円森荘3号室『改造人間と、魔法少女』

Aパート


 大家さんとの真夜中の問答から、一年が経った。

 この一年で――僕の視点から見れば――世界は大きく変わったように思える。


 まず、日本の上空に不思議なオーロラが確認されたのを皮切りに、世界には僕の知らないの物が次々と現れた。

 例えばそれは、WCN。正式名称は、World Conect Network。、高度過ぎるインターネット技術。世界中のどこにいても、手軽に情報が得られるというのは、実に便利だ。これが、スマートフォン? だとかいう、液晶パネルがついているだけのケータイを持っていれば誰でも利用できるのだから、ぶったまげたものだ。少なくとも僕の世界には、二つ折りケータイしかなかったし。

 大学に行った瞬間、皆が当たり前のようにスマートフォンを持っていた時は、僕の頭がどうかしてしまったのかと思わざるを得なかった。

 が、どういうわけか、を知っているのは僕だけで、同時に僕には、についての知識があった。そのおかげで現代にタイムスリップしてきた侍のような事にはならなかったが、何とも変な気分だ。


一子いっこ! 忘れ物だぞ!」

「う、むうむ!」

「モノを食べながら喋らない」

「むぐっ……あ、ありがとっ!」

「ほら、そんなに慌てるとコケるぞ」

「別にヘーキだって……行ってきまぁす」


 つい先日、隣に引っ越してきた兄妹の明るい声で、僕は目を覚ます。

 今は春。芽生えの季節であり、同時に入学の季節でもある。

 どうやらお隣さんの妹も入学式らしい。いや、もしかすると始業式なのかもしれないが。

 寝起きで重たい身体を無理矢理起こそうとすると、左腕が持ち上がらない。見れば、いつも通りテス子が僕の腕を抱き枕にしている。そして、同じくいつも通り彼女を引き剥がすと、洗面台に行かず、玄関を開ける。

 東に面しているせいで、扉を開けた途端、眩しい太陽の光が差し込み、反射で右手で光を遮る。

「あ、どうも。おはようございます」

「……あ、はい。どうも」

 お隣さんの男の人が、にこやかに挨拶してくる。当然、僕も挨拶し返す。

 お隣さんこと元郷もとさとさん兄妹、その兄の方は、どこからどう見ても好青年といった風体の人で、中身も実際好青年だ。

「すまないね、起こしてしまったかな?」

「大丈夫ですよ。丁度起きようと思っていたので、目覚まし代わりに丁度良かったかと」

「はは……ところで、今日は大学は?」

「今日は休みです」

 そんな他愛のない会話をしていると、階下から初老の男がにこやかな笑みを浮かべて上がってくる。

「おや、朝から賑やかと思ったら。若者はいいねぇ」

「あ、大家さん」

 元郷さんに大家と呼ばれたその人……打田さん。元郷さんは知らないかもしれないが、あの銀色の怪人、シルバースカルの仮初の姿だ。まぁ、知らない方がいいだろう。あの姿は普通の人に見せたら怪人と間違えられて、怖がらせてしまうかもしれない。

「妹さんは、もう学校かい」

「ええ。……すいません、騒々しくて」

「いやいや、構わんとも。この辺りじゃ、ちょっとうるさくたって誰も気にしやしない」

 ……それはそれでどうかと思うけどなぁ。いや、言ってる自体は、あながち間違いではないけども。

「それで、君達は今日、大学は無いのかね?」

「ええ、まぁ。四年にもなると授業の数も減るので」

 何を隠そう、彼もまた僕と同じ大学生であり、僕の先輩に当たる人だ。

 本来なら既に卒業しているはずなのだが、どうやら訳あって一年ほど留年してしまったらしい。その分の授業料を彼の親戚が代わりに払ってくれるとの事だが、彼にも思うところがあったのか、妹さんが家から離れて暮らしたいというのに着いていく形で、彼もこの円森荘にやってきたのだ。


 ……最初は妹さんの方も抵抗があっただろう事は、想像に難くない。


「僕も、今日は授業取ってないんで……」

「ふむ、そうかね。ならバイトは? 二人ともやっていただろう?」

「ああ、それも今日休みで……」

「僕もです」

 僕が彼と知り合ったのは、ある授業で偶然一緒のグループになったのが切っ掛けだった。なんでも大学でも有数の才媛らしく、彼のする解説は先生のそれよりも遥かに分かりやすかった。そうした縁で、僕は彼と知り合い、そして良き先輩後輩の関係になったわけだ。

 ……僕が勝手に思っているだけかもだけど。


 すると、僕らの返答を聞いた打田さんは、まるでその答えを待っていたとでも言うように、満足げに頷く。

「そうかそうか。なら、君達に少し、頼みたい事があるんだが……」


 その頼み事から、まさかあんなとんでもない事になるだなんて僕は思いもよらなかったし、きっと打田さん……いや、シルバースカルは分かっていたに違いない。


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