第五章 お嬢様、幽霊船と対決する

ラヴェリテ船長、幽霊と遭遇する

10-1 退屈な航海

 ミラン号が帝国海軍アンゲルン・マリーンの駆逐艦を振り切り、ランディック島を出航してから数日後――。


 海は、視界は霧に覆われることが多くなった。

 目的の海域に近づくにつれて変化していく海の様子に船員の口数も次第に少なくなっていく。船内でやることも大砲の点検や弾薬の移動など戦闘に関わることが多くなっていった。

「で、どうやって幽霊船と戦う気なんだ?」

 ルッティがコーレッジに尋ねた。

「あの船とやりあった時に大砲の弾が当てる事ができたんだ」

「幽霊船に弾が当たったのか……興味深い話だな」

「ほとんど被害は与えられなかったけどな。それが炸裂弾だったら効果があったかもしれない」

「確かに従来の砲弾と違って炸裂弾は爆発する。でも、相手は冥界の船乗りって話じゃねえか。この世のものではない奴に本当に大砲の弾だけで大丈夫かね……」

「ああ、だから念のため別の手も考えた」

「別の手?」

「新しく乗り込んだヤツがいるだろ」

「サジェスってやつか? ありゃ確かに変わっている」

「あの変わり者がいろいろ知っていてな……」



「おお! なるほど、ここに……こう書くのだな」

 ラヴェリテは、砲弾にペンキで慎重に五芒星を書き入れた。鼻の頭には、白いペンキがついている。

「五芒星だけでは意味がないですよ。こことここに文字を書き入れるのです。ほら、これと同じように」

 そう言って、サジェスは、長い文章が書かれた紙を見せた。

「こいつは、聖なる書の一篇です。この一篇は、魔除けの詩篇です。これが書かれた砲弾なら、いかに冥界の者でも退ける事ができるでしょうよ」

「そうか、相手は冥界の者だものな」

「あと、剣の柄にも五芒星のシンボルと同じ詩篇を彫り込みましょう。さすれば剣の刃は、幽霊をも切り裂けるはずです」

「おお!」

 得意げにそう語るサジェスにラヴェリテは感激する。

「さあ、どんどん砲弾に書き込みましょう」

「よし!」

 ラヴェリテは、腕まくりをすると、砲弾に書き込みを始めた。



「新しく乗り込んだサジェスだっけ? あいつの言うことなんて信用できるのか?」

「それが、いろいろと知っていてな。幽霊船には呪文を書き込んだ剣や弾丸が効果があるそうだ。今、ウチの船長が一生懸命、その呪文とやらを書き込んでくれている」

「ほんとの話なのかね……」

 ルッティは眉をしかめる。

「そうか? 海水の濾過装置は、だったぞ」

「俺が言うのも何だが、あいつは詐欺師の顔つきだぞ」

「ああ、俺もそう思う」

「なら、砲弾にあんな呪文を書き入れたって効果があるかわからねえだろ。インチキくせえぜ」

「だけど、あの仕事をしているうちは、船長が大人しくしてるだろ」

「ん? ああ……そうか」

 コーレッジの言葉にルッティも納得した。

 船の上での時間は長い。

 一生懸命、コーレッジの手伝いや、他の船員の手伝いをしようとするのだが、たまに邪魔になってしまっている。

「ちょっとした苦情が多くてな。船長という立場上、乗組員が、どやしつけるわけにもいかないからさ。ちょっと扱いに困っていたというわけだ」

「なるほど。そこにラヴェリテ向きのちょういい仕事ができたわけだな」

 コーレッジの目論見通り。ラヴェリテは、幽霊退治のためならと、掃除や料理の手伝いより、ずっと夢中になってやっている。

 だが……

 十個ほどの砲弾に魔除けの呪文を書き込みをしたころ、ラヴェリテの集中力が途切れ始めてきた。ラヴェリテは砲弾の入った木箱の山をチラリと見る。

「……これ、どのくらいあるの?」

「うーん、あと百発分くらいでしょうかね」

 剣の柄に何か魔法的な意味合いの彫込みをしながら答えた。

「ひ、ひゃく……」

 ラヴェリテの顔がげんなりとする。

「さあ、どんどん、書いていきましょう! 船長。砲弾はまだまだありますよ」

「はあ……」

 ラヴェリテは、大きなため息をついた。


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