三章【ラボラトリ&アザーリージョン】ー3

 

                 ◇

 

 幻思論の実用される以前、巨大な人型機械というものは不可能技術の筆頭だった。

 重力定数、操縦者の極端な上下運動、あらゆる物理法則が実現を阻む夢想の産物。

 

 しかし夢想を叶えるものこそが幻思論だ。

 崩壊した物理の下において、実用化されたそれの名前は【メガマキナ】。

 重力の影響を軽減し、人体と機械をリンクさせて動かすそれは、この時代のあらゆる場所に

おいて使われている。

 建築用、土木作業用、そして――

 

「――――!」

 

 拠点の防衛用に。

 

「休んでるヒマとか無いって訳ね!」

 

 振り下ろされた拳を横跳びで回避しながら、深紅が文句を吐き捨てた。

 相手のサイズは目算するに十五メートル。彼我の身長差はおよそ一〇倍。

 赤と黒を基調とした人型には、胸と背中に特徴的なマークがある。血の色で描かれた雄鶏のエンブレム。

知る人には反世界政府組織【アブラクサス】のシンボルと解るだろう。

 肩の部分に記された形式型名にはこうある。【LGD四七七ーレイジファントム】。

 

「またあいつらか! 随分と自己顕示欲の強い塗装しやがって!」

「世界政府に反旗を翻すことに酔っているのだろう。愚者愚者しい」

 

 メガマキナの力とは、第一にサイズの違いから来る出力差だ。

 彼我の比率は相対的に十倍を超え、それだけを動かす力は三乗倍以上。

 大型の巨体が生み出す破壊は単純に強力で、建造物程度なら軽々と砕く膂力を秘めている。

 しかし。

 

「今時デカけりゃ強いってのも、時代遅れの概念なのよ!」

 

 龍原深紅が拳を握る。

 世界政府旗下最高戦力としての彼女の力は物理的破壊だ。筋繊維の断面積がどうだとか、エネルギーと質量の関係性だとか、そんな古い理屈を超越して万象砕く力を振るう。

 足のスプリングを全力稼動し、駆ける一閃はロケット・スピード。

 狙う部分は胸部中枢。重要部分が集まった中核を打ち抜こうと、電光石火が突撃し、

 

「――手応えが、無いッ!?」

 

 そのまま、陽炎に触れるかのようにすり抜けた。

 慣性でそのまま壁に激突しそうになった所を、空中に棒状の障壁を生成してハンドブレーキ。

 そのまま大車輪で二周ほど回り、殺した勢いで地面に着地する。


「メジャーな物体の幻影化理論? 対幻想用攻撃に切り替えるべきかしら?」

「否。恐らくは純粋な物理透過だろう。幻影にしては攻撃時の存在率変化が無い」

「うっわまた面倒臭そうな相手!」

 

 舌打ちをしながら前転し、深紅は鉄拳の落下を回避する。

 そして彼女の頭上を鋼糸が飛ぶ。切断を目的としたそれは当然のように巨腕を透過、背後の壁に斬撃痕を刻み付けて礫が舞う。

 

「レイジファントム――怒れる幽霊か。真名通りの性能だな」

「とっとと成仏しなさいよ幽霊なんて名乗るなら!」

 

 猛る拳は隕石のように。単純極まる一撃一撃が、しかし致命の威力をもって降り注ぐ。

 そして降り注ぐものはそれだけではない。

 

 メガマキナの肩口が開き、そこから白い円筒が覗く。

 

「ミサイル装備!?」

 

 単発の隕石が流星群に。降り注ぐ爆雨は無差別に落ち、爆破の煙が視界を遮る。

 琉香の咳き込みの声を耳にして、その方向に向けて深紅は叫ぶ。

 

「熾遠! ちょっと労力回せないから琉香ぴょんしっかり守っといて!」

「了解」

 

 無論当然彼女達が言葉を交わす間にも、爆撃の雨は継続している。

 しかし一撃も当たらない。必然の如き完全回避。

 そもそも彼らは視界を奪った程度で止まる弱さなど有していない。聴覚。皮膚感覚。第六感。稼動する全ての感覚とそれ以上のものが戦闘続行を可能としている。


「目眩し。愚者愚者しいな。姑息な真似でどうにかなるとでも思考しているのか」

 

