そしてひとまずのエピローグ


                    ◇

 油の爆ぜる音がする。


 肉の焼ける香りがする。

 注がれた燃料は発火して赤く赤く燃え上がり、伝わる熱が対象物を焦がしていく。

 それを見下ろす紅い髪の少女の表情は喜悦。

 料理されている対象に向けて、彼女は嗜虐的な笑みを向けるのだ。


「……はい、メシ焼けたわよ」


 そして三角巾にエプロン姿の龍原深紅が、フライパン片手に調理工程の完了を告げた。


                    ◇


 事件を終えた一行は、星輝市の風紀治安部へと凱旋していた。

 帰還手段は我冬が手配していたらしい新しい車。時乃琉香は疲れていたのかそれに乗り込んだ直後に意識を落とし、今は隣の仮眠室で就寝している。


「食材を焦がし過ぎだ。苦味が強い」


 焼きあがったチャーハンを一口食べて、普段の不機嫌で鏡夜が苦言。


「作ってもらってる分際で生意気な……つーかあんたが作りなさいよそういう雑事って基本そっちがあたしより上手なんだからさぁ」

「そういう決まりごとだろう。僕と貴様の日替わりで料理当番だ」

「当番、当番……げ、そういえば今日ギャンブルしてたわよねあの廊下競争!

あたしが勝利したんだから本来の料理当番茜ちゃんじゃないの! くあー!」

「竜鳳司鏡夜だ。言い出さずに自分から料理を始めた貴様が悪い」

「熾遠ー、あんたもあの賭け聞いてたでしょ? 何か一声かけなさいよ!」

「私は。この人の。機械だから。不利益になることは。言わなくて。当然」

「ぐわーあたしに味方はいないのかー」

 額を押さえて天を仰ぎながらも、深紅の視線は鏡夜の手元へ向いている。

 食器を動かす手は止めない彼に普段通りを感じつつ、龍原深紅は口端をあげる。

「そういえばお前たち、また今回も後先を考えずに無茶をしたな。時乃琉香に誘導させた目的は学者たちの救出だったはずだが、それする前に要塞ぶっ壊しにかかりおって」


「。」

「……ふん」

「………………」


 全員が露骨に我冬の顔から視線を逸らす。

 ……自分は全然気にしないくせに、こうやって正論を平気で使えるから苦手なのよね……。

 できる限り関わり合いになりたくないと思うのだが、そうもいかない悩ましさ。


「とりあえず謝りなさいよ実行犯」

「断る。僕は当然のことをしたまでだ。むしろあの一撃に対抗する力がなかった貴様が悪い」

「ぐっ」

「第一今回の事件で貴様が僕の助力を必要とした場面が何度あると思っている? 今回は完全無欠に主観客観数値的、全方位見ても僕の勝ちだ。故に敗者に権利は無い。だから代わりに我冬の説教は貴様が受けろ」

「うぎぎぎぎぎ……」


 唸る深紅だったが、すぐさま何かを思い出したようにはっとして、その表情を攻勢に変え、


「つーかあんただってこの前のヘルメスタワー爆弾事件の時はあたしに救われてばっかだったってのに偉そうな顔してんじゃねー!」

「……ッ、その時はその時だろう貴様今になって持ち出すのは卑怯だぞ!?」


 高まる二人の間の熱量。

 それを見ながら熾遠は無表情のままで両手を手持ち無沙汰に動かして、我冬は愉快そうにけらけらと笑みの表情を崩さない。

 あわや爆発は秒読みで、料理を保護するべきか熾遠が考え始めたその瞬間、


「……」


 部屋の扉がかちゃりと開いた。


                    ◇


 部屋の内情を見た琉香は、即座に百八十度反転して目を逸らした。


「お、お邪魔しました」

「逃げんな琉香ぴょん」


 背筋を掴まれる感触に、そういえば紅い少女は念動力者サイコキノだと思いだす。

 そのまま体は引きずられて、半ば無理やり椅子へと着席。


「とりあえずチャーハン余ってるから食ってきなさいよ。つーか、食え」

「むがふがもがが」


 口に叩き込まれたそれの味は、案外普通に美味しくて。


「……料理できたんですね深紅さん」

「いやマジであんたはあたしをなんだと思ってるのよ」


 脳筋戦闘職は生活能力がないとか一体何時の時代のテンプレートだっつーのと、箸をくるくる振り回しながら深紅はぼやく。三角巾にエプロンをしたその姿に何やら凄くギャップを感じ、琉香の口元に少し笑み。


「――さて。丁度いいことだ。今回の事件の顛末について話せるところを話しておこう」

「というより。あなたが。語りたい。だけだよね」

「恐らく拒否権は無いだろうから素直に一発で頷け時乃琉香」

「断ったらこの女多分延々無限ループ耐久勝負に持ち込むわよ」


 脅された通りに琉香は首を上下にカクカクさせる。

 この三人が苦手がっているという事実だけでなんとなく性格の予想はつくのだ。

わざわざ深遠を覗き込むのも得策ではないだろうと思う。というかこの三人すら手玉にとるその本領とか正直拝みたくないってのが本音である。


 そんな琉香の内心を見透かしているのか無視してるのか、我冬市子はタクトのようにスプーンを振って、高らかに事の結果を語りだす。


「監禁していた幻思論学者は名目上は全員解放。と発表しつつそのまま我々が誇る秘密研究所にて秘密の暗黒テクノロジー開発に引き続き勤しんでもらうこととした。連中ほっとくとすぐに逃げ出すからこうやって確保した時にしっかり首輪をつけておかないとな、ふふふ、ははは、ふははははははははは!」

