#11 No Idea

 超常現象に巻き込まれた直後では流石に音楽など聴く気にはなれず、ヘッドフォンは首に掛かった無駄にデカいオブジェ兼アクセサリーになっている。

 故に店内放送と耳障りな喧騒をBGMにして、僕は大して良くもない頭をフル動員し、現状と今後について考えを巡らせていた。


 先程教室で体験した出来事を繰り返し反芻。


 あの招き声が消えるのと同時に震えも寒さもなくなった。身体はコントローラブルでフラットに近い状態になった。

 何ならばまるで――初めからそこには「何も」無かったかのように、違和の全ては霧か霞の如くさっぱりと消えたのだ。


 現在の僕は帰宅途中、超健康優良不良少年に憧れる身として――まっすぐ家に帰ることはなく全国にチェーン店を展開するハンバーガーショップで栄養補給をしている。

 チーズバーガーとセットで注文したポテトを齧りながら、色々と考えていたわけだ。これ、塩かかりすぎだな。塩分の過剰摂取は健康に良くないらしいのに…。


 まぁ、ジャンクで好きなんだけど。


 僕は無添加で味気ない食事を毎日摂って長生きするぐらいなら、添加物たっぷりで明らかに身体に悪いと思われるが美味しい食事を摂取したい。

 例えそれが原因で短命になろうとも構わない。今の所僕はそういう心意気で生きている!


……ごめんなさい、盛大に脱線しました。すみません。もし仮に列車がこんな感じで脱線したのならホント大事故です。ごめんなさい。


 気を取り直して、真面目に懸案事項を処理していこうか。


「彼女」は僕のことを「王子様」、そして「迎えに来る」とか言っていた。

 ちなみに僕が「彼女」を女性だと判断したのは、声質、雰囲気が男のものではなかったことと、もう一つ。


 彼女は僕を『王子様』と呼んだ事実。

 僕は男なので、同性からそう称されて欲しくないという一般常識からだ。というか同性には言って欲しくない。

 だってそんなの気持ち悪いだろ? 男性からのそんな声援は断固お断りします。ここは譲れませんのであしからず。


 ポテトと同様セットで付いてきた氷の多いコーラを一啜り。残量あと三分の一。


 どうやら彼女は王子たる僕をようやく見つけ、いつかは知らないが迎えに来るらしい。

 と言う事は、僕は何処かの国の王子様で、彼女は顔見知りで旧知の王族なのか? いや、もしかしたら知らないからこそ探すのに時間がかかり、『ようやく』と言ったのかも知れない―――違うな。僕のことを知っているけど、単に見付け出す行為に時間が掛かっただけかもしれない。


 あー、だめだ全然分かんねぇし、絞り切れない。そもそも使える情報が少なすぎる。

 そりゃあ夢想に似た仮定はいくらでも出来るけれど、そんなのは実に妄想的で正解を絞れない。こんなのいくら考えても意味がない。益体の無い妄言の域を出ない。


 考えがまとまらなくて、頭をボリボリ掻いていた僕はひとつ思い出した。彼女?


 僕と亜希子があの時出会ったのは確か女の子ではなかったか? 幼い僕らが桜の木の下で出会い、一緒に遊んだあの子は、確か女の子だ。ひょっとして彼女が―――


「アホらしい」


 余りにしょうもない妄想をしてしまった。

 名前も思い出せないあの子は、あの日遊んだだけの彼女は、今も何処かで元気に暮らしているだろう。

 あの冬の日にたった一回遊んだだけだが、きっと適当に幸せにやっているさ。学校で面白くもない授業を受けて、放課後や休日に友達と遊んで、家に帰れば暖かい家族とご飯があってさ。彼女は僕と同い年か、少し上ぐらいだったし今は高校生か大学生位のお年頃、おそらくは恋人だっているだろう。だからそんな彼女はきっとこの件に無関係な一般人だよ。


「疲れているのかもな」


 思わず弱音とも愚痴ともとれる言葉を独りごちる。


 なんせ今日はなかなかに非日常的だった。

 亜季子のこと。教室での恐怖体験のこと。折り重なる心労。

 固い背もたれに身を預け、ため息をひとつ。


 そう言えば、ため息をつくとその分幸せが逃げていくと良く言うけれど、一体僕は今日だけでどれくらいの幸せを逃がしたのかな? そして人生全体における総量はどのくらい?


 くだらない。

 そう吐き捨てると、再びため息が出る。あれ? やっぱり、ヤバいのかも。

 この短い時間の中で習慣化してしまったか? これ以上悪癖は要らないんだが。


 少しだけ不安になり、そんな俗説はくだらない都市伝説めいた寓話であり、科学的根拠など皆無であって欲しいと結構普通に強く思った。

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