第33話野蛮なる戦士カインと東京4

ヤクザも昔は、そのまま飲食店に行って、その場で店主に話をつければ、すんなりとミカジメ料を払ってもらえた。


今はそれも難しい。


何せ暴力団への規制が厳しい昨今では、カタギ相手に組の名前が入った名刺一枚出せば、脅迫罪が成立する。


刺青をチラつかせた場合も迷惑防止条例違反で、警察にしょっ引かれる。


柄の悪そうな何人かで押し掛け、食事を頼んで店に何時間も居座るという方法も一応はある。


例えヤクザでも、飲食店で飯を食うのは自由だからだ。


パンチパーマだろうが、小指が欠けていようが、悪趣味なサングラスをしていようが、それ自体は法的には何の問題もない。


ただし、店側にも入店拒否の自由がある。これは民法の『契約自由の原則』に基づく。


反面、店側が何の合理的な理由もなく、差別的に客を拒否した場合は無効になったり、不法行為と見なされる場合もあるが。


そんな具合にミカジメ料を払う方も払わせる方も、上手く法律の隙間を突いて何とかしようとしている。


ヤクザ側からすれば、いかにして捕まらずにミカジメ料を巻き上げるか、

店側からすれば、どうすれば商売に一番良いかを考える。


イカツい顔をした柄の悪そうな男達に居座られ続ければ、客は寄り付かなくなって店には閑古鳥が鳴く。。


となれば、店側はミカジメ料を払うべきか、警察に届けるべきか、弁護士に相談すべきかの選択が出てくる。


警察の場合は、生活安全課に行って話をすれば良い。


相談すれば、パトロール中に店に立ち寄ってくれたりするので、店に居座っているヤクザ達が立ち退く事も多い。


個人でやっている店なら、会費を払って防犯協会に加入するのもひとつの手だ。


警察の天下り組織と揶揄される防犯協会だが、ヤクザにミカジメ料を払うよりは安上がりだろう。


あるいはこう考えればいい。この会費は桜の代紋に支払うミカジメ料であると。


現代の日本において、自衛隊を除けば警察機関こそが最大の武力組織なのである。


なので常日頃から警察と繋がっているというのも暴力団対策になる。


また、弁護士に相談すれば法的な対策などを教えてもらえる。


法律を盾にすれば、ヤクザも天秤にかけて旨みがないと判断すれば、やはり店から出ていく。


ただし、どの選択肢をえらんでも基本は金がかかるのを忘れてはならない。


この世の中で無料と呼べるものは、空気くらいだからだ。


また、天秤にかけてもなお、旨みがあると判断されれば、店に糞尿をぶちまけられたり、動物の死骸を置かれたり、

看板やドア、窓ガラスを壊されたりといった嫌がらせを受けることもある。


あるいは金もなければ後先も考えないチンピラになると、相当無茶なことも平気でする。


刑務所に入れば箔が付くし、三食毎日食わせてくれるなら、万々歳だと思ってるような連中のことだ。


ろくにシノギも出来ずにホームレスするくらいなら、殺されるか、殺してムショにぶち込まれたほうがいい。


そういう腹を括った破れかぶれの人間ほど怖いものもない。


結局、どれが正解なのかわからないのが世の中だ。


サルトル辺りの哲学を齧ったことのある人間ならば、「人は自由の刑に処されている」とでも言うに違いない。


自由に判断し、行動するという事は、その結果に対する責任も負うからだと。


そして、そんな話とか別に今日もカインは細川と一緒に行動していた。


そう、社会勉強である。




細川の仲間の一人が、店の前を通り過ぎながら、周りに気づかれないようにローションを地面に垂らす。


仲間が離れるのを見計らい、細川が店に入るフリをしながら、思い切りドアを蹴り上げる。


安っぽいアルミ製のドアがべっこりとへこんだ。


「誰だァッ、こんな所にローション垂らした奴はよォッ、アブネエじゃねえかよォォっ!」


激しい剣幕で怒鳴り散らし、細川がわざとらしく足を押さえながら店内へと入る。


カインも細川と一緒に店に足を踏み入れた。


あらかじめローションを垂らしたのには理由がある。


建造物損壊罪で警察に捕まらないようにするためだ。


わざとドアを壊せば、建造物損壊罪が成立してしまう。


しかし、あやまってドアを壊してしまった場合は適用されない。


これは建造物損壊罪が、故意犯(自覚して行為をした者)を罰するように出来ているせいである。


特に地面が滑りやすくなっていて、転んだ拍子にドアを蹴ってしまったというのであれば、これは事故だ。


そうなると、むしろ誰が事故の原因を作ったかで変わってくる。


もしも、事故の原因が店側の不注意ということにでもなれば、逆に細川が詫び料を取る立場になるからだ。


受付から顔を出したファッションヘルスのボーイが、急いでやってくる。


「あの、どうかしましたか?」


「どうもこうもねえよっ、店に入ろうとしたらよ、ローション塗れになってて転んじまったんだよォっ、

オメエのとこの店のローションじゃねえのかァッ?」


傍から見ればミミッチイし、コスカライのだが、しかし、これが現実だ。


お世辞にも格好の良いものではない。映画や漫画のようにはいかない。


それでも、チンピラはチンピラなりに無い頭を絞って稼ごうとしている。


巻き舌になって、唾を飛ばしながら攻め寄る細川にボーイが少々お待ちをといって、奥へと引っ込む。


それから少しして、戻ってきたボーイに二人は事務所へと案内された。


事務所には店長と思しき中年男が、ソファに座っていた。


目を閉じたままで、タバコを喫っている。


「どこのチンピラか知らねえが、痛い目みねえ内にとっとと……」


そこでカッと目を見開いた店長の視界に飛び込んできたのは、カインの姿だった。


店長はすぐに悟った。これはさっさと治療費を渡して、帰ってもらったほうがいいと。


こうして細川とカインは、ホウボウから金を巻き上げていった。

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