「(……ねえ世界政府って大丈夫なんですかこんな人たちに任せてて)」

「(大丈夫よ、ブラックどころか実質悪の組織だから)」

「(見てればなんとなくわかります)」

「こらそこ何か言ったか?」


 いいや全然、と深紅はとぼけた顔で手を振った。

 それに琉香はこの人本当図太いなーと感心するやら呆れるやらで眼を細め。


「(まあ悪の組織が図らず世界征服成功したような連中だけども、管理運営はちゃんとやってるから安心しなさい。汚職とかそもそもあたしらが赦さねーし)」


 安心しろと言われても、むしろ知ってはいけない事実を教えられたような気がして琉香は抱くべき感想に困る。今日一日でだいぶ秘められた世界の裏側に触れたような気がするのだが、明日からの生活大丈夫なんだろうかと少し不安が湧いてきて。


「そもそも君の不安は見当違いだよ、時乃琉香君。彼岸先生の孫娘。いつか知るべき秘め事をたまたま今日に知ったと思うがいいさ。……まあ吹聴されたら困るので釘は刺すがな!」

「敵として僕たちと邂逅したくは無いだろう。然らば大人しく沈黙っていろ」


 引き気味の表情で琉香は頷く。今日の一日だけでも、彼らの特徴はよくわかった。


 荒唐無稽にバーサーク。

 やってくるなりクライシス。

 一から十までカタストロフ。


 確かにこんな大暴虐、絶対敵に回したくない!


「我冬。空朔望響はどうなった」

「流石にそこは一般人には話せないところだな茜。せっかくの勝利と救出と大団円に水を差すのはエピローグとして不適だろう」

「だから竜鳳司鏡夜だ――というかそもそも殆ど自作自演だろう貴様」

「それ考えると。色々。台無しだよね」

「はっはっは」


 言い訳のしようがない指摘に対し、笑ってごまかす我冬市子。


「強いて言うなら”いつも通り”だよ。これで納得してくれ時乃琉香。世の中知らなくていいこととか多いが、これもその一つだと思ってくれたまえ」

「……」


 祖父を誘拐した張本人。途中からこの魔女帽子の奇人の介入で台無しになったとはいえ、本来だったら許しがたい敵となっていたはずの狂気の老人。彼のことを知る機会はあまりなかったけれども、終わってみるともう少し話しておくべきだったのだろうかという後悔のような感情を小さく抱く。


「人が背負える物語は個人の運命質量に依って大差が在る。奴と貴様の間には其処まで深い縁も皆無かっただろう。因縁の皆無い相手の事など気に掛けるだけ時間の無駄だ」

「んな回りくどい言い方で元気付けてるつもりなのかしらこいつは全く」


 茜のセリフに、深紅は優しく溜息を吐いて。


「ともかく世界転覆を目論む頭のネジが外れちゃったご老人と、祖父を探してる

可愛い可愛い女の子がいて、その二つがたまたま重なり合っただけ。まああたしはあっちにもそれなりに真剣に接したつもりだけど、琉香ぴょんはそんな気にすることもないわよ。二つは別の問題なんだから」


 結局のところ、向こうは彼らの物語だったのだろう。旧世界の崩壊と現世界の存続を巡る本気決戦。それに対して自分が入り込む隙間はなかったし、そもそも入り込んだところで何かができたか、自分がそこに必要だったかというとそれもなかったというわけで。


 だから自分は祖父との再会が叶ったという結果をせいぜい喜んでいればいいのだろう。


「ところで。」


 感慨にふけっていると、熾遠が疑問を投げつけた。


「それだけ研究者を酷使して。やってる研究って。何なのかな」


 その問いがなされた瞬間、明らかに我冬市子の雰囲気が変わった。

 それは求めていたものを得た子供のような笑みであって、つまりはこれが本題だと、無言のままに告げていた。

 さすがにそろそろ慣れてきたので、嫌な予感が背筋をよぎる。


「失礼な顔をしているな時乃琉香君。なに、すぐにでも不安を払拭しよう。

――そもそもこれは、彼岸博士のものなのだから」

「お爺ちゃんの?」


 疑問する。

 それに我冬は指を鳴らして。直後。答えが顕現した。


「――さあ。ご覧あれだ」


 切り替わる世界は一面の黒。ひやりとした感覚が肌を撫でる。

 魔女帽子の奇人が伸ばした指に従って、琉香はゆっくりと開かれた天へ視線を向ける。


「………」


 星。

 それも普段見上げる新世界のものではなく、嘗ての記憶に慣れ親しんだ――


「旧世界の再現は我々にとっても重要な研究課題の一つでな。だが何分宇宙はあの頃でも研究が進みきっていなかったせいでなかなか上手く行かなかったのさ。

これも正直言えば地上から見た部分を再現しただけなのだがな」


 我冬の語りを聞き流しつつ、琉香は放心したように天を見る。

 ああもうなんていう爺バカなんだろうと、少し自惚れてもいいよねと思いながら。


「提案した時の先生はとても楽しそうな顔をしていたよ。全く孫煩悩な恩師なことだ。見せたい相手がいるのだよと、久々に張り切った姿を見た」


 輝く星座は懐かしく。思い出のままに煌めいている。

 あとでちょっぴり、甘えに行こうか。琉香は静かにそう思った。



【Fin】

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