夜空いっぱいのシューティング・スター

高尾つばき

ロックンロール♬ クリスマス・ナイト

「このクっソ忙しい時期に、いったいどこでクダを巻いてるんでやんしょ、おやっさんは。

 あっしの身にもなって欲しいでげすよ。

 もう一ヶ月を切ってるって、散々あっしは言いましたよ。

 急いで商品を仕入して、そっから配送先を全部振り分けてって、全部あっしひとりでやってんじゃねえですかい。

 ああ、そうよそうよ思い出した。

 去年だって収支報告書くらいはご自分でやるから、なあんて大見栄切ったから安心してたのに。

 気付いたら、いつの間にかトンズラこいて行方ゆくえをくらませちゃってさ。

 結局あっしが除夜の鐘を聞きながら、ヒーヒーうなってねじり鉢巻きで何とか間に合わせたんじゃあねえですかい。

 なんか、むかっ腹が立ってきちまったでげすよ」

 

 ぶつぶつと独り言を口にしながら、雪の積もった『天界そらのうえ』にある街を歩くのは、一匹のトナカイである。

『天界』と言っても、『地上界そらのした』にある街並みと造りは変わらない。

 相違点を上げるとすれば、行き交うのは『天界』に住まう神さまたち。

 さまざまな動物たちもせわしなく行き過ぎる。

 見てくれは動物であるが、『地上界』にのんびり暮らす連中とは違い、それぞれが与えられた仕事をこなす神獣しんじゅうだ。

 だからトナカイが眉間にしわを寄せながら、うろうろと商店街を歩き回っていても誰も気にとめない。

 

 トナカイは鼻炎をわずらっているようで、立ち止まっては大きなつのひもでぶら下げたティッシュ箱から、前足で二、三枚抜き取る。

 そして、ズピーッとかむ。かみすぎて、鼻先は年中真っ赤であった。


「いよう、トナちゃん」


 八百神やおがみという看板を掲げる八百屋の大将が声を掛けてきた。

 セリ用の帽子をアミダに被り、紺地に白く屋号を染め抜いた前掛け姿だ。もちろん野菜神やさいがみさまである。


「今日は桃源郷せいさんちからさ、いい桃が入荷したんだけどさ、どうだいひとつ」


「いやいや、大将。

 あっしはそれどころじゃねえんでやんすよ」


「あっ、そっか。

 もうじき出番だもんな。

 せいぜい頑張んな」


「へい、ありがとさんっす。

 ところで大将。

 うちの、どこかで見ませんでしたかねえ」


 トナカイはコレと言った時に前足の親指を立てた。


 ちなみに神獣は、姿は動物に似ているものの、必要な時には四肢を始め身体を自由に変化させることができる。

 ただし長時間変化させると疲れるので、すぐに人の指先からひづめにもどす。

 だから鼻をかむ時も、人型の五本指の手に変える。

 蹄では、かめないからだ。


「えっ、親っさんかい? 

 ははあ、またどっかにしけ込んで大酒でも喰らってんじゃねえのかい。

 おまえさんも大変だなあ。

 親っさんが、ああじゃよう」


 八百屋の大将は心底気の毒そうな表情を浮かべる。


「ちょっと待ってな」


 言いながら大将は向かい側の古本屋へ「おーい、あにさん、いるかーい」と入って行く。

 このお店は古書専門店で、兄弟の本神ほんがみさまが経営している。

 

 店の奥に卓袱台ちゃぶだいを置き、兄の神さまが褞袍どてらを羽織って、番茶ばんちゃをすすっていた。

 入って来た八百神の大将を、老眼鏡を指でずらしながらにらみ、「なんでえ、八百屋」としわがれた声で訊いた。


「いまな、トナちゃんが親っさんを捜してるらしいんだけどよ。

 兄さん、見なかったかい」


 兄さん神は、「はあ?」と口を半開きにし、思案顔になる。

 しばらくして、はたと胡坐あぐらの膝を叩き「そういやあ」と何か思い出したのか、宙を仰いだ。


「さっきな、仕入れから帰ってきた弟がよ、なんか言ってたなあ。

 待てよ。

 そうだ、ほら、この商店街の一番奥にさ、この前新しくバーができただろ」


「ああ、あのオカマ神おかまがみがママをやってる店か」


「そうよ、あそこよ。

 でな、真昼間なのに中からドンチャン騒ぎが聴こえてきてたってさ。

 どこのお大尽だいじんさんかしらねえが、まあ優雅なこって、なんて弟が言ってたけどもよ」


「間違いねえ。

 そのお大尽は親っさんに違いねえわな。

 ありがとよ。

 また今度一局打ちにくるからな」


 八百神の大将は将棋のエア駒を指先で打った。

 トナカイは商店街を行き交う神さまや神獣たちをつかまえては、声を掛けている。


「おーい、トナちゃんよう。

 親っさんの居所がわかったぜ」


「えっ、本当でやんすか!

