あのころの街

実咲

第1話

空から白いものが落ちてきた。

さくらの花びら? 今 夏だよね?

空がまぶしく青い、木々が揺れながら光っている。

目の前にクジャクが羽を広げてる。クジャク?

あーそうだ、城址公園にいるんだった。

50歳の同窓会、彼が来ていなかったから、ちょっと思い出に浸りたくなって寄り道したんだっけ。

30年以上前、よく二人で公園の中の駄菓子屋で、お菓子を買ってくだらない話を何時間もしたっけ。子供のころ、この公園のことを[そうびんさん]って言ってたけど、どういう意味だったのかしら?

駄菓子屋に明かりがついている、まだやってるんだ、駄菓子屋のおばちゃん元気かな。中に人の気配がある。昔は子供達でいっぱいだったけど今は店全体が小さくさみしそうに見える、今のご時世といえるのかな。

店の中から30代くらいの女の人が出て来た、おばちゃんそっくり、娘?孫じゃないよね、あっ目があっちゃった、近ずいてくるよ、なんだろ。

「よしこちゃん一人で来たの?」えーと何で名前知ってるんだ、昔会ってるのかしら?思ったより年いってる?同世代?年を計算して頭の中がグルグルしている。私に向かってその人は「もうすぐ暗くなるから早く帰んな」って言って店の中に消えていった。50のおばさんになんていう口の聞き方なんだ、ホンワカした気分で思い出に浸っていたのに。二次会に行った方がよかったかな、もう帰るかと思って駐車場の方を見たら、車がない! なんで? もう一度頭の中がグルグルした。あっそうだ、歩いて来たんだっけ、子供じゃあるまいし、自分のバカバカと思ってももう遅い。

気持ちはブルー、さっきまであった真っ青な空が赤くなりだした、私の心みたいだ。

あきらめて歩きだした私を、誰かが後ろから追いかけてくる、小さい足音だ。 小さい足音、子供の足音だ、なんだか追われる気持ちで私も駆けだした、おばさんは走るのは辛いんだから、何メートル走っただろう、もうダメだと思った瞬間後ろから声がした、「よしこちゃん、なんで逃げるの?」という声にやっと振り向くと、どこかで見たことがある小学低学年くらいの女の子がいた。誰?ってやっと声に出すと「明日図工で使う葉っぱ取りに来たんでしょう」「今から早文に葉っぱを貼るノリ買いに行くんだ、一緒に行こう」と言って私の手を握ってその子は駆けだした、えーーもう無理!と思ったがまだ走れそうだ、[そうびんさん]のなだらかな坂を下り、車道を渡ったところで小学校が見えてきた、小学校のまわりはお堀の跡があり、ここも昔はお城だったのだろうか。

小学校の前の信号を渡るとすぐに早文がある、学校の先生たちもご用達の文房具屋さんだ、女の子は「じゃあね、また明日」と言って早文の中に消えていった、早文の中は子供達でいっぱいだ。

早文の前をすぎて坂を上ったところには結城一高がある。少し急な坂を上って行くと、トントン、パタパタカラーン、という音が聞こえてきた、結城紬を織る音だ、昔は町の中でもよく聞こえてきたっけ、友達の家ではおカイコさんを飼っていて、カサカサ?ムシャムシャ?なんて音がしていて、ちょっと怖かった、なんて考えながら歩いていたら、家についた。

家の門を入ると、えっ! わたしの家じゃない! 間違えた? イヤ、よく見ると見覚えがある、子供の時に住んでいた家だ、少し蒸し暑い空気の中、家に明かりが灯る、中にはおばあちゃんと今の私より若い母の姿が映った、家の中と外の世界が別々の世界のようにぼやけて見える。空気が淀んでいる、鼻から吸った空気が無性に熱い、母がこっちを向いた、まずい! と思った。何も考えずに駆けだしていた、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた気がする。

真っ赤な夕日の中に山が見えてきた、筑波山だ。

なだらかな山すそ、二つの山が交差して寄り添ってそびえ立っている姿。

結城筑波、結城から見る筑波山が一番美しい。

二つの山は夫婦にもたとえられる、仲睦まじく何百年、何千年変わらぬ姿で寄り添い支えあっているのだろう。

もうすぐ日が落ちる。


「よしこ、ここにいたのか」聞きなれた声がする。振り向くと夫がいつもと変わらず穏やかな顔で歩いてくる。

「同窓会終わったのか?迎えにきたら、お母さんがよしこが家の前を走って行ったって、実家がわからなくなって迷子になったか?」いたずらっぽく笑っている。「お母さんがあの子はきっとここにいるって、子供の頃一人でよくここで遊んでいたからって言ってね」

そう、レンゲの花がたくさん咲いたこの場所で寝転んで筑波山を見るのが好きだった。お母さん知っていたんだ。

夫の顔を見たら、胸がいっぱいになってしまった。

帰って来たんだ。この街に、大切な人がいるこの街に。

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