 一歩も動かないままで、竜鳳司鏡夜が吐き捨てる。

 その寸毫後、彼の周囲を取り囲むように爆発が起きる。彼を狙うミサイルが、宙空で一斉に爆ぜて砕けて散華したのだ。

 それを為した鋼糸を手元に引き戻し、鏡夜は分析を口にした。


「飛び道具の方に透過性能は付与されていないようだな」

「てことはその辺狙えば内部誘爆とか出来たりする!?」

「無理。発射の直前に。生成する型」

「推進剤は飛翔体側に内蔵されている。発射機構がメガマキナ本体と関係ない以上そこを攻略法にするのは狙えまい」

 

 くあー、と頭を掻きむしり深紅は叫ぶ。

 相手は大型メガマキナ。膂力持久力何もかも人間を凌駕する破壊機械。

それだけに留まらずこちらの攻撃を一切完全透過する、幽鬼が如き反則性能。

 

 無敵状態の一方的虐殺インビンシブル・ワンサイドゲーム

 叫びたくなるのも当然だ。絶望しても仕方あるまい。

 

 しかし深紅は悔しそうな顔で、口元を釣り上げながら笑っている。

 

「せっかくのボスキャラの攻略に茜ちゃんの手が必須とか最悪だわ!」

「ハッ、それを認めるだけの理性を有しているとは感心だ。諦めて全面敗北し屈従しろ」

「うぎぎぎぎぎ、こうなったら時乃博士の救出ポイントゲットで逆転を狙うしか……」

「えっ、えっ」

 

 既に勝ったかのような会話を交わす二人に、琉香の困惑の声が飛ぶ。

 相手は無敵の巨大機械。怒れる幽霊相手に対し攻撃権はこちらに無い。

 そんな存在を敵にして、

 

「倒す方法があるんですか!?」

 

 その問いかけに彼らは答える。二人一度に声を合わせて。

 

「余裕だ」

「余裕よ」

 

 宣誓と同時に風が吹き、部屋を曇らせていた煙が晴れる。

 彼らの表情は毅然にして不敵。勝利の道筋が見えているように。

 

「それじゃあ軽く証明といきましょうか。答え合わせに感涙しなさい?」

 

 足音を立て、巨大機械が進撃する。その鉄腕を振り上げて、粉砕を放とうと唸りを上げる。

 単純必殺の物理攻撃。巨大質量の突撃にも彼らは怯まず彼らは怯えず、ただ口角を釣り上げて笑う。

 世界の全て悉く、思い通りだと言わんばかりに。

 

「こいつの攻撃手段は二つ。しょっぱい煙幕ミサイルと、圧殺必至の鉄拳打撃」

 

 応じるように、迫る機神の肩口が開く。

 円筒の雨の第二波が、白煙を連れて迫り来る。

 

「ミサイルの方は恐らく牽制。弾幕攻撃は英雄戦力に対して効き辛いだなんてのはこの幻思論の時代じゃ一般常識だもの。本命は足を止めた後の撲殺鉄槌」

 

 彼女の頭上で爆音が鳴り、火炎粉塵の華が咲く。

 鋼糸結界の屋根の下で、龍原深紅は拳を構えた。

 

 無茶の二文字に尽きていた。彼女の力は確かに無双。甲殻機械の一台程度なら空拳徒手で撃破したと言う実績もある。まともにぶつかり合ったのならば、メガマキナさえも打ち倒せる。

 

 しかし相手は非物理の大機。透過を与える理論式は、物理に対する絶対の防御権能。

 深紅の拳が物理存在である以上、如何な力で以てしても痛打を加えることなど不可能だ。

 

「そう、お互いに触れ合えない相手に対して出来ることは無い。

 あたしも、あれも、生者と幽霊がすれ違うように、没交渉で抜けてくだけよ」

 

 だけど、

 

「あれはコミュニケーションを望んでいるわ。一方的な撲殺目的だったとしても、確かに触れ合おうとする意思がある。ならば応えてあげるのが人の情よ」

 

 獰猛に笑い、高らかに告げる。

 

「――そんなの絶対、NOに決まっているでしょうってね!」

 