 ありがてえ。

 で、どこにしけ込んでるんでやんす?」


「この商店街の一番奥にさ、バーがあるんだよ」


「ゲッ!   

 ま、まさか、あのオカマ神のママが切り盛りしてるっていう」


「そうみたいだぜ。

 早く行ってみな。

 親っさん、ハシゴ酒が好きだから、またどっかに行っちまうぜ」


 トナカイは四足で駆けだした。

 途中、何度もすれ違う神さまや神獣にぶつかり、その度に頭を下げながら、とにかく走った。


   ~♡♡~~


「グワッハッハッハーっとくらあな。おーい、もっといい酒をボトルごと持ってこいやあ!

 こちとら、銭ならしこたま抱えてるんだからよう。

 ケチケチすんじゃねえぞう、このオカマ野郎!」


「はいはいっと。

 飲んで下さるのはありがたいのですけどさあ。

 お仕事大丈夫なの?

 ワタクシのせいで仕事が間に合わなかったなんて、後から文句言わないで頂戴よ。

 それにそのお金ってさ、仕入れ用の大事な支度金したくきんじゃなくて?」


「んんっ、仕事だあ、しゃらくせえ! 

 んなものはよう、こちとら、もう千年以上やってんだぜえ。

 プロ!

 そう、俺さまはよう、プロフェッショナルってやつなんだからよう。

 こんな酒ぐれえでグダグダ抜かすんじゃねえってえの。

 銭なんて名前は書いてねえんだから、俺さまがオッケイって言やあオッケイなんだって。

 まあ、一応年末のジャンボとみクジも買ってあるしよ。

 それでダメなら、仕入れ先を踏み倒してしめえよ。

 ガッハッハッ」

 

 カウンターで、スツールに片膝を立てた格好で大柄な男がグラスを持ちあげている。

 上下は真っ赤な衣装。

 袖口には白い縁取りがある。

 男は野卑やひな大声でわめいているが、かなり高齢のようだ。

 赤い三角帽を被った頭から、もじゃもじゃの髪が肩まで伸び、鼻から顎にかけて髭を生やしている。

 それらは雪のように真っ白であった。

 老齢ながら、かなりたちの悪い客に見える。

 しかも黒いサングラスをかけた姿は、どうあっても堅気カタギではない。

 

 カウンターの内側でウイスキーの水割りを作っているのは、オカマ神であり、このバーのママである。

 オカマ神と言うよりも、むしろ相撲すもうの神さまと言われたほうがしっくりくる風貌だ。

 でかい。 

 とにかくでかい。

 真っ赤な衣装を着ているヤクザな老人よりもでかい。

 髪をちょんまげのように頭頂部でくくり、目が痛くなるような蛍光のレモンイエローのロングドレスに身を包んでいる。

 ちなみに、巨大な樽に大きな西瓜を乗せ、ボンレスハムをくっ付ければ、影だけ見ればどっちが本物なのか首をひねる。 

 

 バタンッ! 

 

 いきなりバーの木製ドアが勢いよく開かれた。

 ハァハァと肩で息をしながらトナカイが後足で立ち、前足でドアを開いている。

 よほど急いで走って来たのか、肩から頭から、湯気がたちこめていた。


「お、親っさん! 

 ハアハアッ」


「おうっ、誰でい、この俺さまを呼ぶや……あっ、トナっちじゃあ、ないですかな」


 振り向いた老人は威勢のいい啖呵たんかを途中で切り、濁声だみごえからスマートなバスボイスに素早く切り替えた。


「いや、親っさん。

 あっしはね、飲むな、と言ってるわけじゃあねえんでげす。

 ただ、この時期の繁忙さをご存じでありながらですぜ、仕入れから何からすべてあっしに押し付けて」


「まあまあ、それはそれとしてよう、トナっち。

 こっちへ来ておめえさんも一杯いっぺーどうでえ。

 おい、オカマッ。

 大至急こちらさんにブランデーでもみつくろ――」


 トナカイは肩をいからせ、後足の蹄の音を響かせながらツカツカと早歩きで近寄る。


「いりやせん!

