忍び寄る魔の手



「「球技大会?」」



お昼休みの裏庭。響く声は美久ちゃんと郁ちゃんのもの。わたし達は5限が体育ということで体育着に着替えてお昼ご飯を食べている。



「そうなの…。そんな行事があるなんて知らなかった」



そう言うわたしはお弁当箱を握りしめて俯いている。運動程苦手なものはない。



「…酷なことを言うようだが球技大会は年に2回行われるぞ?」

「そうよ?というか入学してからの集会で言ってたわよ?」



グサグサッと二人の言葉が突き刺さる。美久ちゃんの言う集会の時は無事学校に合格した安堵から心ここに在らずという状態だったのだ。



「美久ちゃんはバレーでしょ?郁ちゃんはどうするの?」

「私もバレーにするつもりだ」

「えー、じゃあ私もそうしようかな…」

「やるからには優勝よ!優勝!」



優勝…。気が重すぎる言葉が聞こえる。



「はは、水瀬さんってばそんなこの世の終わりみたいな顔しなくてもいいのに」

「そうだぜ?高校でバレー部の奴は一人までしか出れないルールらしいし、このクラスは経験者が多いみたいだし気負うなよ」

「えっ、そんなルールあんの?!」

「平等になるようルールとは聞いていたがそんな内容だったのか…」



わたしを置いてみんなの話が盛り上がっている。まだ先ではあるが今から練習をしないと完全なる足手まといになってしまう。

今日の放課後、図書館でバレーについての本を借りて帰ろうかな…。



「じゃあ詩春は特訓ね!」

「……え?」

「そうと決まったら早速やるわよ!」

「……えええ!!!」



こうして早々に楽しいランチタイムは強制終了され、ボールを持ってくると意気込んだ美久ちゃんは足早に教室へと戻っていった。



「あれはやる気の目だ。諦めろ水瀬」

「みんなでサポートするさ」



グッと親指を立てる神宮寺くん。ポンっとわたしの肩を叩く郁ちゃん。



「余計な話、振るんじゃなかった…」



後悔しても遅いわたしの言葉は空に消えていった。




———————————————……




時間は変わって放課後。

わたしは図書館に向かって廊下を歩いていた。



「あの特訓は地獄すぎるよ…」



結局あの後昼休みが終わるチャイムが鳴るまで美久ちゃんによる地獄の特訓が始まった。



『構えはこう!ふにゃっと構えたり指が平らじゃないとボールが変な方向にいくからしっかり腰入れて!』

『こう…?』

『そう。イメージは二等辺三角形を…』



まずはフォームから教えてもらって、そこから実践的に打つまでは良かったのだけれど…。



『詩春!目閉じないの!ボール見て!』

『腕意識しなさい!』

『ボールから目を離さない!』



火がついた美久ちゃんの怒涛のサーブを受ける。これには三人も笑うしかない。



『み、美久ちゃん!もう終わりに…』

『甘い!チャイムが鳴るまでやめないわよ!』



そう言って何十球もボールを受けたところで、ようやくわたしにとって救いのチャイムが鳴ったのだった。



「うぅ、体が痛い…」



そんなことをボヤきながら到着した図書館に入っていく。



(バレーの本はどこかな…)



スポーツというコーナーに向かい、上から順に探していく。初心者向けのものがいいのだろうかと何か良さそうな本はないものかと本を開いては戸棚に返していく。



(あ、あの本…)



目にとまったのは棚の一番上にあった一冊。



『水瀬さんお疲れさま。本を借りるつもりなら「誰でも簡単!バレーボール入門編」っていう本がわかりやすくておすすめだよ』



(確か三上くんがおすすめしてくれたやつだ)



周りに脚立がなかった為、思い切り手を伸ばして本を取ろうと試みる。すると、



「もしかしてこの本?」



後ろから伸びてきた手がわたしの求めていた本をスッと抜き取ってくれた。



「ありがとうございます!」



そう言って振り向くと立っていたのは昨日藤永さんと一緒にいた男の人だった。



「あ、君ってもしかして昨日の?」

「はい。あの時はありがとうございました」

「えー、むしろ謝らなきゃいけないのはオレの方だよね。委員会の件はごめんね?」



そう言ってポンポンと頭を撫でられる。

なんというか……近い!危険な香りがする!

