豆炭こたつと冬の花火

ましの

豆炭こたつと冬の花火

「本当に大丈夫なの?」

 私は心配になって運転席に座るサエにたずねた。

「心配しないでこの時期に雪が舞うなんて、よくあることだから」

 カラカラと笑いながら返ってきた答えに、私はますます不安になる。

 確かに、ちらちらと舞う雪がフロントガラスにぶつかっている。まだ昼過ぎだというのに外気温は三度ぐらいだろうか。ヒーターを点けているせいで窓ガラスが曇る。


 十一月二十三日。

 勤労感謝のその日は、毎年長野市で大きな花火大会がある。

 長野えびす講煙火大会だ。

 明治から続く歴史ある花火大会で、県内外から観光客が集まってくる。

 市内中心部を流れる犀川の河川敷で行われるため、夕方から夜にかけて道は渋滞を起こす。

 だからこそ、敢えて花火大会は日程に組み込まなかったというのに……。

「せっかくこの時期に長野にいるんだから、えびす講は観に行かないとダメでしょ」

 というサエの一言で、あっさりと予定は覆ってしまった。

 都会の喧噪から離れて田舎でゆっくり過ごすという私の計画は、あっさり断念することになった。

 まあ、もともとまともな日程など組んでいなかったのだが。


「大丈夫。準備は万端。ヒートテックにダウンジャケット、ニットの帽子と毛布。それから、こたつね」

 サエは得意げに、前を走る軽トラックを指さした。

 荷台にこたつを乗せて走っている。その様があまりにも滑稽で笑えてくる。

 花火大会に、こたつ。

 こんな組み合わせ、聞いたことがない。しかも野外で。

「暖かくしてないと風邪引くでしょ。だからこたつは外せないのよね。有料観覧席でもよかったんだけど、カイロと膝掛けしか使えないから寒くて仕方ないの。だったらちょっと見劣りしても、暖かい方がいいでしょ?」

「そう言う問題じゃないでしょ。こたつは論外でしょ」

 反論すると、サエは「大丈夫」と繰り返してニヤリと笑った。

 ハンドルを握る手に真新しいリングがきらりと光るのを見て、私は諦めて口を閉じた。

 学生時代の友人サエは、二ヶ月前に結婚したばかりだ。

 相手はなんとノルウェー人。

 オリンピックが縁で知り合い、二十年越しの初恋を実らせた。

 披露宴の招待状を受け取っていたにもかかわらず、仕事の関係でやむなくキャンセル。二ヶ月経ちやっと仕事が落ち着いてきたのを見計らって、彼女の住む長野にやって来た。

 今を逃したら、しばらく会うことは叶わないだろう。

 年が明けたらノルウェーに移るということだから。

 サエも、今回の花火大会はどうしても観ておきたいに違いない。


 駐車場から会場までは徒歩十分ほどだ。

 シャトルバスも出ているらしいが、さすがにこたつを持ってバスには乗れない。

 私は断熱シートと毛布を両手に抱えて、土手を上った。

 時間は午後三時を回ったところ。

 開場したばかりの一般観覧エリアの一角を陣取り、断熱シートを広げる。そこにサエの旦那スヴァインが抱えていたこたつを下ろした。

「タノシミデス」

 片言の日本語で微笑みかける彼に、私はぎこちない笑みを向ける。

 悪目立ちしているのではないか。

 そんな思いのせいで、素直に楽しめない。

 まだ明るい河川敷にこたつを広げるグループなど見当たらない。ほかの観覧客から好奇の目が向けられる。

 萎縮しそうになる私をよそに、サエがこたつの中にあんかを設置している。中身は豆炭だ。一度火を点ければ、七、八時間は持つらしい。電気こたつよりもずっと経済的だということだ。

「人目を引くから最初は恥ずかしいけど、こいつがあると無いとじゃ全然違うから」

 そう言って押し込まれたこたつは確かに温かい。

 さすが、魔性の暖房器具なだけある。まさかこんなところに登場するとは思っていなかったけれど。


 出店で調達してきた早めの夕食を摂る頃には、すっかりこたつにも慣れていた。

 周りにもちらほらとこたつを持ち込んでいる観客がいることが幸いしたのかもしれない。

「わたしたちは飲めないけど」

 前置きをされて差し出されたカップの中身は、ホットワインだ。

 リンゴの香りが漂うホットワインは、私のためだけにわざわざ水筒に入れて家から持ってきたらしい。

「別によかったのに」

「今回のゲストですからね」

 私の照れ隠しの言葉に、サエはにっこりと笑った。

 次はいつ会えるのかわからないけれど、きっとまた会いに行こう。

「今度はオーロラを見に行くよ」

 そう言うと、サエは「絶対に来てね」とうなずいた。


 すっかり日が暮れて凍えるような寒さの中で、ようやく花火が打ち上がる。

 寒空に開く光の花は、鮮やかに夜を彩った。

 くっきりと際立つ光に、心は既に虜だ。

 なかなか味わえないユニークな休日に、私はすっかり満足していた。

 豆炭こたつに冬の花火。なるほど、いいじゃないか。


 笛の音が、冴えきった大気の中に響き渡る。

 その音につられるように、雪の舞う夜空を見上げた。

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