 あっしが下戸げこなのをご存じでしょうに」


「でへへーっ、そうだったかしらねえ」


「気持ちの悪いオカマ言葉は、よしてくだせいっ」


 オカマ神のママは「まあ、失礼しちゃうわね」などと、真っ赤な厚い唇を尖らせた。


「さあ、早くもどりますぜ、親っさん。

 やることは山ほどあるんですから!」


「お、おう。

 そうだな。

 まあ、こちとらも用事は済んだことだし。

 おい、ママ。

 お勘定はここでくたばってる、シーさんにつけといてくれや」

 

 トナカイはようやく気付いた。

 親っさんの横のスツールに、カウンターに突っ伏して寝ている老人がいたのだ。

 

 その老人は、JA農協の帽子を被り、薄緑色の作業服を着ている。

ズボンの尻部分にはなぜか鎌を差し込んでいた。

 野良作業しごとの帰りなのかもしれない。


「親っさん、こっちのジイさまって、たしか」


「いいっていいって。

 寝かせておいてやんな。

 ボトルを三本も空けたんだ。

 さぞかし楽しい夢でも見てんだろうさ」


 親っさんは、どっこいせっとスツールから降りると、トナカイの背中を押すようにしてバーから出て行った。


   ~~♡♡~~


 病室の窓から、ちょっと背伸びして外を見る。

 木枯らしが吹き、病棟の下に見える歩道を落ち葉が舞っていく。

 少女は振り返ってベッドで眠る母の顔を見ながら、小声でつぶやいた。


「ママ、今年もクリスマスは、おうちでお祝いできないのかなあ。

 あっ、でもわたしは平気よ。

 大丈夫、パパがいるから」


 少女はママが元気だったころに作ってくれた、お手製の髪飾りを指でさわる。


「そうだわ。

 パパにケーキを買って来てもらって、ここで三人でいただくの。

 どう?」


 少女は優しそうな顔で眠るママの耳元で、そうささやいた。

「そうね。それは楽しみだわ、うふふ」とママが笑ってくれた気がした。


 病室の外では、パパが先生からお話を聴いている。

 もしかしたら、クリスマス前にママは元気になって、退院できるってお話かもしれない。

 少女はベッドの脇で、じっとママを見つめている。

 ガチャッとドアが開いた。

 パパがゆっくり入ってくる。


「パパ、先生はなんておっしゃった?  

 ママはクリスマスにはおうちにもどれるって?

 あらぁ、パパ、どうして涙なんて浮かべてるの?」


 パパはあわてて指先で目元を拭った。


「はははっ、パパはね、うん。そう、寒くなると子供のころから涙が出てしまうのさ」


「へえ、なんだか泣いてるみたよ。 

早くママが元気になって、三人でお祝いしたいな」


 少女は嬉しそうにパパを見上げる。


「あ? 

 ああ、そうだね。 

 そうなるといいな」


 パパは取り繕ったような笑顔を浮かべた。

 少女は笑顔をベッドで眠るママに向けた。


「さあ、そろそろ帰ろうか。

 そうだ、今年は何が欲しいのか、ちゃんとサンタさんにお願いしてあるのかな」


「もちろんよ。

 でも、パパには内緒よ」


 少女はとっくにサンタさん宛ての手紙を書いてあった。

 

 わたしは欲しいものはありません。

 これからもずっと、我がまま言って欲しがりません。

 でも、たったひとつだけ、わたしのお願いをきいてくださいますか。

 ママを元気にしてください。

 わたしはもっともっと良い子になります。

 みんなに褒められるくらい、良い子になります。

 ママが笑いながら褒めてくださるような、良い子になります。

 ママに笑顔をください。

 ママがわたしの頭をなでてくれるようにしてください。

 これから先、わたしは本当に何も入りません。

 その分すべてを使ってください。

 ママとお花が咲く公園を、仲良く手をつないで歩けるようにしてください。

 サンタさん、わたしの我がままをお手紙に書いてごめんなさい。

 でも、これっきりです。

 最初で最後のわたしの我がままを、どうかお許しください。


   ~~♡♡~~


 トナカイは山積みになった手紙を、必死の形相で振り分けている。

 ここは親っさんと二人で住まう自宅兼作業場だ。

 太い木材で組んだログハウスである。

 外は雪が降っているものの、室内は暖炉にまきをくべてあり、とても温かい。

 といってもその薪を割ったり火を起したりするのは、すべてトナカイひとりがやっているのだ。

 掃除に洗濯、買い物に食事の支度までふくめて、二十四時間休む間もなく。

 

