四章【ノスタルジー&フォーサイト】ー2

                 ◇


 白亜色の廊下に足音が響く。

 それを鳴らすのは、駆ける黒色の集団だ。廊下を埋めて走る幽幻黒衣ブランクキャストの大群達。

 彼らの先頭を走るのも、また黒色の人形だった。ゴシック・ドレスのオートマタ。

 乙女井熾遠オトメイ・シオンに抱きかかえられて、琉香ルカは困惑のただ中にいた。


「しお……さっん、さっきの話、いった、い」


 幻思研究者誘拐事件の主犯人、この異想要塞の主である空朔望響はこう言った。


 ……旧世界を直接滅ぼした人間達。【大非在化ランダマイザ】の元凶の一角。


 全てを変えてしまったそれと、百億人を失わせたそれと、【ジャスティス&スカーレット】が関わっていると、敵の首魁はそう言った。


「本当。だよ。でも。間違ってる」


 熾遠が口にしたのは、肯定と否定の二重回答。


「【大非在化ランダマイザ】は。真理学研究会の実験の結果なのは。間違いない」


 それが成功なのか。失敗なのかは。最早誰にも解らないけど。


「研究者達はこう言っていたよ。『世界を作り替える』試みだと」

「世界を……作り替える?」


 また『世界』。


「琉香ちゃんは。旧世界のことをどう思う?」


 旧世界。まだ幻思技術が存在していなかった頃。世界というものが滅びることがあるなんて考えもしていなかった頃。世界について思いを巡らせるなんて一瞬たりとも無かった頃。

 世界についてどう思うかという問いなんて、空の星をどう思うか、冬の風をどう思うか、それぐらいに当たり前なことすぎて、言うべき言葉が見つからない。


「彼らはね。とても不便な世界だって言ってたよ」


 それは当然至極当たり前。

 街を思い出せば、そこかしこに、まるで間違い探しの答えのように変化の証が溢れている。

 都市の地下道を走る車は、音速になんてまるで届かない。

 空の上にある気象衛星は天候を予測する事しか出来ず、天気予言は結構外れる。

 街を歩く人の顔にはニキビや染みが存在して、外見は年齢に従って老いていく。


 誰かが憎んだ近い過去。

 現実は現実でしかない魔境。


 感情はあちらの世界の方がより正しいのだと訴えている。

 理性はこちらの世界の方がより素晴らしいと謳っている。


「物理法則は人の心を考慮しない。幻想は幻想であって現実にならない。そんな世界では私達は幸せになんてなれはしない。それが彼らの絶対教義スローガンであり。行動原理そのものだった。

 都合の悪い正しさこそが彼らの憎む怨敵であり。それが則ち世界の別名だった」


 自分達にとって不都合だから世界を変える。それそのものは否定されるようなことでは無いはずだ。

 生存に適さない空間を加工し、生存のしやすい空間を作り出す。それこそが人間の文明の本質であり、それを否定すれば人類は洞窟の中で暮らし続けていただろう。


「物理法則だけで動作していた旧世界を。幻思的に再構築する楽園計画。成功の暁には人類は幻想の力を手に入れて。新たなステップへと辿り着くだろうと。そう呑気に期待されていた」


 だからそれは否定されるようなことではなかった筈だ。

 知らぬ大陸に降り立つような偉業として、宙の月に足跡をつけるような栄光として、人類史に刻まれる筈だったのに、


「そこに世界を終焉らせようと企む者達が混ざっていただなんて。私たちは知らなかったの」


「………」

「私達も。【楽園計画】に。関わっていた。ジャスティスでもスカーレットでも無かった頃。

 十七歳の少年少女と、無知で無垢だった一体の人形」


 必要無い筈の息継ぎをするかのように、黒衣の自動人形はほんの一瞬沈黙し、


「あの時の。私達は。本当に。何も知らなかったよ。私も。ミアカも。あの人も。その中核に関わっていながら。最後の。最後。全てが終わり果てるまで。世界が終焉りを迎えるまで。自分達を取り巻くものの正体を識らなかった。自分達には。何かが出来たかもと言う勘違いを抱くぐらいには。核心の傍に居た筈なのに」


