第22話 紅亀少女

 馬車を走らせること数十分。ようやく街道を超えた俺たちは、さらに海岸線へ向かって馬車を走らせる。

 海の近くは潮の香りが鼻孔をくすぐり、波の音が耳に心地よい。海岸線まであと少しのところでデイノニクスが騒ぎ始める。

 「紅亀」はおそらくすぐそばにいることだろう。


「ゴルキチ、紅亀を見てくる。馬車を頼めるか?」


 馬車に誰にも付けずに離れることは非常に危険だ。紅亀が近くにいるので、盗まれることは無いだろうが、デイノニクスが「紅亀」を警戒してどこかへ行ってしまう可能性もある。

 「紅亀」の目の前までデイノニクスを連れて行ってもいいが、パニックになられても困る。なので、ゴルキチに留守番をしてもらおうというわけだ。


「本当に大丈夫なんだろうな?」


 ゴルキチが念を押してくる。ちゃんと説明するまで離さないといった様子で、腕をガッシリと掴まれた。

 心配から出る言葉なのは分かっているので無碍にもできないから、ちゃんと考えてることを伝えよう。


「ああ、まず観察からだ。万が一でも紅亀は動きが遅いから逃げ切れる。安心してくれ」


 納得してない様子だったが、ゴルキチは手を放してくれた。「天空王」からの情報だが、モンスターは基本ゲームシステムに縛られているらしい。

 となれば、戦闘用AIが使えるので問題はないだろう。紅亀はマニュアル操作で戦う必要がない。自動操作モードで戦闘可能な相手なので俺の判断ミスで不味い状態になることはないだろう。

 自慢ではないが、自動操作モードの勝率は百パーセントだ。完全なる予定調和を演出できる。安全性も討伐時間も圧倒的に自動操作モードが優れているのだ。



◇◇◇◇◇



 海岸線から陸へ少し上がったところに「紅亀」を発見する。

 海岸は岩肌が削れてできた海岸線で波が割に荒く押し寄せている。岩でごつごつした地面と荒野の境界線あたりに座す「紅亀」は、落ち着いた様子で身動きせず佇んでいたのだ。

 「紅亀」はその名のとおり、赤い甲羅を持つ巨大な陸亀に近い姿をしている。陸亀に似た姿であるが、何故か水陸両用で海中でも戦うことがゲームではできた。水中でも陸上でも「紅亀」の強さは変わらない。