 幽霊機械の鉄拳が迫る。右腕が少女を潰そうと突き出される。

 それを打ち砕くように、迎え撃つように、紅い少女の拳も飛んで、

 

「仮説証明その一つ。打撃の瞬間にはこちらからでも干渉が効く」

 

 二つの拳が激突した。

 砲弾のように突き出された鉄拳と、それを迎え撃ち放った人の拳。

 敗北したのは前者。意思の重みの無いそれは、亀裂が入り砕けていく。

 崩壊を始めたメガマキナは怯えたように一瞬呻き、本体がひび割れる前にとその右腕をパージする。

 接続するものが無くなった腕は重力に引かれて下方へ落下し、音さえ立てずに床を透過し消えていく。

 

「これで新たな事実が白日の下に晒された。理解るか時乃琉香、この愚鈍が見せた失態を」

 

 眼鏡を整え鏡夜が問う。

 隻腕となった巨体は狂ったように暴れだし、両肩から誘導弾を吐き出し踊る。

 接触無しに敵対者を排除しようとするそれは、しかし叶うこと無い暴走に過ぎない。

 張り巡らされた鋼糸の檻は、それら悉くを無意味な花火と変えて防ぐ。

 

「奴の腕は重力の影響を受けた。いや、腕だけでは無い事は既に理解っているだろう。

 奴の移動時を思い返してみるが善い。奴は重力を軽減出来るだけで、決して無視など出来はしない。

 まさか気付いていない等有り得ないだろう」

 

 連続して響く破裂音をその背景に流しながら、無感情な声で彼は言う。

 

 竜鳳司鏡夜は動かない。

 無敵と虐殺の担い手はここに反転したのだと、言外に相手に見せつけるように。

 

「そして堕ちた腕は床面を透過し消失した。之れから奴に付与された理論は

無差別的な透過であると言うことが確定する」

 

 ――故に。

 

「之れで浮き彫りとなっただろう。奴の致命的な欠点が」

 

 中指を立て、彼は処刑の言葉を告げる。

 

「仮説証明その二つだ。接地面には透過理論が付与されていない」

 

 三本二対、合計六つの軌跡が床を走る。

 メガマキナの足下に辿り着いたそれは矢印を描くように脚部を這い上がり、巨人機械に致命的な裂傷を刻み込む。

 支えるものを失ったレイジファントムはぐらついて、回路の火花が爆発を引き起こす。

 爆煙が巨体の姿を包み隠したのを見て、紅い髪の少女はガッツポーズ。

 

「やったか!?」

「おい愚者貴様解って言ってるだろう」

 

 鏡夜が不用意な発言をたしなめる。

 煙の向こう側、映る巨体のシルエットはボロボロだ。

 じきに崩壊が始まって、自ら奈落の底へと引きずり込まれ、落ちて消えるに違いない。

 ――などと言う甘い考えは、誰一人として抱かなかった。

 

「そして仮説証明その三つ。――この程度のテンプレート、向こうもしっかり予想していた」

 

 灰色が晴れる。

 汚れたベールを脱ぎ捨てるように、直方体の姿が照明の下に露になる。

 巨大機械、未だ健在。

 しかしその形状は様変わりしていた。破断した四肢は切り離されて放棄され、胴体部だけが空中に不安定にゆらゆらと浮いている。まるで奇怪なフー・ファイター。

 

「破砕を切っ掛けとした自己定義の変更? 随分と上等な理論組んでるわね」

 

 彼らの眼前、トルソーとなったレイジファントムの形が変わる。

 失った両腕の代わりとでも言うように、複数対の機関銃が昆虫の足の如くに生える。

 まるでメデューサの首のようなシルエット。透過と言う絶対防御を持ったアイギスの盾。

 

「真の姿を現した、などと上等なものでも無いな。瀕死の足掻きに他ならない」

 

 竜鳳司鏡夜はそう言うが、状況は悪化してると断言出来る。

 何故なら今のレイジファントムは浮遊している。何一つとして触れる場所無き完全独立。接地するべき必要も無ければ、攻撃時の隙を晒すことも無い。

 

 今度こそ絶対無敵のインビンシブル。

 打倒不能のジェノサイドマシン。

 