 その意味は琉香には解らない。

 解るものは唯一つ、それが彼女達の辿って来た物語だったと言う事だ。

 世界政府旗下最高戦力【傑戦機関】。

 その中でも最高と囁かれる【ジャスティス&スカーレット】。

 彼らがそうなるまでの軌跡、そこまで登り詰めた理由の発端がそこにある。


「もう少し。早く気づいていれば違ったかも知れない。

 あの時の私達に。もっと戦う力があったなら違ったかも知れない。

 だけど。結局全部を知ったのは終わった後で。あの時持っていた力はちっぽけで。

 そう。止められなかったのは。私達の責任。そこまでは正しいよ」


 だけど。


「何処で知ったか解らないけど。結果だけしか知らない奴に。好き勝手言われたく無いの」

「………」


 熾遠の語りを聞きながら、琉香は祖父のことを思う。

 現世界政府の重要人物。一度滅びた世界を救った立役者。我冬市子ガトウ・イチコ空朔望響クウザク・ボウキョウ、世界と幻思に関わる彼らは時乃彼岸トキノ・ヒガンをそう呼んだ。

 それを聞いた時、自分はなんだか違うと感じた。

 確かに知らない所でそんな活躍をしていたのだろう。血縁と言う位置に居ながらそれを知らなかった自分には、時乃彼岸という科学者の全ては語れまい。


 しかしだ。業績だけで見ている人にも、時乃彼岸という人間の全ては語れないだろう。

 ちょっと落ち込むと所構わず数式を落書きしだすところだとか、孫娘の為に破天荒なことを平気でやらかすところだとか、そういった部分を知らないで祖父の話をされたところで、なんだかちょっとむっとして。


