死者の夜明け


 クリスマスの朝。


 街全体はうっすらと雪化粧で白く染まっていた。


 結局、あれから少しして雪はやみ、朝は何事もなかったかのように明けた。


 そう。この世界にとって、実際何事もなかったのだ。存在しない筈のサンタクロースが一人、存在しなくなっただけ。


 疲れ切ったぼろぼろの姿で恭太郎は、河原のベンチに腰掛けていた。手入れもされていないベンチは座面に渡る角材はガタガタで、一列は角材そのものが失われて空列になっており、座り心地も何もなかったが、今の恭太郎にはどうでも良かった。


 ここは、恭太郎がエイトと出会った河原だ。


 あれからそのままふらふらとここにやって来た恭太郎は、呆然が服を着たような有様でただ座わり、冬の朝の冷たい空気の下をたゆたう郊外の河の流れをぼんやりと眺めていた。


 墜落した女サンタの愛機は何者かに撤去されていた。地面に何か擦ったような跡はあるものの、あの特徴のある小型ステルス機は影も形もない。実働サンタとは別に、トラブル対応班でもいるのだろうか。だがそれも、今の恭太郎にはどうでも良かった。


 彼の脳裏では、一人のサンタクロースの、昨晩の色々なシーンが繰り返しリピートされており、その耳の奥では、冷静でありながらどこか柔らかい彼女の声が、たった今聴いたばかりかのように木霊していた。


 そしてそれらがぎゅっと一つに収縮して、闇の中を落ちて行く彼女になった。手にはナイフ。口元には慈愛の笑み。闇の底に灯る、小さな蒼い焔。


 恭太郎の左の頬を、一筋の涙が伝う。


 なぜ諦めた? 

 なぜ命を捨てた? 

 なぜ、最期に微笑んだ?


 様々に胸を渦巻く疑問の答えを得る機会は、あの焔とともに永遠に──。


 その時、目の前が真っ暗になった。


 精神的な話ではない。誰かが後ろから恭太郎の両目を、掌で塞いだのだ。


「私は誰だ? 当ててみろ」


 軽くパニックになりながら恭太郎は立ち上がろうとした。だが、後ろの人物は頭全体を両手で掴むように目隠しをしており、しかもかなりの力で抑え込んでいて、それを許さなかった。


「まだ答えを聞いてない。民間社会融入プログラムのマニュアルでは、名前を当てられたら目隠しを外す遊び、となっていたぞ」

「エイト! オナメント・エイト! 無事だったのか⁉︎ なんで⁉︎」

「君と昨夜プレゼントを配って回っていたのは、私に似せて作られたデリバリードロイドだ。サイバネティクスとバイオテクノロジーを融合させたマスタースレーブ型の遠隔操作アンドロイド」

 説明しながらも、彼女は恭太郎の目隠しを外さない。

「つまり燃えたのは、エイトが操作してたエイト型のロボット?」

「そうだ」

「お前自身は無事? 無傷なんだな?」

「始末書を課せられはしたがな。九十六時間の休暇の後、可能な限り早く、と」

「良かった……良かった……俺は、てっきり……お前が……」

「状況がひっ迫してたとはいえ説明するべきだったな。私のミスだ。余計な心配を掛けてすまない。今回のようなイレギュラーがなければ、配送担当の実働サンタクロースがマスタースレーブ型アンドロイドであること自体、機密事項なんだ」

「う……う……う……」

「また泣いてるのか恭太郎。涙もろい奴だ」

「うぅ……うるへー。名前は当てただろ。目隠し、やめてくれ。あんたの普段着姿が見たい」

「……まだ正解してないぞ。オナメント・エイトは私のサンタクロースとしてのコールサインだ。私個人の名前ではない。そしてデブリーフィングを終えて休暇に入った私は、サンタクロースではない」

「そりゃまあ……理屈だが」

「さ、答えて見てくれ相馬恭太郎。私は誰だ?」


 そう問うと彼女は、彼と出会って初めて見せる若い女性らしい悪戯っぽさで、クスクスと楽しそうに笑った。


 恭太郎も笑った。

 泣きながら笑った。

 二つの温かな掌に目隠しされながら。

 答えられるわけがないのだ。


 彼女が誰かと問われても彼は、サンタである彼女の本当の名前を知らない。





*** 終 ***

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彼女が誰かと問われても彼は、サンタである彼女の本当の名前を知らない 木船田ヒロマル @hiromaru712

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