 そんな反則存在を目の前にしても、彼らの顔は余裕に満ちて。そして高らかに叫ぶのだ。

 

「第二ラウンドの始まりね!」

 

 機関銃が唸りを上げる。彼らに風穴を穿とうと叫ぶ。

 銃撃をバックステップで回避しながら、龍原深紅は楽しそうに笑んで。

 

「倒し方の予想。ついてるわよね茜ちゃん?」

「当然だ。あんなあからさまを見落とす程愚者ではない。そして僕は竜鳳司鏡夜だ」

 

 余裕綽々な彼らの眼前、レイジファントムが回転を始めた。

 ぐねる軌道で乱射される弾幕結界。

 

「残念でした」

 

 その悉くは障壁に阻まれて、彼らの体へは届かない。

 

「軽い物理攻撃ならあたしの領分。それしか能がないのなら千日手だって余裕だわ」

 

 障壁の角度を緩やかに変え、弾きながら、受け流しながら、舞踏を踊るように深紅は動く。

 目指す場所は決まっているとばかりに、その足取りに澱みは無い。

 そう、目的地は見えている。眼前の機械への対策も、勝利への道筋も、彼女の脳裏に組み上がっている。

 後はそれを実行するだけのイージータスク。完璧に予想済みのスケジュール。

 

 それを邪魔する誘導弾の道筋は、

 

「――芸が無いな」

 

 鏡夜の鋼糸が皆悉く打ち砕く。

 連鎖して爆ぜる爆炎花火。演舞に対する拍手のように鳴り響く。

 

「この世に在るもの悉く全て――断罪のイトに抗わさせない」

 

「素直にあんたのミサイルなんて怖くねーよって言えばいいのに格好付けて」

「沈黙れ。修辞を凝らさない言葉など吐き出した所で面白く無いだろう」

「あはは、まあそりゃそうよね、何時だって世界はその時動いてる奴が主役。

ならば観客に対しての自己PRは主役としての絶対の義務。つまらない言動ばっかしてたら打ち切られるわ」

 

 笑い廻って踊りながら、彼女はついに目的の切り札を発見する。

 入り口とは反対側の壁、破壊された掘削機械の残骸の中、埋もれるようにそれはあった。

 黄色と黒の警戒色でKEEPOUTと記されたそれは、侵入者封じのパネルシャッター。

 

                 ◇

 

 レイジファントムの感覚野は、紅い髪の少女の動きを捕えた。

 己の障壁の向こう側、KEEPOUTの隔壁を手にした彼女の意図を、CPUが演算する。

 幻思論の時代の推論機構は優秀だ。自由意志こそ持たないものの、思考力判断力については人間と同等以上を有している。故に並の人間が思いつくこと程度、当然の如くに看破する。

 

 理論式の相互矛盾狙い。

 

 この機体の透過性能は理論式の付与によって支えられたものだ。

 そしてあの隔壁にも理論式が付与されている。

 透過とは正反対の概念。破壊不能と進入禁止の防衛理論。

 理論式は確かに物理法則の上に位置する法則だ。透過の理論は物理的干渉の一切を阻むし、破壊不能の理論は分子結合など無視した硬度を物体に与える。

 どちらも互いに絶対防御。優劣勝敗一切無く、それぞれ己の無敵さを保つ。

 

 しかしそれはあくまでも理論上。物理法則に対してのみの優位性に過ぎない。

 

 つまりは理論の相互矛盾。権能となる理論式そのものがぶつかりあったとするならば、それぞれが打ち消し合って霧散する。そうなれば残るのは通常物理の結果のみ。

 幻思論の時代においては絶対でこそ有り得ないが、それでも十分過ぎる拘束力を持っている。

 

 そこから推論される龍原深紅の行動は単純明白。隔壁の投擲による物理攻撃でこちらを破壊する事を目論んでいるのだろう。

 鉄塊の一撃を食らった時の損傷率を計算する。この機体は透過に防御性能を割いている。

 その答えは試算するまでもなく致命的。奴等の勝機のただ一つはここにかかっているはずだ。

 

 己と同じく破壊不能の攻撃弾頭。銃撃による対処は無理で、つまりはそれが唯一の傷。幽霊を殺す銀の弾丸。

 

