はぁ……ぶっ通しですよ……ぜぇ………」

「そういえば、もうそんな時間か。なら、今日はもうこの辺にして昼食にしよう。今夜はゆっくり休みたまえ」


ジヴァはニッコリと笑顔を浮かべ、剣斗を起き上がらせた。

フラつきながら食堂に向かっていると、剣斗は何かに見られているのを感じていた。

それは、この世界に来てからいつも感じている視線。

心地いいわけではないが、それでいて不快感を感じさせないようなそれは、何かに集中していれば感じない程度のものだったが、それでも気になるのは確かだった。


「どうした竜崎。早くしないと昼食抜きだぞ」

「あ、はい、すぐ行きます」


ジヴァに促され、歩き始めた剣斗の耳に、か細いながらも、ハッキリとした声が届いたことに気がつかなかった。


『はやく、逃げて』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る