1-2 不穏な企み

 そのころ北方方面艦隊司令階ナヴァリノ・イグノーブル提督の元へ、ある報告が届けられていた。

「皇帝は、密かに北方王国との調停の為、使者を密か送りこもうとしておりますぞ」

 出入り商人のコメルサンがそう言った。


 提督の指揮するこの北方方面艦隊は北方王国トゥアール・ハーンを牽制する為に編成された艦隊で、帝国海軍でも最大規模の大艦隊でもあった。

 この艦隊を指揮するということは最大戦力を手にしているの同じ、つまり皇帝の次に力も持っていることでもある。

 そしてイグノーブル提督にはある野心もあった。艦隊だけでなく帝国そのものを手に収める野心だ。その布石として国の様々な機関に手駒を送り込んでいたのだった。商人のコメルサンもそのひとりだった。

「もし平和調停が成功すれば、北方方面艦隊は縮小、または解体となりますな」

 イグノーブル提督は思案した。

 コメルサンの言うとおり、国家間の緊張状態が緩和されたとしたら必要以上の戦力は減らされるだろう。そうなれば今の北方艦隊総司令官としてのイグノーブルの地位の価値は下がるか、消滅してしまう。それは皇帝に次いで帝国最大の権力をも失うことになる。

「それは危険な選択だな。皇帝は誤った考えをしておられる。北方王国トゥアール・ハーンに寛容であることは国を滅亡へ導くこととなる。北方王国トゥアール・ハーンはいずれ併合するか倒さなければならない国なのだ」

「おっしゃる通りで!」コメルサンは激しく同意した。

「私の属する商業組合も閣下と同じ考えです」

「海軍の者として、そのような愚行は止めさせるとこは義務といえる」

「さすがは閣下。私の情報では、使者は皇帝が個人的に親しい海軍将校の船に乗せて北方王国トゥアール・ハーンに向かうそうです」

「海軍の船か。なるほど、それなら調べがつけれるだろう」

「調べなら既についております。巡洋艦ラングドッグ号が急遽出港準備にはいったようです。恐らくこれが、使者を送る船ではないかと」

「ラングドック号か……」

「いかが致します?」

「国のために成すべきことをなすに決まっているだろう」

「それは、使者を捕らえて北方王国トゥアール・ハーンへ行かせないようするという事ですか?」

「少し問題がある。我が指揮下の艦隊を使っても使者を捕らえる理由がない」

「では、こうしてはどうでしょう。使者は、偶然にも不逞の輩に襲われ、消息を断つのです」

 提督はコメルサンの言った内容に興味を示した。

「その不逞の輩とは?」

「そうですな……いろいろと詮索されにくい者。人間でない者などぴったりでは?」

「人間はない者?」

「ええ、例えば幽霊船であるとか」

「おまえは、幽霊船などという魍魎の類に心当たりがあると申すのか?」

 コルメサンは意味ありげに笑う。

「商売をしていますといろいろと手合いと合う機会もありましてな」

「うむ……では、仮にその幽霊船が使者の乗る船を襲ったとしよう。我々は幽霊船を逮捕すべきかな?」

「良識ある提督ともあろう方が幽霊など、お信じになるのですか?」

「いや、私は神は信じても、幽霊などバカげたものは信じはしない」

「では、海軍が幽霊船を本気で捜索することは、その馬鹿げたこととなりますな」

「ああ、たしかにそのとおりだ。帝国の海軍がすべきことではないな」

「さすが、閣下です」

 コメルサンは、提督が同意したものと見なして話しを続けた。

「実は、私は新しい商売をしていまして、それには幾つかの商売上の許可と幾らかの資金が必要となります」

「それは、我が国の利益になることなのだろう?」

「もちろんです」

「では、融通を効かせよう。金も北方艦隊で融通しよう」

「それは、ありがたい。こちらにお寄りした甲斐がありました。それでは、私はその仕事の準備がありますので、これにて御暇いたします」

 コメルサンは、そう言うと椅子から立ち上がった。

「コメルサン。その新しい仕事とやらが成功するとよいな」

「はい、閣下と北方方面艦隊の為に必ずこの仕事は、成功させまする」


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