 バーから戻った親っさんは安楽椅子に腰を降ろすと、すぐにいびきをかき始めたのであった。


「もう、親っさんったら。

 これじゃあ呼びに行く必要なんて、なかったでげす。

 あーあ、そこで寝ちまったら風邪を引いちまうでやんすよ」

 

 トナカイは寝室から毛布を持ってくると、親っさんにそっと掛けた。

 それから急いで作業に入ったのだ。『地上界』の子どもたちから届いた手紙をすべて開封し、地域ごとにまとめなければならない。

 年に一度の大切な日のために。


「まいどー、郵便でーす」


 玄関ドアを開けて、制服姿の郵便配達神ゆうびんはいたつがみさまが、大きな段ボール箱を室内へ入れた。


「ごくろうさまでさあ」


 トナカイは認め印を持って玄関へ向かう。

 郵便配達神さまが持ってきた段ボール箱を抱えて作業場へもどる。


「ヒーッ、毎年のこととはいえ、ホントに猫神ねこがみさまの手でも借りたいくれえでげすよ」

 

 ため息をひとつ吐きながらも、元来真面目な性格であるらしく、段ボール箱を丁寧に開けてぎっしりと詰まった手紙を大事そうに取り出していった。


   ~~♡♡~~


 クリスマス・イブ当日。

 トナカイはソリを小屋から引っ張り出して、すでにスタンバイしていた。

 つねにワックスをかけて、ピカピカに磨いてある。

 ソリの後部には、大型のスピーカーが搭載されていた。

 仕事中はここから大音量で、親っさんの大好きなロックンロールの景気の良いミュージックが流れるのだ。

 もちろん『地上界』の誰にも聴こえはしないけれど。


「親っさーん、そろそろ出発しねえと、間に合わなくなっちまいますぜー」


「おう、もうちっと待ってくれや。

 えーっと、どこへしまいこんだっけなあ、あの時、確かにやつからやったんだが。

 俺さまもヤキがまわっちまったかな」


「何をお探しで、親っさん」


「ウワッ、ビックリした! 

 てめえトナカイのクセしやがって、忍び足でこっそり近づくなや!

 こっちとらの心臓を止める気かっ」


 トナカイは親っさんの背後から、普段着用の赤い上着をまさぐっている様子を見つめた。

 もちろん今夜は仕事用の赤い服に着替えているが、普段着と仕事着はどこから見ても同じに見える。


「おっ、あったあった」


「何があったんで?」


 親っさんは素早く振り返って、探し物を自分の背に隠した。


「な、なんでもねえ。

 ささ、早いとこ出発しようぜえ、トナカイの」


「へえ?

 へえ」


 首を傾げながらも、トナカイは表へ出るとソリを引っ張る革の綱を身体に通した。


「おい、たちに配る、“ 聖夜珠プレゼント ”は全部袋に詰めてあんだよなあ」


「へい。

 何度も確認してまさあ」


「おっしゃあ、じゃあ今宵こよいも派手にロッケンロールしようぜい!」


「親っさん、『地上界』の上空についたらそのグラサンははずしてくだせえよ。

 間違いなくその筋の人間だって思われちまいやすから」


「んなこたあ、先刻承知よ、トナカイの。

 レッツゴー!」


 トナカイは一気に駆けだすと、ソリを力強く引っ張った。

 とたんに巨大スピーカから大音量でロックンロールが流れ出す。

 飛行機がテイクオフするように、トナカイと親っさんを乗せたソリがふわりと雪の道から舞い上がった。


『地上界』はどこもクリスマスムードにあふれ、きらびやかなイルミネーションが遥か上空からも美しく見える。

 トナカイは大きな角から浮遊パウダーを撒いて、天空を走る。

 パウダーの微粒子は、虹色に輝きながら宙に溶けていった。


 巨大な満月に、トナカイとソリの影が映る。


「さあっ、『地上界』のお子たちよ!

 年に一度のお楽しみだぜえ! 

