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 ミッシェルとレイミアのいる客車の扉が開かれた。

 中に入ってきたのはウィンディとコールだった。

 ウィンディは、倒れているるミッシェルを見つけると駆け寄った。

「大丈夫? ミッシェル」

「ウィンディ? だめだよ、入ってきちゃ……まだ、終わってないんだから」

「でも……」

 起き上がろうとするミッシェルをコールが手助けする。

「大丈夫か、相棒」

「ちょっと力が入らないだけだよ。痛みもないし」

「お前、それって……?」

「おっと、言わないでよ。十分わかっているからさ」

 そう言ってミッシェルは、ニコリした。

「そうか……」

 コールは静かに頷くだけだった。


 その時、先の車両に続く扉が閉じられた。

 扉が閉められる一瞬、誰かの姿が見えた。

「レイミア?」

 ウィンディは、思わず追いかけ扉を開けようとしたが、鍵がかけられてしまったのか扉は開けることができなかった。

「レイミア、大丈夫?」

 ウィンディは、扉の向こう側に呼びかけた。

「ウィンディ……」

「心配したのよ」

「ええ、だいじょうぶよ。少し疲れただけだから」

「ねえ、ここを開けて」

「それはできない。いまの私の姿を見れば、きっとあなたは、私と友達ではいられなくなる」

「そんなことない、レイミアは、私の大事な友達だよ」

 返事はなかった。

 ウィンディは、扉を何度も叩いた。しばらくして声が返ってきた。

「いい事を教えてあげる、ウィンディ……あなたのパパとママは生きてるわ」

「え?」

「私たち吸血鬼ヴァンパイアの旅の食事用に暗示をかけて客車に閉じ込めてある。血を僅かに頂いただけで吸血鬼ヴァンパイアになっていないわ。目が覚めたらしばらく貧血気味になるでしょうけど、大丈夫。死ぬことはない」

「レイミアが助けてくれたの?」

「違う。言ったでしょ。私達は、あなたたち人間を食料にするつもりだったんだから。私は、ウィンディの事だって……」

 レイミアは、その先を言う事ができなかった。

 彼女の助けたのは、ほんの気まぐれのはずだった。けれど、ウィンディとの交流は、彼女が人間だったころ……何も知らない無邪気な子供だったころの記憶を呼び覚ましてくれたのだ。

 その記憶は、レイミアにとってとても心地よく得がたいものだった。

 そしてウィンディとのひとときは気持ちがあのころに戻ったような気持ちになれていた。レイミアは、ずっとこのままでいたかったが、それは叶わない事だというのも分かっていた。少しばかり予想と違っていたが心地よいひとときに終わりの時間が来たのだ。

「ウィンディ……お別れよ」

「なんで? どこかに行っちゃの?」

「私とあなたは、長く一緒にいてはいけない。住む世界が違うから」

「私の事、嫌いになった? レイミアの事を怖がったから?」

 必死で食い下がるウィンディの様子が少し可笑しくなった。

 こんな楽しい笑いはいつ振りだろう。

「さようなら……ウィンディ……私の友達」

 ドアの隙間からオレンジ色の光が漏れてくるとすぐに消えた。

 


 朝陽が照らす荒野の中、列車は、ゆるやかに速度を落とし始めていた。

 風に煽られ機関車全体から赤い錆が飛ばされていく。

 生き物のように艶のあった表面に今はその面影もない。

 やがて主を失ったこの異様な機械は動きを止めることになるだろう。

 目的の場所に辿りくこともなく……

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