宇宙人、東京に現る。

Gの預言者

宇宙人、東京に現る。

それは突然現れた。

都心をすっぽりと覆う巨大な雲のように私たちの上に姿を現した。だが間違いなく雲ではなかった。地上は闇に包まれ、真夜中のようだった。


「ママ、あれ何?」

「なんでしょうねえ、大きな飛行機かな?」

「えー、でもアレ、ボコボコしてるよお?」

それの表面には様々な形の突起があって、それらは一つ一つは全くバラバラである。しかし、地上からそれらを全体としてみると、なぜか調和のとれた配置であるように感じる。とてつもない大きさであることにもまして、その形状に私は人類の文明とは異なるものを感じた。私は今日、宇宙船というのを初めて見た。


突然の非日常に人間は反応する術を持たない。私はただ唖然とそれを見上げていた。その異様さに驚くほかに何をすべきか考えられなかった。

「ねえ、おうち帰ろうよお。」

娘の言葉で我に返った。そうだ。とりあえず家に帰ろう。

「そうね、帰りましょうか。」

娘と手をつなぎ、保育園からの帰り道をたどった。



「政府としては早急に不明物体の正体を解明するため、力を尽くしていく方針であります。航空自衛隊のヘリによる調査ではミサイルなどの攻撃兵器が搭載されている様子はなく、特別対策委員会の専門家からは攻撃の意思はないとの見解も示されています。ですから国民の皆様には引き続き新たな情報に注意しつつ、安全な場所での待機を…」

首相は緊急会見を開き、事態解明に対処することを発表し、どのテレビ局もそれの情報を流していた。だが事態を正確に把握し対処した機関、いや人間は全くいなかった。誰もがそれが何かを感じ取っているはずなのに、誰一人として危機感を訴える者はいない。いや、というよりも危機感を抱ける人間がいなかったのだ。遠巻きに見て、あるいは写真を撮るなどして不思議がることぐらいしか人類には為すすべがなかった。

「ママー!ゴリンマンやってないよお。」

娘が嘆いている。特に子供達にはそれが顕著であるようだった。

「ねえ、アレが怖くないの?」

「うん、怖くないよ。だってお腹が空いてるだけだもん。」

「お腹が空いてる?」

「だってお腹が空いたら動けないよ。」

「そう、お腹がねえ。」

「うん、そうだよ。あっママ、わたしもお腹空いた!」

「はいはい、じゃあ今から焼きそば作るからね。」

子供にはそういう風に見えるのか。私は驚いた。やはり発想力が大人とは違う。大人のように思考停止に陥るというよりは、彼女らなりの根拠に基づいていつもと変わらずに過ごそうとしている。案外、子供の直感は当たっているのかもしれない…ぼんやりとそんなこんな考えながら、焼きそばをつくる。

今日は小松菜を沢山入れよう。それから、卵を使うのも良いかもしれない。色々考えた上で小松菜の塩焼きそばに決めた。


「ほら、できたわよ。」

「はーい!」

「ちゃんと、手を洗ってね。」

「うん。」

娘が洗面所へ走って行く。私は先に食卓についてまたテレビをつけた。

「ご覧ください!何らかのサインでしょうか、物体に幾何学的な模様が浮かび上がっています。私たちに何かを訴えているようにも感じます…。」

娘が戻ってきて、食卓についた。

「じゃあ、食べようか。」

「いただきます!」

「いただきます。」

娘が美味しそうに頬張る。ホッとする。やっと私の意識も日常に戻ってきた。

「そうですねえ、今回の件、中西教授はどのようにお考えでしょうか?」

「あれは間違いなくUFOです。ですからね…」

チャンネルが変わる。

「政府見解ではですね…」

また変わった。

「では中継を繋いでみましょう…」

ピッピッピッピッ、チャンネルが目まぐるしく変わる。

「こら、テレビで遊ばないの。」

「ええ、ママわたしじゃないよ。」

じゃあ、誰がやったと…

その時、部屋の電気が消えた。いや、私の家だけではなかった。

東京が静止した。


「ママ、お外きれい!」

娘が興奮気味に窓のそばから私に呼びかける。例によってぼんやりとしていた意識が戻される。私も窓から外を見た。

そこにあったのは東京ではなかった。

ネオンというネオンがまるでひとつの生命のように光の波をつくっていた。人類史上最も巨大なイルミネーションだった。それはもう神秘的である。いつもは無機質なビルや住宅街、工場地帯が未知なる神秘の眠るダンジョンに変わったのだ。私は東京にいながら東京を知らないでいたことを知った。



数時間後、彼らは去った。何も奪わず、何も残さず地球を後にした。何が目的だったのか、結局彼らは何者だったのか、それらの疑問は一月以上たった今でも何一つ解決されていない。ただ、あの情景を目にした人々にとっては何かが変わったのは間違いない。

それが何かは説明するのは困難で、実際に感じる他ないのだと今は思う。だから私は写真を撮り続けている。全てを知ればそれは自ずと明らかになるだろうと確信している。

空になった焼きそばの皿の写真が入ったカメラを片手に私は今日も東京を行く。

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宇宙人、東京に現る。 Gの預言者 @Asosaro

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