6-3


 帰省休み明けの久しぶりの家庭教師の日。早川家のインターホンを鳴らすと、珍しく早川が出た。今の時期は大学教員も夏季休暇なのだ。


「ああ、黒柳くんか。どうぞ、あがって」


「お邪魔します……ってあれ、ましろは?」


 リビングにはノートパソコンを開いて仕事をしている早川の姿しかない。


「ああ、まだ学校から戻ってきていないよ。もう少しで帰ってくるはずだ」


「わかりました。……って、え? 学校!?」


 早川はにやりと微笑む。確かに中学生であればそろそろ二学期の始まりだが、問題はそこじゃない。ちょうどその時、玄関の方で「ただいま」という声がした。足音は二つ。玄関の方を振り返ると、制服を着たましろと弥生ちゃんがいた。白と紺がベースのセーラー服だと、やはりましろの肌の白さと髪色の明るさは少し浮いて見える。


「あ、旭くんもう来てたんだ。ちょっと待っててー。弥生ちゃんにライン教えてって言われたんだけど、携帯うちに忘れちゃったからさぁ」


 弥生ちゃんは申し訳なさそうに俺を見て軽く会釈した。いやいや、俺が気にしているのはそれじゃなくて。


「学校、行くことにしたのか……?」


 自分の部屋に行こうとしたましろが一瞬立ち止まり、振り返る。カーキ色の瞳は前よりも生き生きとしている気がした。


「旭くんがお休みの間何回かママのとこに遊びに行ったんだけどね、そのうちなんか話題ないなぁと思って。本とか、難しい話はよくわかんないって言ってたし。学校の話ならママも面白いかなと思ったんだよね。まぁ私はあんまり学校好きじゃないから、とりあえず弥生ちゃんと同じ不登校クラスだけど……」


「思い切った心変わりだな。でも、いいと思うよ。学校に行く理由なんてなんだっていいんだよ。行かなきゃいけないから行くよりはよっぽどましだ」


「ふうん。旭くん、なんか実感こもってる?」


 ましろは見透かすように俺を見た。早川の与えた思い込みから解放されても、やっぱり鋭い。


「まぁ、俺のことについては後で話すよ」


「うん。旭くんのこともママにはウケのいいネタだからさ、ちゃんと情報提供してね!」


 そう言ってましろは自分の部屋に入っていった。ネタ扱いか。それでも自分が少しでもましろと悠香さんの架け橋になっているのであれば少し嬉しい。


「弥生ちゃん、お待たせ。えと、ラインってどうやって友達追加するんだっけ? ほとんど使ったことないからよくわかんないんだけど……」


 ましろはすぐに部屋から出てきた。手に持っている携帯には、あのルービックキューブのストラップが今も変わらずついている。ましろは玄関で待つ弥生ちゃんの方へ向かっていく。しかし弥生ちゃんはどこか上の空で、一点を見つめて、何も言わない。


「……弥生ちゃん?」


 そう声をかけられてハッとし、弥生ちゃんはあたふたとましろと彼女の携帯を何度も見比べる。


「どうかした?」


「あ、あ、あの、うん……」


「ん」


「そ、そそ、その、す、ストラップ」


「ああ、これ?」


「あの、あ、あ、あの、それ……わ、わたしの、の、尊敬する人も、つ、つけてて」


「へぇ、お揃い? なんか嬉しいな。これ、私にとっても大事な人がくれたものだから」




 そう言ってましろは慣れた手つきで六面体のパズルを揃える。相変わらず白い面にはYとMの文字が刻まれていた。





*END*


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mashiro 乙島紅 @himawa_ri_e

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