 しかし逆論。それを除けば自身は無敵だ。対応すべきは投擲のただ一つで構わない。

 そしてメガマキナの機体が内包するエネルギー総量は人体二つなどとは比較にならず、銃弾も物体生成による無尽蔵。致命打一種を対処出来れば、時間が勝利をこちらに与えてくれる。

 

「へぇ」

 

 紅い髪の少女の唇が動く。その手は既に必殺の武器を掴んでいる。

 収集データからの力量計測。視界範囲からの風量計測。限られたセンサからの情報を駆使し、勝利の方程式を導きだす。

 

「勝負と行こうじゃない演算機械。ちょっと便利な電卓如きに人類サマは負けないと、そのメモリーにゼロイチの形で刻み込め。せいぜいうちの熾遠の膝丈ぐらいに届いてから出直しなさいと、その残骸に書き付けてやるわ」

 

 犬歯を剥いて宣戦布告。狙うは中央ダーツシュート。一撃必殺で沈めてあげると視線に込めたその思い、幽霊機械は解しはしない。

 

 紅い少女は武器を持ち上げる。隔壁を背負うようにして投擲体勢。

 応じるように、幽霊機械も銃撃を止めた。計算結果を修正し、勝利を得ようと全力尽くす。

 一機と一人のその間、合意のように視線が交わされ、

 

                 ◇

 

 そして投擲が放たれる。

 黄色と黒の隔壁は、有する重量を感じさせず、流星のように飛んでいく。

 迫り、迫り、幽霊機械を貫こうと突き進み、

 しかし。

 

「――――ッ」

 

 刹那の間に、龍原深紅は舌打ちをする。

 意識の外から、視界の外から、妨害しようと飛ぶものがあった。

 白色をした直方体。記されたLGD四七七の形式番号。

 

 ――遠隔操作ロケットパンチ!?

 

 確かに奴の左腕はパージされた後見かけなかったが、まさか独立駆動しているとはと、

注意不足を彼女は悔やむ。しかし後悔などこの瞬間での意味は無い。己の手から離れた物体は、意思の作用など微塵も受けず、物理に従って動くのみ。

 

「――借り一つだ」

 

 そう、物理に従えば動くのだ。

 鏡夜の鋼糸が宙を疾走り、浮遊する鉄腕を束縛する。

 細い力の寄り集まりが、大質量さえも静止させる。

 

「透過理論を切り捨てたのが仇となったな。断罪の前に破砕しろ」

 

 だが。

 

 レイジファントムの左腕の五指が切り離される。鋼糸の切断ではなく自主的に。

 

「フィンガーミサイルっ!?」

 

 対応が間に合わない。空中の隔壁に、五指弾丸が衝突する。

 隔壁は破壊不能のオブジェクトだ。何の損傷も起きはしない。しかし軌道は大きく逸れて、レイジファントムから遠ざかる。

 

「ああ、もうこうなったら強引にやるっきゃ無いわね!」

 

 即座即決ハイステップ。障壁を階段状に生成し、深紅は空を駆け上がる。

 幽霊機械も彼女へ向けて、全力で弾丸のプレゼント。お祝いの紙吹雪のように届けてやろうと、全ての機銃が視線を向けて発射する。

 

 障壁による防御を繰り返しながら深紅は跳躍を繰り返す。

 落ちる前に掴み取ろうと、走り、走り、近づいて、

 

「――と、ど、けぇぇぇ!」

 

 届いた。

 掴み取ったそれを、強引に慣性を無視してフルスイング。

 狙い定めた投擲は、フリスビーが飛ぶように回転しながら幽霊機械へ迫っていく。

 

 しかし。

 

 がくり、とまるで崩れ落ちるように、レイジファントムが姿勢を崩した。

 重力落下よりも明らかに速く墜落する。それが示す事は則ち回避。定められていた照準から外れ、投擲は盛大に空振っていく。

 

 幽霊機械が深紅を見上げる。全銃口を彼女へと向け、終わりにしようと誘っている。

 見つめられている射線の先、彼女は口元釣り上げて―― 

 

「チェックメイト」

 

 直後。幽霊機械が爆発した。

 

                 ◇

 

