10.上がる上がる 上がって儲かる <1>

「待て待て、レンリッキ。本当にソードホークは20Gなのか」

「はい、間違いありません。僕が師匠からもらった『完全攻略! モンスター全集』にも書いてあります」

「その本すっごく欲しいんだけど」

 市販されてるの? 道具屋で買える?


「どっちかよね。レン君のその本が間違ってるか、あるいは……」

 言いながら、デュアルアローに2本の矢をセットするイルグレット。


「シー君、右に避けて!」

 飛び退くように右に移動すると、今まで俺がいた場所を矢が仲良く走り抜ける。

 その2本は、黄色くてプニプニした、どこにでもいるあのモンスターを美しく貫通した。


「スライムが……5G」

 落ちたゴールドを拾う彼女。


 普通は3Gのはずが、5Gになっている。やっぱり、レンリッキの情報が間違ってるわけじゃない。

 何かの事情で、モンスターが落とすゴールドが増えている。そして、その事情とは恐らく。


「魔王の魔法ってことよね、イルちゃん」

「そうね。どういうつもりか分からないけど、今度はゴールドを増やしにかかってるらしいわ。レン君、あの石、貸してくれる?」

「あ、はい!」


 彼女に報告しなくちゃね、と言って、声霊石に手を翳す。緑と黄色の混じったような光が石を包んだ。


「ドラりん、聞こえる? イルグレットよ」

「ああ、聞こえるぞ。ひょっとして、ゴールドが増えたって話か?」

「さすが王国直轄の経済省、情報が早いわね」

 イルグレットは口の左側をクッと曲げて苦笑いした。


「異常事態だし、次々に報告が来ているよ。もっとも今回はそんな悲痛な声じゃないけどな」

 そうだろうな。モンスターが落とすゴールドが増えたなんて、むしろ良いニュースだし。


「想像はついてるだろうが、経済省としては魔王の力に拠るものだと判断している。しかも今回は減ったときより厄介だ」

「厄介……?」

 俺がその意味を図りかねていると、彼女はすぐに種明かしを始めた。


「落とすゴールドは、今でも増え続けている」

「……は?」


「ゴールドが下がったときも、2,3回下がっただろ? それと同じことが今回も起きてるってことだ。ただ、今回はそのペースが異様に早い。それに――」

「下がる方と違って終わりが見えない、ってことですね」


 遮って続きを話したレンリッキに、ドラフシェは「その通りだ」と幾分笑うように頷いた。


「レンちゃん、どういうこと? 暑いときに服脱いでいくと限界があるけど、寒いときなら幾らでも着込めるってことに近いのかな?」

 その例えがすぐ出るって天才の類かよ。


「え? あ、あの、え? アアアアンナさん! ぬ、脱ぐって、あわわ……」

 秀才レンリッキ。しかし彼はこういう突発的で、しかもお色気の香りがふんだんにする会話には弱いのである。


「ぜ、ぜぜ全然違いますね! 下がるゴールドは、上がるのが、天井で、服も、増えて、天井が、脱げないってことですから!」

「合ってるでしょ! 後半の説明まったくワケ分かんないし!」

 天井が脱げないって何なんだよ!



「そんなわけで、今回も勇者や村にどんな被害が出るか分からない。気をつけて冒険してくれ。シーギスルンド、お前くらいの力だと、そろそろ限界なんじゃないか」

「なんか少しずつ言い方がキツくなってませんかね!」

 だいぶ直接的になってるぞ!


「ふははっ、まあ幼馴染の冗談だと思って聞き流してくれ。みんな、連絡ありがとう。また何かあったら報告してくれな」

 通信が切れ、声霊石の光が止む。全員でしばし、黙り込んだ。


「シー君、落とすゴールドが増えることで、困ることってあるのかしらね?」

 ややあって口を開いたイルグレットと目が合い、首を横に振った。


「正直分からない。俺達の持ってるゴールドが増えれば、買い物も増えるだろう。これまでと逆になるはずだから、そうすると武具や宿屋が値上がりするってことだ。でも、ゴールドはいっぱい稼げるわけだから値上がりもそんなに気にならない……」

 自分なりに精一杯考えても、「モンスターが落とすゴールドが減って、全国民が汲々とする」よりは良いように思える。


「僕も分かりませんが……悩んで立ち止まっても仕方ありません。タストナ村に向かいましょう」

「そうね、レンちゃんの言う通りっ! アタシ達の目標はあくまで魔王を倒すこと!」


 進め進め、とアップにしたオレンジの髪を軽く揺らしながら走り出す魔法使い。

 彼女のこういう性格に、パーティー全体が前を向いて引っ張られるのは、とてもありがたいことだったりする。


「あ、そうそう、シーギス。アタシさっき、暑いときに服脱いで、寒いときに着込むって話したでしょ?」

 振り向いて、笑顔のまま訊いてくる。


「ん? ああ」

「あれとゴールドが一緒って、つまりどういうことなの? 寒かったらいっぱい着込めば良いじゃない?」

「結局分かってなかった!」


 落とすゴールドが青天井に増える可能性がある、ということを、冷静になったレンリッキが分かりやすく説明してあげました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る