10.上がる上がる 上がって儲かる <2>

「アンナさん! 右に2体います! どっちも軽いから風系の魔法なら吹き飛ぶはずです!」

「オッケー! 任せておいてよ!」


 呪文を唱えると竜巻が起こり、敵のキノコ型のモンスターをぶわっと舞い上げ、地面に叩き付けた。


「ラージマッシュは通常15Gですけど……」

「30G落としていったわ。2体で60G」

 10G硬貨をヒラヒラと見せるアンナリーナ。


「2倍になったのか……確かに上がるペースが早いな。下がるときはもう少し経ってから半分とかになってた」

「魔王の力がそれだけ強まってるってことかもしれませんね……」

 袋にコインを入れながら、真剣な表情は崩さないレンリッキ。



 タストナ村に向かって歩き始め、丸5日。そろそろ村が見えてくるはずらしいが、やはり道の起伏が激しく、移動の時間は思った以上にかかる。


 少し多いくらいだったモンスターのゴールドはどんどん増えており、喜ばしい反面、どんな副作用があるか予測がつかないところが恐ろしくもある。



「ゴールド2倍か……あ、ちょっとだけ止まって。私、確かめたいことがあるの」


 そう言って、イルグレットが立ち止まる。そしてポケットから杖を取り出し、少し隆起した草むらに魔法陣を描く。

 なぞった先から白い線が引かれていき、出来上がった陣の中心に大量のゴールドを置いた。


「よし、行くわよっ!」


 ブツブツと呪文らしきものを唱えていると、魔法陣に煙が巻き起こり、お金がないときに散々待ち望んでいたゴールドゴーレムが現れ、近くを地響きと起こしながら歩き始めた。


「えっ、すごい! イルちゃん、どうしたのこのゴーレム!」

「前にいっぱい倒してたでしょ? そのときにこっそり仲間にしておいたのよ」


 俺達の知らないところでそんなことを……。

 でも、イルグレットが仲間にしているモンスターの数は、他のサモナーよりも多いらしい。仲間にするためには相手のモンスターが懐くかどうかも重要なので、そのあたりは彼女のスキルが高いことの証だろう。


「よし、いいわ。戻って!」

 合図と共にゴーレムは陣に戻り、シュウウ……という煙とともに消えていった。


「…………え? イルグレット、今何のためにゴーレム呼んだんだ?」

「召喚の対価になる金額も値上がりしてるのか確かめておきたくてね」

「それだけ!」

 どうしよう、びっくりするほどゴールドの無駄遣いの予感がする。


「80Gか……今のところ値段は変わってない、と。それにしてもゴールドゴーレム、やっぱり高いわねえ」

「なんでよりによってそんな高いの呼んだの! 値上がり確認するだけなら、もっと安い召喚獣で良かったでしょ!」  

「イヤよ。だって、ゴールドゴーレム仲間にしてること自慢したかったんだから」

「清清しいほど明確な理由だ!」

 そのドヤ顔を今すぐにやめろ!


「イルちゃん、ある程度お金は大事にしなきゃダメだよ。よく言うでしょ? 『2Gを笑うものは大概1Gも笑う』って」

「アンナリーナ、俺の知ってる言葉と違う」

 そんな当たり前なこと言ってる格言があってたまるか!




「着きましたね! あれがタストナ村です!」

 レンリッキが歓声をあげる。


 ステップトンよりもだいぶ大きな村、タストナ。遠くからも人の行き来が見えるその村は活気に溢れ、ここからでも商人やおばちゃんの声が聞こえてきそうだった。


「今は確か、2500Gくらい持ってるはずですよ。100Gコインもあるから数えやすいな……うん、そうですね、それ以上はありそうです」


 俺と女子2人で「すごい!」と思わず声を挙げる。

 敵のレベルが上がったのももちろんあるけど、やっぱり魔王の魔法の影響が大きい。歴代の勇者の倍は稼げているはずだ。


「レン君、ここって何か良い武具があるの?」

「はい、あの有名な『旅人の服』が売ってるはずです」

「あっ! アタシも知ってる! 先輩の魔法使いもオススメだったって言ってた!」


 旅人の服。防御力の高い獣モンスターの毛で編まれた防具で、幾つかの色が用意されている女子にも人気の高いお洒落な品。

 値段の割に効果が高く、旅中盤にはとても重宝すると、俺も先輩の勇者から聞いたことがある。


「よし、今の俺達なら買えそうだな。見にいってみよう!」

 今までの武具屋の中で一番広いお店。中に入ると、ひげのおじさんが剣の刀身を丹念に布で磨いていた。


「おじさん、旅人の服がほしいんだけど」

「ああ、今は買いどきだよ。通常250Gのところ、なんとたったの600Gだ」

「安くなったようなニュアンス出されても!」

 たったの、の使い方間違えてますからね!


「え、何、倍以上するの?」

「まあ人気の品だし、最近モンスターが落とすゴールドも増えてきてるんだろう? だから高値で買ってくパーティーも多いんだよ」


 まあそうだろうな。今のゴールド事情なら、倍でもみんな喜んで出すだろう。


「まあいいや、分かったよ。4着ちょうだい」

「ああ、ごめんな、実は品切れなんだよ」

「じゃあ先に言ってよ!」

 なんの意味があったんださっきまでのやりとりに!


「あの、いつ入荷するんですか?」

 レンリッキがメモの準備をしつつ尋ねると、おじさんは顎のひげを撫でながら小さく息を吐いた。


「いつ入荷になるか分からないんだよな、人気高くて。でも、中古で良ければすぐに入ってくると思うよ」

「中古?」


「ああ。最近はあんまり使わないで、買ってしばらくしたら売るヤツが結構いるのさ。まあ、こっちもすぐ売れるから、520Gくらいで買い取ってるんだけどな。昨日も4~5個まとめて買い取ったけど、またすぐ売れたよ」

「へえ、結構高値で――」



 そこで言葉を止めた。


 ちょっと待て、520Gで売る? しかもまとめ売り?

 待て待て、元は250Gだったんだから……



「おじさん、600Gに値上げしたのはいつ?」

 俺と同じ推察をしたらしいイルグレットの質問に、苦笑いする店主。


「ごめんな、実は昨日なんだ。一昨日までは450Gだった。思い切って上げても結構、売れるもんだな」

「やっぱり……」


「え、え、イルちゃん、どういうこと?」

 少し焦ったようなアンナリーナに、イルグレットは小さく首を横に振った。


「ある人が武具をたくさん買えば品薄になるわよね? みんなゴールドはたくさん持ってて、品薄の商品が少しくらい値上がりしても買うから、店はその武具の値段を上げる。そのタイミングで中古で売れば、高値で買い取ってもらえる」


「え、じゃあそれって……」


 俺は彼女に視線は合わせず、空きの多い棚を見ながら答える。


「わざと値段を吊り上げて売ってるってことだ……」


 ゴールドがあっても、欲しいものが売ってなければ買えない。


 その欲しいものは、新たなゴールドを生む手段になっていた。

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