13-2 エイクスの目

 ケイシー・ルー大尉の魂がヴォークランに留まって以来、彼女には艦内で起きたことがほとんど把握できた。

 スクリューの動き、モーターの駆動、ハッチの開閉。

 まるで自身がMC-97型巡洋艦ヴォークランそのものになったような感じだった。

 ただし、コントロールは人工知能式管理システムA.I.C.Sが行っていて、ケイシー・ルー大尉の意志が反映することはない。

 


 ラヴェリテは、乗組員たちを艦橋に集めた。

 エイクスによるとヴォークランのレーダーが捉えた船団は、ラヴェリテたちと同じ進路をとっていると言う。

 となると、通り過ぎてくれるということはなさそうだ。

 このまま距離を保って進むか、無視して追い越すしてしまうかとなる。

 エイクス人工知能によれば、ヴォークランに搭載されている光学迷彩装置を使えば、船団のそばを気づかれずに通過できるという。

 この光学迷彩装置は、目視では容易に発見できない、というのがエイクス人工知能の説明だった。

 しかし、ラヴェリテも含め、多くの乗組員たちには、光学迷彩の意味が理解できずにいた。

「つまり……ヴォークランは、透明になれる、ということでいいのか?」

「はい、正確には、物質自体が消えるわけではなく、人間の目視による認識が非常にしにくくなるのです」

「目視……認識……?」

 アレックス人工知能の言葉に戸惑うラヴェリテにサジェスがメガネのズレを直しながら、説明をした。

「ラヴェリテ船長。姿が見えなくなるのは、失われた八百年前の高い技術の成果なのですよ。きっと我々の使っているものと全然、違うのだと思います」

「な、なるほど……」

 ラヴェリテは、一応、分かった素振りを見せるもののヴォークランの消えるイメージが想像できずにいた。

「エイクス様、われらの知識は八百年前の世界より劣っております。理解できない単語や専門的な言葉も多い。できれば、もう少し分かり易いお言葉で話していただけるとありがたいと存じます。その……子供でも分かるような感じで……」

 そう言ってサジェスは、ラヴェリテをチラリと見た。

「な、なんだ! その目は!」

「分かりました。子供でもわかるように要約してお話するように心がけます」

 エイクスは言った。

「恐れ入ります」

 サジェスは、声だけのエイクス人工知能に芝居がかった風に頭を下げた。

 ミラン号から乗り移ってきた船員たちの中で、この不思議な船に一番、順応しているのは、この詐欺師まがいの自称”発明家”のこの男かもしれなかった。


「ラヴェリテ船長。ご提案があります」

 エイクスは、ラヴェリテに言った。

「なんだ? エイクス」

「艦船の数は多いです。場合によっては、本艦が危険に晒される可能性もあります。念のため、偵察を出して脅威度の確認をしたらどうでしょうか?」

「偵察か……いいと思うけどどうやって偵察をする? 私達は、艦隊ではないから偵察用の船を出すこともできないだろうし」

「無人偵察機を使います」

「む、じ、ん……?」



 ヴォークランの甲板から三メートルほどのカタパルトが現れた。

 カタパルトはシリンダー式の調整機が角度を上げた後、搭載していた小型偵察機を射出した。

 偵察機は、瞬く間に高度を上げ、正体不明の船団を目指して上空を飛んでいった。

 目標の船団の上空に接近すると機体の下部に設置してある高感度広角レンズのカメラが下を行く船団に焦点を合わした。捉えた映像はヴォークランに送信される。


「船団を捉えました」

 ヴォークランの艦橋に集まったラヴェリテやエディス皇子たちの目の前の空間に船団の映像が投影された。

 映像が出たことに驚くラヴェリテたちだったが、特に興味深々でいるのは、サジェスだ。空中に浮いているように映されている映像画面を裏から見たり、横から覗き込んだりとしながらメモをとりまくっている。

「ちょ、ちょっと! サジェス! 様子が観れないだろ!」

「もうしわけない、船長。あまりにも素晴らしい仕掛けの為、もう落ち着かなくて……」

「オメエは、少し離れてろ」

 横にいたルッティがサジェスの襟をつかむとヒョイと持ち上げて画面の前からどかした。

「これは、ルッティ様……お手数かけます。これは多分、偵察に向かった空飛ぶ機械が見ている様子ですよ。すごいと思いませんか?」

「七十メートル級の木造船が七隻、百十メートル級の木造船が二隻で構成されています」

 コーレッジは、映像をじっくり見る。

「これは分かる……帝国のミストラル級巡洋艦だ」

 コーレッジはそう言って画面に映る船を指差した。

「てことは、この艦隊は帝国海軍だな。中央の船は……ミストラル級に似ているけど、違うな……補給船かな? だが、でかい船二隻は全然見覚えがないけど、なんだろう? 船から上がっている煙は。火災の煙にしては何か変な感じだし」