 俺さまからのハッピーなプレゼントを、受け取ってくれやあ!」

 

 親っさんは眼下に広がる街の灯まちのひ目がけて、背負った大きな袋から大量の小さな銀色のたまつかみだして、ばらまき始めた。

 

 これは“ 聖夜珠 ”と呼ばれる不思議な宝珠。

 珠は上空で散りながら、まるで意志を持ったかのように目標地点まで滑空していく。

『地上界』の子どもたちが願ったプレゼントに、翌朝姿を変えるために。

 

“ 聖夜珠 ”一個一個に、子どもたちの願ったプレゼントへ姿を変えるようにインプット作業したのは、もちろんトナカイひとりだ。

 気の遠くなるような作業であった。

 

 幾千幾万の輝きが地上へ降り注ぐ。小さな流れ星シューティング・スターが満月をバックに次々と銀に輝く尾を引きながら、花火のように散って行く。


 トナカイは『地上界』の上空を懸命に駆ける。

 親っさんは節分の豆まきのように、ソリの取っ手に片足を乗せ、背負っている袋から銀色の珠を掴んでは投げ、掴んでは投げ、と繰り返す。

 軽快なロックンロールに腰を振りながら。


「さってと。

 最後はこれだぜ。

 ゲシシシッ!」


 親っさんの不気味な笑い声に、トナカイは敏感に反応し、駆けながら頭を後方へ向かせた。

 いくら大音量の音楽が鳴っていても、親っさんの声は聴こえるのだ。

 あの下品な笑い声を口にする時は、必ず何かヤバイことをやる前兆である、ということを長年の付き合いで、充分すぎるほど知っているトナカイ。


 親っさんが赤い上着の胸元から、和綴わとじにされた一冊の帳面ちょうめんを取り出した。


「あれっ?

 親っさん、それって、よもや」


「おう?

 これは、アレだぜアレ」


「いや、アレって。何故なにゆえ親っさんが、ソレを?」


「いいんだよ、うっせい野郎だなあ、テメエはよう」


「えっ、だってそれはさまが使う、“ 命の帳面 ”じゃあないっすかあ。

 あっしらが触っちゃなんねえお定めが、あっ、思い出した!

 あのオカマ神ママの店で、死に神さまにたらふく酒を飲ませて酩酊状態にして、こっそりと盗みとったんでげすね! 

 や、やばいっすよ、やばい!」

 

 トナカイは顔面を蒼白にした。


「おいおい、人聞きの悪いこたあ言うなや、トナカイの。

 これはちいとばかし、俺さまがシーさんから借りただけだってえの、借りただけ」


「だけど、『地上界』に生きる人間たちの寿命を操作しちまうんでげしょ、それで。

 あっ、まさかまさか」


「おうよ、その通りだぜ。

 俺ら『天上界』に住まう神々の中にはよう、この『地上界』の生きとし生けるものすべての生殺与奪権を持ってる奴がいるんだがよう。

 確かに俺さまにはその権利はねえさ、普段はな。

 だけどよう、今日だけは俺さまが主役の、特別な日なんだぜ!

 年に一度のこの日を、楽しみにしているお子たちがいっぱいいるんだかんな。

 この日のために、親や先生たちの言うことをちゃーんと聴いてさ。

 みーんな、良い子にしてんだぜ。

 だから俺さまがこうして「今年もちゃんと良い子にしてたな」ってプレゼントを配るのよ。

 未来をつくる大切なお子たちだ。

 世界中のお子たちは、すべてが大事な宝よ。

 誰ひとりだって欠けちゃなんねえ。

 今日だけはすべての、いいか、なんだ」

 

 親っさんはいつになく、真剣な眼差しでトナカイを見つめる。


「俺さま宛てに届いた手紙はよ、残らずぜーんぶ目を通しているんだわさ」


「えっ? 

 いつの間に? 

 だって親っさんは大抵は酒をかっ喰らって、寝てるじゃあないっすか」


「バーカ、俺さまを誰だと思っていやがる。

 ケッ、やることはちゃあんとやってますよってんだ。

 てめえだって、手紙は全部読んでんだろうが」


「も、もちろんでさあ。

 伊達だてにトナカイはやってねえでやんす」


「じゃあ、この手紙も読んだよなあ」

 

 親っさんは、再びふところから一通の手紙を取り出した。


「ええ、覚えてまさあ。

 プレゼントは今後一切いらないから、母親を元気にしてくれって、えっ、まさか、親っさん!

 それだけはやっちゃなんねえ。

 人の命をあっしらがどうこうなんてしちゃならねえ!」


「はーん?

