第32話野蛮なる戦士カインと東京3

チンピラの細川は、しかしヤクザではない。


歳は今年で二十四になる細川は、いわゆる半グレだ。


だから暴力団の構成員ではない。


半グレ──カタギとヤクザの中間、白でもなければ黒でもない灰色の存在だ。


ヤクザなどの指定暴力団とは違うので、半グレに暴力団対策法の適用はされない。


有名なグループになると、警察庁から準暴力団に認定されたりするが、これもやはり暴対法の適用外になる。


というのも暴力団対策法は、都道府県公安委員会が指定した暴力団への適用を目的としているからだ。


同じように半グレは、暴力団排除条例のほぼ外側にいる状態でもある。


今の時代、ヤクザは減少傾向にある。代わりに台頭してきたのが半グレだ。


昭和三十八年の全盛期には、構成員と準構成員合わせて十八万人を誇っていた暴力団は、平成に入ると十万人以下に減った。


そのまま時代が進むにつれて、暴力団員は次々に消えて行き、今では四万六千九百人ほどにまで落ち込んでいる。


どんどんヤクザの数が減っているのは、単純に暴力団員になったり、続けていく旨みがないからだ。


今は締めつけが厳しいから、ヤクザはミカジメ料だってまともに取れない。


量刑喰らえば五割増し、厳しい上下関係に毎月の上納金と、臨時による義理事への出費、シノギだって下っ端には、ロクなものがない。


だからといって新しいシノギを見つけるのは厳しい。


今では民法の使用者責任問題もあるので、上の方からは喧嘩するな、やばい商売に手を出すなと、下の人間達は怒鳴りつけられる始末だ。


将来性はゼロ。これでは、誰だってヤクザになどなりたがらない。


シャブ中だって嫌がるだろう。全く割に合わないからだ。


そうなれば、細川のような人間は必然的に半グレ化していく。


カタギでやっていけるような男ではなく、だからといってヤクザにもなりたくないからだ。


何が悲しくてヤクザになどならなければいけないのか。


それが半グレ連中の心中だろう。


細川はSHIBUYA109の辺りをうろついていた。


特に何か目的があるわけではない。ただの暇つぶしだ。


いつも一緒にいる相方は、バイオハザードに出てくるタイラントのような大男に顎を割れてしまった。


そんな相方の田所は、現在入院中である。病院の流動食は、お世辞にも美味そうには見えなかった。


あんな化物を相手にしようとしたのが、そもそもの間違いだった。


そんな事を考えていると、不意に誰かが細川の肩を叩いた。


「誰だ、気安く俺の肩に……」


眉根を潜めた細川が、後ろを振り返った。


目の前には件のタイラントが立っていた。そう、蛮人カインである。




道玄坂にある居酒屋で、ふたりは一杯やっていた。カインが細川を飲み屋に案内させたのだ。


細川に拒否権はなかった。


細川が落ち着かない様子で、シルバーのピアスを弄り回している。


「どうしたのだ、そんなにソワソワして。安心しろ。お前を殺したり、怪我をさせるつもりはない」


立て続けにハイボールを飲み干しながら、口角を釣り上げてカインが細川に笑いかけた。


獰猛そうな笑みだ。それは端正で精悍な顔立ちと、荒々しい雰囲気が作り上げた笑みだった。


猫科の肉食獣が笑みを浮かべれば、こんな風になるに違いないと細川は納得した。


「それであんた、俺に何の用があるんだ。いや、それよりもアキオの居場所は?」


「あいつらの居場所なら知らん。あれから別れたのでな。お前に用があるのは、お前たちの仕事に興味があるからだ」


「俺たちの仕事に?」


細川はカインを見やった。目を細めてじっと観察する。サイズの合わないTシャツに真新しいジーンズ。


なるほど、カタギには見えない。というよりもまともな人間とも思えない。


「そうだ、協力してくれ。謝礼は払う」


そういうことであれば話は早いと、細川は頷いた。


腕っ節の立つ男を仲間に加えれば、得をすることはあっても損をすることはない。


少なくとも半グレという集団内では。


そして、目の前にいる男は規格外の強さを誇る。


見た目だって最高だ。そこに突ったっているだけで、喧嘩相手は勝手に萎縮するだろう。


「へへ、そういう事なら任せてくれよ、兄弟」


田所の方が気にかかるが、それは自分が取り持てばいい。


それに目の前にいる男の強さを一番知っているのは、入院中の田所本人だろう。


色々と揉める恐れもあるが、そういう場合は身内同士で喧嘩せず、話し合いと金で折り合いをつける。


身内同士で潰しあっても面白くはないからだ。


又、ここで男の申し出を断って、他のグループに入られても困る。


特に敵対しているグループなら最悪だ。


アキオ達を捕まえるのを邪魔されたが、それなら元を取るまで利用すればいい。


使い道はいくらでもある。


それにあの状況では、自分だって手を出しただろう。自分の身を守るために。


上の人間にもそこらへんの説明をすれば納得するはずだ。


そう、チンピラなりに計算しながら細川は、ここは俺の奢りだとバーボンとローストビーフを注文した。


「好きなだけ飲み食いしてくれよ、兄弟」


「ふむ、何だか悪いな」


「へへ、気にするなって。これから一緒に稼ごうって言うんだからよ」

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