 そう言って百メートルを超える船を指差した。

「それは、恐らくデュプレックス級の新型装甲戦艦です。煙は新開発した燃焼機関からの排気煙でしょう」

「燃焼機関!? 帝国はついに燃焼機関の開発に成功したのですか! なんと素晴らしい!」

 サジェスは、興奮気味にそう言った。

「そして、中央の船は……うーん、もう少し形がはっきり分かれば……」

 エディス皇子がそう言った途端、画面に映し出されていた映像が拡大した。

 またも目の前で起こる不思議な現象に思わず声を上げる一同。

「これでいかがでしょう?」

 エイクスがは聞いた。

「え? ああ……いいよ。これでわかる。これは、ミノルカ号という外交使節専用の船ですね」

 エディス皇子は、映像の変化に戸惑いながら説明した。

「外交使節の艦隊……ということでしょうか? 閣下」

 コーレッジが尋ねた。

「恐らく、父上……皇帝は、私が死んだものと思って新たな使者を北方王国へ送る事にしたのでしょう。きっと私の船が沈められたのを教訓に今度は、海軍の艦隊の護衛付きで使者を送ることにしたのでしょうね」


 画面に映された船の上に文字が現れた。巡洋艦には”ミストラル級”、装甲戦艦には、”デュプレックス級”、ミノルカ号には、”ミノルカ”とそれぞれの艦に青い文字が表示された。

「おおっ! 文字が浮き出ている」

 ラヴェリテが新たな映像画面を覗き込んだ。

「登録したしました。これで各艦を認識しやすくなります」

「エイクスは、なんでも出来るんだな」

「恐れ入ります」

「さっき船が近くに見えるようになったが、もっと近くにできるのか?」

「可能です。拡大いたしますか?」

「うん! やってくれ」

 画面が拡大され、ミノルカ号の甲板の上の人間までハッキリと映し出された。

 エディス皇子は、甲板にいる人の姿を見て驚いた。

「アミカル……」

 映っていたのは、帝国の第一皇女であり、エディスの妹であるアミカルであった。

 船長らしき将校と何やら会話している様子が映っている。

「綺麗なお方だ……」

 コーレッジは、画面に映る金髪の皇女を見て思わずそう呟いた。隣にいたラヴェリテがムッとしてコーレッジの腕を叩く。

「痛て! な、なんだよ、お前は!」


「私の代わりに北方王国に向かっているのか……我が妹ながらなんと勇敢な。いや、無謀かもしれない」

 エディス皇子は眉間を押さえてそう言った。


「みなさん、艦隊に動きに変化があります」

 エイクスがそう言うと画面に映された映像が小さくなっていく。

「巡洋艦と装甲戦艦はミノルカ号を中心に囲むような防御陣形で航行していましたが、今は距離を徐々に広げています」

 ミノルカ号から艦隊が離れていく様子が映し出される。

「特に先行する装甲戦艦は、速度を上げてミノルカ号から距離を離しています。これでは、防御の役目が果たしにくい状態です」

「何かの作戦かもしれないけど……俺もちょっと気になる」

 コーレッジが言った。

 しばらくすると画面の状態が悪くなってきた。

「天候に変化がでています。濃霧の中に入りました。デュプレックス級、ミストラル級さらに距離を離しています。このままだと、あと数分でミノルカ号は孤立します」

 霧の海で孤立するミノルカ号

 その様子にエディス皇子もコーレッジも嫌な予感がしていた。

「もし、護衛の艦隊が開戦派の息のかかった者たちの集まりだとしたら……」

 エディス皇子は、独り言のようにそう言った。


「艦隊とは別の艦船が現れました」

 アレックスがそう報告すると、新たな画面が隣に現れた。黒い背景を星の様な光点がいくつか映っている。それぞれには”ミノルカ”や”ミストラル級”、”デュプレックス級”の文字が表示されている。

「こちらは、レーダーによる表示です。中心のマークが本艦を示しています」

 ミノルカと示されたマークに向かって艦隊の船と入れ替わるように別のマークが近づいていた。そのマークには”正体不明UNKNOWN”と赤く示されていた。

「濃霧の為、無人偵察機からは観測できませんが、大きさと熱反応は、デュプレックス級と酷似しています」

 エイクスはそう告げた。

「なにか嫌な予感がする……」

 画面を見ていたラヴェリテが呟いた。


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