 何言ってんだか、ちいとばかし耳が遠くなってきてるから聞こえねえなあ。

 いいじゃあねえか、トナカイの。

 このお子の、たった一度の心からのお願いなんだ。

 その願いを聞き届けて叶えてあげられるのは、この俺さましかいねえんだよ。

 いいかい、このお子のおっかさんは死に神の“ 命の帳面 ”にゃあ、今夜イブの日が最期だってしたためてあるんだ。

 えっ? 

 年に一度の俺さまの晴れ舞台オン・ステージに、なんで悲しむお子がいなきゃあなんねんだよ。

 俺さまはよ、この手紙を受け取って涙があふれちまったぜ。

 お子ならよう、人形やら絵本とか、今じゃあゲームか? 

 そんなプレゼントを欲しがって当然なんだ。

 だけどよう、このお子はな、自分のプレゼントはいらねえ、おっかさんを元気にする引き換えにしてくだせえって、心からこの俺に頼んでんだぜ。

 年に一度のハッピーな日にゃあよ、最高にハッピーなプレゼントを贈ってあげるのが俺さまの役目よ。

 どうせ死に神のジジイはよ、もうボケが入ってきてっからな。

 この帳面の一ページくれえなくなったって、わかりゃあしねえさ」


「ったく、そんな話を親っさんから聴かされたら、あっしもひと肌脱がなきゃあ、男がすたるってもんでさあ」


 トナカイは走りながら、目元に浮かぶ涙を宙に飛ばした。


「がってん承知でい!

 まあ、親っさんとあっしは一蓮托生でやんすからね」

 

 二人はニヤリと笑う。

 

 親っさんは“ 命の帳面 ”から折り目を付けてあった一枚だけ千切ると、それをビリビリに破いた。

 そして、最後にひとつだけ残しておいた聖夜珠と一緒に手に握り込んた。

 バーッと夜空に散らす。

 宙を駆けながら、散っていく紙片しへんと珠に目がけて、トナカイは浮遊パウダーを撒く。

 トナカイは思いの丈をこめて、念じた。

 紙片は虹色に輝いて、地上のある一点へ降り注いでいった。


   ~~♡♡~~


 満月をエスコートするような素敵な星空。

 だが少女は先生と看護師さんが、ママに人工呼吸器や注射をしている姿を、涙をこらえて見つめていた。

 ママは絶対元気になる。

 もう一度優しくわたしを抱きしめてくれるために、きっと目を覚ましてくれる。

 パパが背中から肩を抱いてくれているけど、パパの指先が震えているのがわかる。

 ママの横に置かれた機械がピーンと鳴って、止まった。

 

 病室を静寂が支配した。

 

 先生が苦渋に満ちた顔を伏せて首を振る。

 パパの指先から、力が消えた。

 

 そんなことない、絶対ない。

 だってサンタさんに、心からお願いしたのだから。

 ママを元気にしてくださいって、一生懸命お手紙を書いたのだから。

 サンタさんはいつだって子どもの味方のはず。

 サンタさん、サンタさん、どうかお願いしますから、ママをお救いください!

 

 その時、閉めきった窓からキラキラと輝く虹が、カーテンを透かして入って来た。

 でもそれはパパにも、先生にも見えていないようだ。

 少女は涙目を大きく開いてそのきらめきに見入った。

 

 七色の虹がママの身体を、そうっと優しく包む。

 一瞬フワッと輝きが増し、静かに光がフェードアウトしていく。

 

 ピーン、ピッピッピッと機械が再び音を立てだした。

 先生があわててママの脈を確認し、看護師さんに何かを伝える。

 少女はパパといっしょに、ママの寝ている顔の近くまで寄った。

 ゆっくり、ゆっくりとママのまつ毛が動き、まぶたが開いていく。


「き、奇跡だ!」


 先生はかすれた声で、思わずつぶやいた。

 ママが毛布の下から、ゆっくりと手を伸ばしてくる。

 その手が、そっと少女の頭に触れた。


   ~~♡♡~~


 満月の輝く星空。

 トナカイとソリに乗った親っさんが、虹を描きながら駆けていく。


「ヒャッホウ! 

 年に一度のロッケンロールだぜい! 

 みんなぁ、メリー、クリスマース!

 ハッピーで、素敵な聖夜を楽しんくれやーっ!」


 親っさんの高笑いが、いつまでもいつまでもこだましていた。

                                            了




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夜空いっぱいのシューティング・スター 高尾つばき @tulip416

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