 致命的な損傷に動きを止めながら、レイジファントムは自己の崩壊を感知した。

 己の身体に入った亀裂、それを産んだのは”背面に”刺さった隔壁の一撃。

 装甲を割り、回路を砕き、内部構造を稼動不能へと追いやっていく。

 出力を急速に低下させながら、無敵の機体は墜ちていく。

 

「一方的なコミュニケーションしかしたがらないから簡単な罠に気付かないのよ。グッバイさよならまた今度。リターンマッチはすぐで無ければ何時でもどうぞ」

 

「断罪の糸は天衣無縫。生滅を司れるのが貴様だけの特権だと思っていたのか」

 

 ジャスティス&スカーレットの視線に送られながら、幽霊機械は起きた現象を理解する。

 

 深紅が狙っていたのは自身では無く、その背後。

 存在を隠蔽しながら張り巡らされた鋼糸へ向けて、あの一撃は放たれていた。

 

 最初の一撃を回避されるのは織り込み済みで、本命はその後の第二撃。否、二発目を回避した所で、三発目、四発目、数え切れない程の乱反射が起きるように、鋼糸は部屋中を埋め尽くしている。回避は不能、逃げ場は絶無、つまりは文字通りのチェックメイト。

幽霊機械は動いた時点で、自らを詰みへと誘った。


 敗北を察した機体は吠える。蛇のようにのたくる触腕が、一斉に弾丸をまき散らす。

 しかし抗いは無駄である。しかし足掻きは無意味である。

 それら全ては悉く、現出した鋼糸に受け止められて、一発として届かなかった。

 

「――――」

 

 光沢を散らす繭の中、幽霊機械が破裂する。

 残骸が溶ける雪のように、鉄板の地面に染み込んでいく。

 

                 ◇

 

 決着を見届けた深紅は、呆れたように溜息をついた。

 強敵ではあったけれども、終わってしまえば関係ないと言わんばかりに彼女は毒づく。

 

「透過なんて防御手段使うから、どれだけの鋼糸が部屋に張り巡らされていたのかも見落とすのよ。張った鋼糸の存在と非在のオンオフがあったからって、まともな機械なら簡単に感知出来たでしょうに」

「物理物体を透過すると云うことは、情報の受信さえも放棄すると云う事だ。恐らくは光学センサ以外の感知手段を付与して無かったに違い無いだろう」

「あー、そういや幻影化でも無いのに目に映るってことは光の干渉は受けるのかアレ。てことは熾遠にレーザービームでも成形してもらった方が早かったかしらね。ビームサーベル一刀両断とか凄い格好良かったに違いないわ、ちょっと後でやらせてもらおうかしらね。熾遠?」

 

 黒衣の自動人形の名を呼んで、そして彼らはそれに気付いた。

 

「――あれ?」

 

 敵対存在の消えた部屋の中、乙女井熾遠の姿が無い。

 そして異常はそれだけでは無かった。

 

「――琉香ぴょん?」

 

 依頼人、時乃琉香の姿さえも、この空間から消えていた。

 

                 ◇

 

 ――機械の音がする。

 歯車。ピストン。シリンダー。螺子やビスに真空管。

 ヴィクトリア・スチームパンクを連想させる、古めかしい機器に一面埋め尽くされた空間。

 物理機構を過去の遺物と追いやった幻思論の時代に不似合いな、【無駄を芸術とする機械ルーブ・ゴールドバーグ・マシン】。

 アンティークに包まれた中、時乃琉香はそこにいた。

 

「…………」

 

 無言で押し黙る彼女の視線、その先には一人の男が居た。

 老いに染められた白い髪。真鍮細工のレトロな眼鏡。

 纏う白衣の背面には、血の色で描かれた雄鶏の紋様。

 それが何を意味しているのかを、ただの少女たる時乃琉香は知らない。

 しかし、しかし、一つだけ彼女は理解をしている。

 

 ――この男は、私の、敵だ。

 

「私は空朔望響クウザク・ボウキョウと言う」

 

 振り返った男は名乗る。異常なまでに優しい口調で、まるで猫をあやすように語りかける。

 

「話をしよう、時乃琉香君。――欺瞞と虚飾を打ち払う為の、真世界を拓く為のお話を」


【NeXT】

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