 大きさはあまりに違うけれど、通じるものはあるはずで。


「なら……なら、文句を言いにいきましょう」


 だから琉香は希望を言った。

 意外な台詞だったのだろう、熾遠は右目を瞬かせて、


「随分と。あの二人に。影響されてるね」

「いいえ、こんなのまだまだです。だってあの二人だったなら」


 文句言う前に殴ってる。

 放った言葉は重なって、琉香は小さく笑みを漏らす。


「そうだね。勝手なこと言う奴らには。止めて欲しいと苦情をコール。それでも聞かない分からず屋には。実力行使もやむを得ず。それが。私達のやりかただ」


 走るのを止めてステップ&ターン。

 振り向いた視線の先には、波となって迫る幽幻黒衣の大群がある。


「うん。ちょっとだけ。ちょっとだけ苛々したから」


 黒の軍勢を前にして、乙女井熾遠は踵を鳴らし、


「全力全開で――片付けたって構わない。よね?」


 熾遠の背後に無数の情報窓が展開される。そこを流れる文字列は生成と構築の理論式。

 文字列は寄り集まって鋼鉄になり、地獄の剣山が突き出すように、銃口として顕現する。


「三割展開。目的=殲滅型/火力優先/範囲指定=完了/全砲門準備――」


 蝋燭に灯がともるように、銃口に熱が溜まって行く。


「――吹き。飛べ」


 そして破壊力が放たれた。

 閃光が白亜色の廊下をそれ以上の純白に染め上げる。

 眩しさに琉香が目を閉じたのは一瞬で、瞼を開けたその時には、影の群れ達は消えていた。


「見て。いるんでしょう。出て来て」


 二人だけになった筈の廊下で熾遠が叫ぶ。

 その声に反応するかのように、くっくっくと言う小さな笑いが響き始めた。

 童話の魔女のような笑い声。全てを見透かすような笑い声。

 琉香は視線を彷徨わせ、そして気づいた。宙空に浮かぶ情報窓。そこに映ったダークスーツの女が、琉香と熾遠を見下ろしている。


『何時から気づいていたのですか』

「統計と。経験則。人間的に言うなら。カンだね」


 ダークスーツの女は口元を押さえ、関心するように目だけで笑んだ。


『そんなに睨まれるのも心外ですけどね。表情を作れない人形に言う台詞でも無いですが」

「大丈夫。睨んでる。つもりだよ。本体がいたら。警告無しで発砲してた」


 敵対心を隠さない口調で、熾遠は鋭く言い放つ。


「目的は。何。と聞いても。答えないか」

『先程時乃琉香相手に告げたはずですが。【アブラクサス】の崇高な目的は機械の頭脳には理解出来なかったようで。情などは捨ててきたつもりですが哀れみを覚えますよ」


「黙って。心にも無いことで。誤摩化さないで」

『おやおや、随分と人の心を分かったつもりでいるようですね人形風情』

「答える気が。無いのは。わかったよ。こっちも。言いたいことだけ。言わせてもらうから」


 抱えた琉香を抱きしめて、熾遠は強く宣言する。


「貴女の目論みに。琉香ちゃんを。巻き込ませたくない」


 だから。


「ここで潰すよ。琉香ちゃんの。お爺ちゃんを。助け出して。【アブラクサス】も打ち砕いて。ハッピーエンドで。叩き伏せてあげる」


『随分と大きなことを言いますね【機械の聖女{アリスドール}】。随分と都合のいい答えを導き出すような思考ルーチンをしているようで』


 ダークスーツの女は、鼻で笑うかのような音を立て。


『ジャスティス&スカーレットと戦闘しているのは【アブラクサス】謹製、絶対無敵のメガマキナである【レイジファントム】。独善の化身が如き【正義の味方ジャスティス】も、傍若無人の【紅い髪の少女スカーレット】も、ここにはやってこないでしょう。状態は孤立、戦力は無縁、十全には程遠い状態で、出来るだなどと思っていたりするのですか、この要塞迷宮の攻略が?』


「舐め。ないで。私達が。潰してきた。【アブラクサス】の。アジトの数を。数え上げる。必要はある? 計算した。勝率の。提示は。どう? あの人達に。私達に。心配される。必要なんて。ビットの一つも。存在しないよ。だから。」


 指先一つ、情報窓へ向けて突きつけて。


「敗北の。カウントダウンを。刻みなよ」


 熾遠の宣戦にダークスーツの女は息を吐き、視線を向ける先を変えた。

 意思の見えない瞳に見つめられ、琉香の全身が少しこわばる。


『この自動人形はこう言っていますが、貴方はどうなんでしょうね、時乃琉香?』

「…………」


『【ジャスティス&スカーレット】。世界政府旗下最高の二人軍隊。ここに至るまでにその力は十分に見てきたのでしょう。自分が頼れる唯一の存在。彼らのことをどう思います?』

「…………」


『端的に問いましょう時乃琉香。貴方は【ジャスティス&スカーレット】を信じますか?』


 最早一蓮托生の間柄。非力な自分を守ってくれる、荒波を渡る不沈船。

 わずか半日の付き合いだけども、強さも性格も身にしみて。


「信じます」


 だから頷く。

 倒す方法があると言っていた。彼らの言葉に嘘はなく、彼らの歩みに敗北はない。


「この人たちなら悪役になんて絶対負けない。あなたたちの企み全て打ち倒して、ハッピーエンドを運んでくるって信じてます」


 それをしてこそ夢想英雄ジュブナイルヒーロー

 だからこそ、必ず願いを叶えてくれるのだと信じる事に異論はない。

 強く見つめる琉香の視線に、情報窓の向こうの女は喜ぶように笑みを見せ。


『ならば。夢見る少女に贈り物を渡しましょうか』


 一体何を、と問う前に、新しい情報窓が展開された。


「――!」

『時乃彼岸博士の現状を、生中継した映像です』


 枠の向こう側に映るのは、灰色をした独房だった。

 薄暗い空間の中にいるのは、老人がただ一人だけ。その両手足には鎖がつけられ、動けないようにつなぎとめられている。灰色の髪の毛と髭は整えられもせずに伸びており、監禁の長さを見る者に窺わせる容貌だった。


