8-3 ミラン号の策略

 コーレッジの操舵するミラン号は湾内に入った。

 途中、出ていこうとする船と接触ギリギリですれ違った。

 後方からは、海軍駆逐艦デュプレックス号がピッタリと追尾してくる。

「船首! 海面の様子は!」

「浅くなってきてるがまだ行ける!」

 ジョルドゥが叫んだ。

「こっちは湾を知り尽くしてるんだ。見てろよ。駆逐艦め……」



「ミラン号! 湾に入りました!」

「袋の鼠だとはこの事だな。距離も縮まってる。逃がすなよ」

 スウィヴィ少佐は、望遠鏡でミラン号を追いながらそう言った。

 デュプレックス号は、ミラン号にさらに接近していく。

「艦長、少々右に寄りに過ぎているのでは……?」

 ミラン号が減速したのか、デュプレックス号との距離が急速に縮まっていく。

 スウィヴィ少佐は、これを好機と判断した。

「やつらは、船を捨てて逃げる気だ! だから減速してる。よし! 直前に捕まえるぞ! 白兵戦の準備をさせておけ!」

「白兵戦準備!」

 海兵がライフルや剣の準備を始める。

 ミラン号との距離があと僅かとなった時だった。

 デュプレックス号は、いきなり大きな揺れに襲われた。

 甲板の船員たちが船体にしがみついた。

 その後、揺れと共に船体が大きく傾いていく。船員の何人かが海に放り出された。

「座礁した! 艦が座礁したぞ!」

「落ち着け!」スウィヴィ少佐が一喝した。

「中尉、船体が壊れていないか確認しろ」

「アイサー!」

 スウィヴィ少佐は望遠鏡でミラン号を見た。ミラン号は何ごともなかったかのように湾の中を進んでいる。

「奴ら、知っていて……やられた、くそっ!」

 スウィヴィは、ようやくミラン号の罠を理解した。



 ミラン号の船尾から追跡してくるデュプレックス号の様子を監視していた船員が奇声を上げた!

「やったーっ! 駆逐艦が座礁しやがった!」

 コーレッジは操舵を一旦、別の船員に預けると、船尾に駆けつけて望遠鏡でデュプレックス号の様子を見た。

「よしっ!」

 全てはコーレッジの策略だった。

 ランディック島の湾内で海底の岩がせり出ている場所があった。港を出入りする多くの船長たちはこの事を知っているが、追跡に駆り出された帝国海軍の船長が知るはずもないことだった。

「よーし、いまのうちに取舵一杯! 湾を出るぞ!」

 コーレッジが操舵手に指示を出した。

「取舵一杯!」

 ミラン号が船体が傾き、左に大きく旋回していく。

 船員たちは皆、振り落とされないように慌てて右の甲板に移動していく。


 その時だ。

 船員のひとりが、ミラン号の進路方向に小さなボートがいるのに気がついた。

「そばにボートがいる! 近すぎるぞ!」

 それを聞いた操舵手は、ボートを避けようと横転ぎりぎりまで舵を切り込んだ。

 ボートとの接触は寸でのところで切り抜けた。

 が、しかし、ミラン号が急速旋回で起こした波がボートを襲う。

 一度目の波は、なんとか切り抜けた。しかし、二度目の波にはボートはバランスを崩し転覆してしまう。

「ボートがひっくり返ったぞ!」

 船員が叫んだ。

「どうする? コーレッジ」

 ジョルドゥが聞いた。

「岸までは近い。ボートの主には悪いが、泳いでもらおう。駆逐艦が態勢を立て直したらまずいからな」

「副長!」

 船員のひとりが慌てながらコーレッジのそばに飛んできた。

「どうした!」

「あの……その……大変です!」

 うまく言葉を伝えられないでいる船員にコーレッジが苛立った。

「落ち着け!」

「い、いまひっくり返ったボートなんだが……」

「それがなんだってんだ! 今はかまってられない。悪いが、乗っていたヤツには岸まで泳いでもらう」

「ち、違うんだ」

「だから、何が!」

「乗ってたの、うちの船長みたいだった。ラヴェリテ船長にそっくりだった」

 コーレッジが固まる。

「ラ、ラヴェリテが? なんで?」

「知らないよ! でもあれは船長だよ!」

 コーレッジは、慌てて海を覗き込んだ。

 ひっくり返ったボートに小柄な人影が泳いでいるのが見える。

「まったく……うちの船長は……」

 コーレッジは、上着の海軍制服を脱ぐと海に飛び込んだ。

「船を止めろ!」

 ルッティが叫んだ。

「そんこと言ったてよぉ、そう簡単には止まらないって」

「じゃあ、スピード落とせ!」

「スピードってもさぁ」

「アホか! ウチの船長と副長が海に落ちてんだぞ! さっさと止まりやがれ!」

「ルッティ、僕が言うよ」

 ジョルドゥがルッティを押しのけ上甲板に登った。

「マスト! ロープ緩めろ! 錨も降ろせ! 早く! 早く! 早く!」


 コーレッジは、ラヴェリテのところまで泳ぎ着くと溺れかけていた彼女をなんとか捕まえた。

「大丈夫か!」

 ラヴェリテは、コーレッジを殴りつける。

「コーレッジ! なんで私を置いてった!」

「わっ、こら! 暴れるなって」

「わたしだって、わたしだって……ミラン号の一員なんだぞ!」

「わかった、わかったから」

「私だけ、仲間外れになんかするな!」

「わかったって……悪かった」

 ラヴェリテはコーレッジに泣きじゃくってしがみついた。

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