わたしはそう思って一歩後ずさりする。



「それはそうと〜、詩春ちゃんバレーボールなんてするの?」

「へ?」

「ん?ほら、この本読むつもりなんでしょ?」



はいっ、と渡された本は先ほどわたしが取ろうとしていたもの。ゴタゴタしていて忘れてしまっていた。



「あ、はい…。球技大会に向けて練習を…」

「へ〜、まだ先なのに熱心だね」

「運動が苦手なので今の内から…」

「んー、じゃあオレが教えてあげようか?」



ありがとうございました、と踵を返そうとしたところ。後ろから腕を掴まれた。



「……え?」

「こう見えてもオレ、バレー経験者だよ」

「で、でも本当に運動苦手ですし…」

「まぁ、この腕見る限りそんな感じはするけど…」



そう言って先程のレシーブで赤くなった腕を取られ、そのまま口づけされる。



「なっ、なっ!」

「あれ?普通の子なら喜ぶところだけど…」

「わ、わたしは普通の子とは違います!」



バッと腕を引くと、ケラケラと笑う男の人。



「詩春ちゃんってやっぱり初々しい〜」

「あ、名前…。覚えててくれたんですか?」

「可愛い子の名前は忘れない主義なの」

「記憶力いいんですね!」

「……はぁ、まぁね。言ってなかったと思うけどオレの名前は白河昴。改めてよろしくね?」

「よろしくお願いします!」



それで、と本に目をやる白河さん。



「オレの場合経験者だしその本よりも優しく的確に教えられると思うよ?」



それに…、と続け



「その鬼コーチさんにも褒めてもらえる域には達すると思うけどなぁ〜」



というトドメの一言。



「美久ちゃんに…褒められる?」



思わず溢れる理想。



「そうだよ〜。ほら、一緒に頑張ってみない?

放課後のこの時間に裏庭で練習なんて健気で偉いと思うよ」

「で、でもボールを借りるのは…」

「あ、それならオレが使ってたマイボールが家にあるから持ってくるよ」



どうしよう。少しでもみんなの足を引っ張らない為には練習しておいた方がいいよね…。



「で、では…」

「ん?」

「よ、よろしくお願いします」

「ふふっ、よろしくね」



こうして特別レッスンが始まることになりました。




——————————————……



「じゃあ早速フォームの確認から…」

「え?」

「まずは基礎がどんなもんかわかってないとだから構えてみてよ」

「今ですか?!それにここ図書館ですよ!」



白河さんの突然の申し出に困惑するわたし。

流石に図書館でやることではない気がする。



「始めるのは明日の放課後からとか…」



やんわりと断りを入れるものの、



「え〜、いいじゃん。善は急げって言うし…。ほら、向こうでさ」



そんなことを気にもとめずに図書館のカウンターまで連れてこられた。




———————————————……




「そうそう。良くなってきたね〜」



美久ちゃんの練習に比べたら易しい特訓にわたしはなんとかついてこれている。



「イメージとしてはボールを体の中心で捉えるようにすると打ちやすいよ」



そう言っていらない紙を丸めてガムテープで止めた簡易ボールを円を描くように投げる白河さん。




「こっ、うですか?」



そのボールを体の中心で受けるよう意識する。

すると当たったボールは真っ直ぐに白河さんの元へと返っていった。



「わ!戻りました!見ましたか!」



そのボールをやや驚いた表情で片手でキャッチする白河さん。すると、そのままニコッと笑った。



「うん、上手いじゃん」



やった〜、とガッツポーズするわたし。



「これを本物のボールで出来るようになるまで厳しい特訓は続きますよ?」



そんな様子に水を差すかのように少し馬鹿にした笑いを浮かべてくる。



「あと欲を言えば…」



そう言ったかと思うと、わたしの後ろに回って抱きしめるかのように両腕を掴んだ。



「なっ!」

「動かないで。力抜いてみて」

「は、はい…」

「こうやって構えたらここの点とここの点が結ばれるようなイメージで、かつ打つときは…」



真剣な白河さんの声が耳元で響く。

抱きしめられているわけではないのに、変な緊張が肩から抜けない。



「……詩春ちゃん」

「は、はい?!」

「ちゃんと聞いてる?」



口元がニヤリと上がる笑い方。この表情の白河さんは大体がからかっている時だとほんの少し一緒にいるだけで学んだ。



「聞いてますよ?それで!こうですか?!」



今回は流されないぞ、という風に強気かつ積極的に対応する。



「……ははっ」



すると、突然笑い出した白河さん。



「っ、くくっ、ふははは!」



わたしは何かおかしなことをしてしまったのだろうか?



「そこは恥じらうところでしょ?」

「恥じ…らう?そんなに構え下手でした?」

「詩春ちゃんって本当に面白い子だね」

「面白い…ですか?」



あー、おかしい…と目元を指で拭う仕草をする白河さん。それに対し全て疑問でしか返せないわたし。



「もういいよ。そろそろ下校時刻だし一緒に帰ろうか?」



先程の笑いで離れていたはずの体が白河さんの腕によって再度抱きしめられる形になる。



——その時。



「……何やってんだよ」



ガラッという扉の音とともにガシッと肩を掴まれた方思うと、聞き覚えのある声がした。



「藤永さん…」

「水瀬さん大丈夫?」

「えー、オレ何もしてないって〜」



その隣では白河さんが騒いでいる。



「コイツ回収していくから先に帰ってなよ」



そう言うと藤永さんがガシッと白河さんの首根っこを掴んだ。



「や〜、玲ってば大胆。もっと優しくして♡」

「やめろ、気持ち悪い」



一瞬心配したが白河さんは決してへこたれるような人ではなかったと思い直す。



「それに〜、詩春ちゃんはオレと帰るんだもんね〜?」

「えっ、あっ!」

「まだ教えてないことたくさんだもんね〜?」

「今日じゃなくていいだろ」



何で二人が一緒になるとこうなるんでしょう。



「えっと…わたし、今日は帰りますね!」



そう言ってわたしはカウンターからするりと抜け出して教室に向かった。



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