「悪趣味な真似を。するんだね」

『様式美、と言うものですよ。雰囲気はなるべく重視したほうが面白いでしょう?』


 他人の思いを弄ぶのが楽しいと、そうあざ笑うかのように女は笑む。


『相互に通信を繋ぎましょうか。超人達に連れられたとはいえただの少女がここまで来た訳です、ご褒美の一つぐらいは必要だと思いまして』


 そう言うと彼女は、新しく開いた情報窓に指を走らせ通信をつなぐ。

 若干の演出ノイズが流れ、接続された音声が、琉香の耳へと届いてくる。


『――香!? 琉香がどうしてここに!? 誘拐か? 犯罪か? 不埒なことをされてないかそれからご飯は食べてきたのか歯は磨いてるかそれからそれからそれから――』


『やっぱり五月蝿いですね、ミュートで』


 ダークスーツの女は横暴を決め込み、自分の優位を演出する。

 琉香自身も混乱の只中にいる祖父に対してどう対応していいものか硬直していたので、ある意味助かったと言えなくもないか。

 情報窓の向こうの祖父はひとしきり何かを喋り終えた後、やっと音声が切られたことに気づいたのか、しょぼくれた顔して床に数式を書き始めた。


『もう一度繋ぎ直しますから存分に会話をしてくださいな先生。不機嫌になるとすぐそうなるのは昔からの貴方の悪い癖です』

『――自覚はしているよ。そう簡単に治せるものでもないことは君も解っているだろうに』

『私が言えた義理ではないですが、本当面倒臭い人ですね、相変わらず』


 二人の会話に何か疑問符が浮かびそうになった琉香だが、それが形になる前に、祖父の視線がこちらへ向いた。


『さて、琉香。また会えたのは嬉しいけれども、速攻で一つ言わせてもらう。帰りなさい』


 告げる言葉は辛辣に。しかしてそれは当然に。


『どうしてここに、とは問わないよ。【機械の聖女アリスドール】が側にいるなら大体の検討はつくさ』

「……ん」


 恥じらうように熾遠が口から音を漏らす。

 それに対して時乃彼岸は気負わないでくれと手を振って。


『アブラクサスの目的は僕一人だ。彼らは他にも頭数を揃えようとしているようだけれど、最重要データがあるのは僕の頭の中だけだからね。屈しなければ彼らの野望も全部徒労さ。つまりこれは結局のところ僕と彼らの戦いだ。琉香、君が関わる必要もないし、関わらせたくも僕はない。大丈夫だよ、琉香の世界はきっちり守るから」


 祖父は優しく微笑んだが、そうではない、そうではないのだ。

 ここには祖父を探しに来た。ここには祖父を助けに来た。

 だから帰れと言われたところで、ハイソーデスカとは引き下がれない。


『引きさがらない。ならばこれからどうします?』


 そして心を読んだかのように、ダークスーツの女が嗤う。

 引き下がるわけにはいかない。これは心が決めた絶対事項。

 しかしだ。私がここにいたとして、果たしていったい何ができる?