 鈍重な動きは水陸変わらず御しやすいように思えるが、こいつもゲームでは数あるボスモンスターの一匹。そう簡単にはいかない。

 赤い甲羅はまれに水のカッターを噴出し、攻撃者に襲い掛かる。陸亀のような足には鋭い爪が付いており、これに踏まれると大きな傷を負うことは必須である。

 「紅亀」は体長約五メートル。体高は二メートル以上と中型のモンスターだ。注意すべきは水のカッターと攻撃する瞬間だけ早い前足での攻撃。

 もう一つ、初見殺しと言われる攻撃も要注意だ。奴は下方向へ水を噴射し、飛び上がることができる。

 飛び上がった後、空中での水のカッターと正確にこちらを追尾しつつ上に乗りかかろうとする踏みつけが脅威ではある。


 しかし、俺にはおそらく問題ないだろう。


 戦闘用AI起動。対紅亀 両手槍モード。


 問題なく戦闘用AIが起動する。つまりこの「紅亀」はゲームシステムに縛られた存在というわけだ。

 戦闘用AIが起動すると、自動でメッセージが俺に流れる。地形を読み取り、「紅亀」の全身を読み取り、自身の全身を読み取る。全ての挙動が戦闘用AIに取り込まれていく。


<全てのデータを取り終えました。戦闘用AI起動します>


 メッセージが脳内に流れると、勝手に体が動き始める。


 さあ、「紅亀」よ。俺の力見せてやる。

 あ、かっこよく言ったんだけど、俺は見てるだけだ......。見せてやるじゃないな。まあいい。幾多の「紅亀」を討伐した俺の戦闘用AIに恐怖するがいい。


 リベールは「紅亀」まで全力で駆けると、両手槍を正眼に構えそのまま「紅亀」の脇腹へ槍を突き刺す。「紅亀」の甲羅は硬く、リベールの槍は通らない。

 攻撃されたことでようやく動き出した「紅亀」は、怒りの咆哮をあげ攻撃者を見据えようとするもリベールが視界に入らない。

 リベールは弾かれた槍の反動を利用し、「紅亀」の背後に回っていたからだ。死角から槍を三度「紅亀」の柔らかい足の付け根に突き刺すリベール。

 「紅亀」は足を振ることで応戦するが、すでにリベールはその場にいない。また「紅亀」の脇に回ったリベールへ襲い掛かる足であったが、軽くステップすることで簡単にかわしたリベールは跳躍し、下向きに槍を突も硬い甲羅にまたしても弾かれる。


 空中に浮くリベールへ「紅亀」の水のカッターが飛ぶがリベールは、弾かれた槍の反動を利用し、さらに高く飛び上がり水のカッターは彼女のすぐ下を通過していく。

 槍を真下に構えたリベールは重力に引かれ、そのまま降下する。落ちた先は「紅亀」の甲羅の上だった。頭頂部の甲羅には継ぎ目があり、ここは通常武器は届かないものの、リベールのように反動を利用して飛び上がることで槍を届かせることができる。

 落下の勢いを乗せた槍が「紅亀」の頭頂部に突き刺さる! 

 もちろん継ぎ目を正確に穿っていた。


 絶叫をあげる「紅亀」はリベールを振り落とそうと暴れまわるが、その間にも二度甲羅の継ぎ目に槍を穿つリベール。

 しかし、「紅亀」の振り回しはすさまじく、甲羅から落とされてしまうリベール。落ちたリベールに「紅亀」の踏みつけが迫るものの、軽く上半身を後ろにそらすことであっさり回避してしまう。

 リベールが上半身を後ろに反らす動作は、実のところ槍を突く動作だった。ちょうど地面を踏んだ「紅亀」の柔らかい前足の付け根にリベールの槍が突き刺さる。

 踏みつける勢いの乗った足に槍が突き刺さったものだから、「紅亀」としてはたまらないだろう。


 「紅亀」の攻撃は全てリベールの次の攻撃に利用され、一方的に「紅亀」が傷をつけていく。まさにこうなることが決まっていたかのような戦闘風景であった。

 これこそ、戦闘用AIの真骨頂。完全なる予定調和だ。全ての攻撃を予測し、全ての体勢を読み取り、攻撃モーションでさえ回避となり、攻撃として突き刺さる。

 まさに反則と呼ぶに等しい自動操作なのである。


<戦闘用AI終了します>


 終了のメッセージが脳内ディスプレイに表示されると、体の主導権は俺に戻ってくる。自動操作モードは本当に安定している。一分の隙もないな。

 俺は一応「紅亀」の死体を確かめた後、ゴルキチの元へ戻ることにする。



 馬車に戻ると、ゴルキチがモヒカン数名に囲まれていた。一体何が起こったというんだ?

 しかしこれは、絡まれて脅されてるというよりは......尊敬されてる?


「ゴルキチどうした?」


 馬車に近寄り様子を伺う俺にゴルキチの助けて目線が突き刺さる。


「てめええ。兄貴になんて口きいてくれてんだ!」


 モヒカンAが突然、怒り始める。何なんだ一体!


「兄貴? ゴルキチが?」


 ゴルキチを指さしモヒカンAに尋ねる俺にモヒカンAはさらに怒り狂う。


「よせ、彼女はリベール。私の友人だ」


 ゴルキチがモヒカンAを制するが、モヒカンAは収まらない。

 これは何とかしないと。とっさに思いついた言葉はとても不味いものだった......


「わ、わたしはゴルキチの女だ!」


 これにモヒカンAは固まる。他のモヒカンも俺とゴルキチを交互に見た後、全員が集合する。


「すいませんでした! ゴルキチ兄貴の姉御とは知らず」


 モヒカンたちは一列に並ぶと、一斉に土下座してきた......なんかいろいろやばい方向に向かってる気がするんだが......


 そこへさらなる混乱が俺たちを襲う。やってきたのはまさに世紀末な男だった......。

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