1-3 港での出来事

 ラングドッグ号が出港してから、ラヴェリテは毎日、父宛の手紙を書いていた。

 航行中の船にいつ届くかも読んでもらえるかもわからなかったが、それでもラヴェリテは気にしていない。手紙は父に届くと思っているし読んでもらえると思ってた。

 以前、近所の子供に海の上にいる船に手紙は届かないんだと意地悪げに言われたことがあったがラヴェリテは……。

「届かないことを考えてもしかたがないでしょ? だったら届くって思って手紙を書いた方が楽しくない?」

 そう言って意に介さなかった。



「ラヴェリテーっ!」

 手紙も書き終えそうになったころ、屋敷の外から声から声が聞こえてきた。

 窓から顔を出すと近所の友達のクリストフだった。クリストフの後ろには同い年のジゼルやクリストフの弟のバジルなど2、3人の子供たちがいる。

 どうやらお誘いらしい。

「新しい船が入港したよ! 見に行ってみない?」

「新しい船?」

「外国の船みたいだよ。すごく大きいらしいって」

「うん! 行く!」

 ラヴェリテは書きかけの手紙を引き出しにしまうと急いで下に降りた。

「おじい様、おばあ様、出かけてきます!」

 そう言いながら居間にいた祖父たちの前を走り抜けた。

「こら、ラヴェリテ! もっと淑女らしく走り……いや、歩いていきなさい!」

 祖父は文句を言ったが、ラヴェリテは、家から飛び出た後だった。

 長椅子で編み物をしていた祖母は、その様子を見ながら笑っている。

「やれやれ……いったい、誰に似たのやら」

 祖父のフェルナン・ローヤリティ子爵は、ため息混じりにそう言った。

「いいじゃありませんか。元気があって」

「幼いときに母親を亡くしたからといって、お前が甘やかすからだぞ。イリーヌ」

「あらあら、私のせいですか? 幼いラヴェリテが船に興味を持ちだした頃、喜んで船や航海の本をたくさん買ってきたのはどなたでしたっけ?」

「そ、それは……わしだが……うむ」

「たしか、泣いて部屋に閉じこもりがちだったあの子が笑顔を見せはじめたと言って大喜びでいらっしゃいましたよね?」

「た、たしかにそんなこともあったような、なかったような……」

「私はラヴェリテが望んだ生き方に進んでくれればいいと思っているだけですよ。嘆いてばかりいるようでは叶う夢も叶いませんもの」

「しかし、そのラヴェリテは、あろうことか船長になりたいとなどど言い出しているのだぞ」

「船長。結構じゃありませんか。代々海軍であるローヤリティ家から帝国初の女の船長が出るなんて素晴らしいことですわ」

「海はそんなに甘いものじゃない」

「だからこそです。ラヴェリテはあれくらい元気でないと海に乗り出せませんわ」

「おまえなぁ……」

「あなたは、考えすぎなのですよ。もっとラヴェリテの好きにさせてあげなさいな」

「お前は楽天的すぎるのだ」

「ですから、あなたの妻としてはちょうどいいではないですか?」

 フェルナン・ローヤリティ子爵は、それ以上何も言い返せず、そっぽを向いてパイプ煙草を吹かすだけだった。

 妻のイリーヌは気にせず編み物を続けていた。




「ごめん、待った?」

 屋敷から飛び出したラヴェリテは、外で待っていた近所の友達たちにそう声をかけた。

「全然、大丈夫。それより、早く見に行こうぜ」

 子供たちは港へ向かった。

 丘から抜ける坂道を走り抜けると港への一本道にでる。あとは、まっすぐ港へ向かうだけだ。

 港へたどり着くと、いつもより賑わっていた。大きな船が入港したときはいつもそうだ。

 やがてラヴェリテたちは船の前にたどり着いた。

 3本マストの外洋船のようだが、少し帆の形が違う。甲板に見える乗組員たちの顔立ちも髪の色もどこか違う。

「東方の船だってさ。乗ってる人たちの髪の毛の色も瞳の色も黒なんだって」

 年長のクリストフがそう言った。

 子供達が物珍しげに見ていると、タラップから大男が降りてきた。

 ヒゲ面で熊のようにでかい。両手に抱えた袋の中には、いっぱいの果物が入っている。この辺りでは見かけない果物だった。

 ラヴェリテが興味深げに見ていると視線に気ついて大男がにこりとした。

 ラヴェリテも笑い返したが、男はよそ見をしていたせいか、タラップを踏み外してしまう。拍子に抱えていた袋の中から果物が転げ落ちてしまう。

 男は、袋を左手に持ち変えると空いた右手で落ちた果物を拾おうとした。

 ところが、大男のお腹はかなり出っ張っていて座り込むのもなかなか大変そうだ。

 見かねたラヴェリテが駆け寄って果物を拾ってやった。

「ありがとう、お嬢ちゃん」

 熊のような大男はにっこりと笑うと持っていた果物を一個差し出した。

「こいつはお礼だ。こっちでは手に入らない珍しい東方の果物だ。おいしいぜ」

「ありがとう!」

 ラヴェリテは礼を言って差し出された果物を受け取った。

 大男は、片目を瞑ってみせると、人ごみの中へ歩いて行った。

 ラヴェリテが貰った珍しい果物を見ていると、そばに同い年のジゼルがやってきた。

「ラヴェリテ、どうしたの?」

「うん。落し物を拾ってあげたら御礼にもらったの」

「変わった形ねえ」

「東方の果物なんだって。あとで分けて食べよう」

「うん!」

「クリストフたちには内緒でね」

 ラヴェリテは小声でそう言った。

 二人は顔を見合わせて笑い合う。

「ねえ、ラヴェリテ。ところであの噂聞いた?」

 ジゼルが言った。

「噂?」

「幽霊船」

「ゆうれい?」

「霧の中現れて通りがかりの船を襲ってるんだって」

「幽霊がなんで船を襲うの?」

「わかんない。でもこの港に出入りしている船も何隻か襲われたらしいよ」

「俺知ってるぜ」

 いつの間にかそばに来ていたクリストフが口を挟んだ。

 ラヴェリテは、もらった果物を後ろに隠す。

「それって海戦で沈んだ船の幽霊らしいよ。父ちゃんの話しだと、そいつらはまだ海戦が終わっていないと思ってるんだって。だから船を見つけると敵船だと思って攻撃するみたい」

「ふーん」

 ラヴェリテは興味津々で耳を傾けた。

「幽霊なんて怖いわ」

 ジゼルが言う。

「大丈夫よ。幽霊船が現れるのは海の上でしょ? それに船を襲う幽霊船なんて海軍がやっつけてくれるわ」

「ラヴェリテのお父さんが?」

「うん!」

「たしかにラングドッグ号なら大砲もたくさん載せてるし、頑丈だ」

「そうよ。海軍一の船よ」

 ラヴェリテは得意げに言う。

「でも、相手は幽霊船だからなぁ」

 クリストフは、意地悪げに言った。

「なによ! クリストフだってラングドッグならって言ったじゃない」

 とはいえ、ラヴェリテも内心、幽霊船相手では、海軍の軍艦でもやっつけるのは大変かも、と思っていた。

 できれば、ラングドッグ号が幽霊船に出会うことがないように……

 ラヴェリテは、心の中で祈った。




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