#28 Complication

 玄関を開けると、容赦のない冷気が身体を包み込む。冬の寒さが想像以上に厳しい。

 地球はどれだけ寒くなれば気が済むのだ? その内大地が寒さに支配され、絶対的な氷の世界になりそうな気すらしてくる。


 薄暗い中を、一人で歩くのは少し怖い。これでも私は年頃の女の子、夜道を歩く心細さは否めない。

 でも、首に巻いているマフラーが守ってくれてる気がする。気のせいでも構わない。こういうのは気持ちと気の持ちようが大事なのだ。


 コンビニで飲み物とアイスを買った。カロリーが気になって、チョコレートはカゴに入れなかった。

 会計の時に、レジの向こう―――星があしらわれたパッケージの煙草を見て、誰かの顔を思い浮かべたのは、内緒。


 帰り道、例の公園に寄ってみた。


 特に何をしに来た訳ではないけど、時間はまだあるから。

 ベンチに腰掛けようとしたら、外灯を反射する何かが目に入る。地面に落ちているそれ。小銭かな? 貧乏根性で近づいて手に取ると、凄く見覚えのあるものだった。


 これは……ユキのライター、だよね?


 私が高校の入学記念に彼にあげたものに酷似している。というよりも間違い無く彼の物だ、ほぼ毎日見ている彼のライターを自分が見間違えるとは思えなかった。でも、どうして此処に?

 色々と疑問が浮かんだけど、とりあえずライターをポケットにしまう。これが本当に彼のものならば、明日にでも渡そう。落としたことについて多少の小言と鉄拳制裁を添えて。


 でも、なんで此処にあるんだろう? ユキは今この公園に居るの?

 推論とは程遠い思考が延々と回る。

 私が頭を悩ませていると、背後から声をかけられた。はい?


「お嬢さん、こんなに時間にどうしたの?」


 振り返ればそこに立っていたのは壮年の男性で、異様な雰囲気を持っていた。まるで、この世のものじゃない。失礼だがそんな異質な感じ。


「ちょっと散歩を…。では失礼します」


 ホームレスには見えないし、変態の変質者の類かな?

 急いでその場から立ち去ろうとすると、先回りされ行く手を阻まれた。


「この辺は危ないからね。送って行くよ」


 絶対良い人では無い。直感で解る。この人は危ない。絶対にまともではない。


「いえ、すぐ近くなんで大丈夫です」

「いや、本当に危ないんだよ。さっきここで高校生ぐらいの男の子が襲われたらしいんだよ。怖いよねぇ。鋭利な刃物でメッタ刺しだそうだ」


 背筋が凍る。帰りたいのに、身体が麻痺したように言う事を聞かない。

 男はそこで歯を剥き出して微笑んだ。犬歯というには鋭利過ぎるその歯はまるで砥がれた刃の様だ。


「まぁ、襲ったのは俺なんだけどね。そして、次の犠牲者は君なんだけど」


 男の身体が膨張と収縮を繰り返す。手首から先が不規則に跳ねる。顔が割れて、傷跡から無数の目が飛び出してくる。

 現実離れした装い。硬直、解放。

 気付いたら叫び声をあげていた。




―――――――――――――――
















「亜季子ぉっ!」











 遠くに見知った顔の知らない表情が見えた気がした。

 だって、彼のあんなに真剣な顔、見たことないよ。

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