 思い出すのは今朝の出来事。鋼の巨体の群れを前に、怯えて隠れた自分の姿。

 あの時の自分にはできたことがあった。少年のところまで駆け寄ることはできたのだ。

 この今の自分にはできることがあるか。祖父のところまで駆け寄るには、情報窓の向こうは遠すぎる。


『さあ。時乃琉香。貴女には二つの選択肢があります。

 一つは先生の言う通り、逃げて帰って忘れることです。彼岸博士が望んだように、旧世界が蘇るその日まで安楽に過ごして眠ることです。自分の祖父を犠牲にしてね』


 そして、


『もう一つはアブラクサスの傘下に下り、彼岸博士を説き伏せることです。私としても、このような扱いは本意ではないのです。必要な情報さえ引き出せたなら、空朔氏だってすぐにでも開放をし、一級の待遇に切り替えるでしょう。あなたと仲良く一緒にね』


 どちらも必ず論外だ。問われるまでもなく考慮外だ。意地や気概の全てを以って、それはできないと答えたい。

 だが。だが。ならば。放つべき言葉は一体なんだ。


『さあどうします、時乃琉香?』


 賽子を手の中で弄ぶように、ダークスーツの女は嗜虐的な笑みを浮かべ続ける。

 きっと彼女にとってはこれも遊びだ。時乃琉香という遊び道具がどんな反応を示すんだろうという好奇心。

 だから挑発に乗ってはいけない。乗ったところで何もできないのは解っているんだ。動くな。

こんな明確な敵相手、遊ばれてなんてやるものか。


「無理。しなくて。いいんだよ」


 奥歯を噛んでこらえる琉香に、熾遠の言葉が投げかけられる。


「悲しい時。怒った時。叫びたい時。我慢したりしなくても。大丈夫」


 そうだ。そもそも自分が彼らを最初に動かした時。一体何がきっかけだったか。

 自分の思いを正しく言える。それがきっと、彼らに対するキーワード。


「……けて」


 だから時乃琉香は口にする。

 第三の選択肢を声に叫びあげる。

 魔法の呪文を唱えるように、誰かに届けと祈るように。


「お爺ちゃんを助けて! ジャスティス&スカーレット!」










「――――了解よ」













 声が聞こえたその瞬間、天井が轟音を立てて爆発した。

 降り注ぐ瓦礫塊粉塵破片、それら雑多を吹き飛ばし立つ影の印象は紅だった。

 爆風に靡かせるショートカットヘアの深紅色。挑みかかるような太陽の笑み。


「グッドモーニング、琉香ぴょん、熾遠。【紅い髪の少女スカーレット】の登場よ」


 龍原深紅タツハラ・ミアカは無敵に笑い、ヒーローのように現れた。


『空気の読めない人ですね。やってこれる訳がないだろうみたいな会話をしてからまだたいした時間も経っていないというのに、せっかくの脅迫が台無しです』

「ハッ、何言ってんのよこの女狐。空気? 流石にそのぐらいあたしにだって読む能力はあるわよ。

 世界中の大気が震えながら深紅様早く来てくださいって懇願してたんだけど聞こえなかったのひょっとして?」


 けらけらけらと紅い少女は戯けるように一笑する。


「やっぱり。出待ち。してたんだね」


「当然じゃない。必要なのは演出時間インパクト! 脈絡もなくやってきたところでそんなの全然記憶の隅にも残らないわ。人の心を動かすためには相応の流れが必要なのよ。

 せっかくの祖父と孫娘の感動の再会に水を差して割るような真似とか幾らあたしでもやらねーし」


 そして彼女は首だけで後ろを振り返り、琉香の瞳を視線を合わせ、


「さて琉香ぴょん、自分に何ができるかだとか超絶くだらないことで悩んでいたようだけども、答えは明々白々よ」


 それは、


「あたしらに声を投げればいい。聞こえたならば答えてあげる。

割に合わないことならうっせー黙れ自分でやれと投げ返して、気分がよければノリの延長でレッツ手助け。

 そしたらあんたはありがとう深紅様って頭を下げて、感謝の言葉をあたしに捧ぐの。オーケーかしら」


 放つ言葉は相も変わらず、傲岸不遜なマシンガン・トーク。

 連射速度に遅れる琉香は、惚けたようにうなづいて。


「朝も言ったでしょ。自分の実力とか状況とか考えてから行動しなさいっての、ここで引かないのは無謀で蛮勇。

捕らえられたら全裸鎖で拷問部屋へレッツゴー明日の夜には裏ビデオとかされたくないなら天秤はしっかり握っとけ」


 中指を立ててブーイングしつつ、しかし浮かべる表情は賞賛だった。


「だけどあたしは、そういう意地こそ大好きなのよ」


                    ◇


 情報窓の向こう側、ダークスーツの女は歓喜に体を震わせていた。

 【紅い髪の少女スカーレット】。龍原深紅。世界政府旗下最高の一人。

 彼女はやはり夢想英雄ジュブナイルヒーロー。期待通りの登場だ。

 堪えきれない喜びをぶつけるように荒々しく、女は情報窓を操作する。

 映し出された画面の向こう、彼女たちを取り囲み襲うように、幽幻黒衣ブランクキャストが現出する。


「こちらに来ないというのなら、力づくでの解決を。時乃琉香を捉えなさい、幽幻黒衣ブランクキャスト


 しかしそれらは動かない。厳密に言うならば動けない。

 幽幻黒衣ブランクキャストに葛藤はない。幽幻黒衣ブランクキャストに恐怖はない。

 つまり理由は単純明白、物理的な問題で――


『ここにいたのか時乃琉香。自分の身ぐらい自分で守れ愚者』


 竜鳳司鏡夜リュウホウジ・キョウヤが繰る鋼糸が、幽幻黒衣を裂いていた。


『琉香ぴょんに無茶振りしてんじゃないわよ茜ちゃん。戦闘力の差がどれだけあると思ってるの? 

 琉香ぴょんがイチならこいつらで五〇、あたしが五兆で茜ちゃんが三!』


『貴様と僕の数値が逆だろう。彼我の実力差の理解ができるなど期待した記憶は確かに皆無いがそこまで節穴な目をしているとは驚愕極まる発見だ』


『そーねならばこの場で試してみましょうか。ただの数値じゃなくて桁数レベルのパワーの差だって実力行使で教えたげるから。小数点の果てまで消えろ!』


『二人とも。ストップ』


 再会するなり口喧嘩。敵の拠点の只中だろうと、彼らに緊張の二文字はない。 


『……彼らは普段からこうなのかい、熾遠君?』

『うん。これが。平常運転』


 声を聞くだけでも、彼岸博士の困惑がわかる。

 解け果てた場の雰囲気に、思わず素の笑い声が漏れかけて、それを我慢して飲み込んだ。


『……はぁ、なんだそういうことねハイハイハイハイ。ったく何時も何時もこれなのね』


 そして何かに気づいたように、龍原深紅は虚空に頷く。


『え、ちょっと一体何に気づいたんですか!?』

『大丈夫よほっときゃ琉香ぴょんも遠からずわかるもの。とりあえず人を殴る訓練でもしときなさい、この先きっと役に立つから』

『女の子を。暴力の道に。導かないで。……私が。代わりに。殺るから』

『残念だがその役目は渡せない。それは僕が此の手で殺ることだ』

『身内だけで通じ合わないで教えて下さい! それにやるって何をですか!?』


 本当に。本当に楽しい三人だ。振り回される時乃琉香も含めて合わせて四人か。何度相対しても飽きが来ない、可愛く憧れる私の玩具。


「ならば再会の約束代わりに、」


 口元だけで笑みを見せて、ダークスーツの女は情報窓を制御した。

 直後。時乃琉香の足元の床に穴が開く。当然、そこに立っていた彼女は引力に従って落下して、画面の中から姿を消し、


「彼女をいただいていきましょう」


 女の腕の中に収まった。


 何が起きたか分からずにこちらを見上げる琉香の顔と、画面の向こうから睨めつける正義の

味方たちの顔を交互に見つめ、ダークスーツの女は宣戦布告を口にする。


「要塞の中枢。【異想領域破壊装置パレットナイフ・デストロイヤー】の前で、空朔望響とお待ちしてます。そこで決着をつけましょう、ジャスティス&スカーレット」


【NeXT】

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