僕と『キタガワユキ』の関係。

鈴木翔人

第1話

この暑さ。やけに暑い。この暑さ。 

僕。17歳。高校二年生。名前はまだない。いや、ある。

それにしても、暑い。

いや、名前。

名前は佐藤洋輔。


ほら、普通だろ。

だから言いたくなかった。


成績は中の下。運動はからっきし。

バスケ部の幽霊部員。

これと言った特技なし。

昨日も声優のラジオを夜中まで聞いていた。ので眠い。

彼女?それを聞くかね?


彼の名前はかっこいい。北川由紀。キタガワユキ。

逆から読んでもキユワガタキ。

百人乗っても大丈夫。

んなこたない。

一人乗っても壊れそう。


キタガワユキは女の子みたいだ。肌も白い。

勉強もできる。性格もいい。可憐。

部活は入ってないないみたい。体力はなさそう。

彼女は?いるんだろうか?わからない。

あまり喋ったことがない。

グループが違う。顔も違う。頭も違う。諸々違う。

寧ろ同じところが少ない。

髪質も違う。なんかサラサラしてるし。

僕はゴワゴワしている。


かろうじて同じ人間ということくらいだろうか。

同じ歳。同じクラス。というのも追加。かろうじて。


神よ。おお、神よ。

狼よ?大家 美代。誰やねん。


不公平ではないか。人生。




今。授業中。理科。

先生の言っていることはまるで呪文。のようだ。

入ってこない。


キタガワユキはノートに何か書いている。

真剣な眼差し。前の方。席が。

僕はそれを見ている。窓際。


キタガワユキも呪文を書いているのだろうか。

それとも昨日やってた深夜アニメの萌え絵か?

それはない。それはない。


うなじから垂れる一粒の汗。キラリと光る。

シャツは薄く。透き通るような地肌を映す。

細い腕。きれいな指先。長いまつ毛。高い鼻。薄い唇。

シャーペンもオシャレ。

今この瞬間。

この世のすべてがキタガワユキのために存在しているようだ。



「キーンコーンカーンコーン」

この音。

ホントに「キーンコーンカーンコーン」か?

わからないけど授業は終わる。


起立!礼!解散!

クラスメイトは散る。


この光景何処かで見たような?

顕微鏡で見た精子か!昔テレビでやってた。

んなこたどうでもいい。

僕は机に突っ伏す。


「佐藤くん」

神の声がした。


「はい?」


ドギュン!!

目が合ってしまった。

吸い込まれる。

宇宙?これは宇宙?

宇宙空間。

無重力。ふわふわ。

戻れ戻れ。



ふっー。



「どうしたの?」

「いや、なんでも…」


目を見てはいけない。


「今日、帰りに時間ないかな…?」

「え?」

「先生に次の授業用に資料運んでおくように頼まれちゃって…。」

「どこに?」

「理科室。一人じゃ持てなくて…。」

「…なんで僕に?」

「…その絵。昨日始まったアニメのだよね?僕も見てたから。」


僕は授業が終わっても出しっ放しだったノートに

無意識に落書きをしていた。

とっさに隠す。


「ああ!これ!?たまたま見たっていうか。

暇だったから。勉強してる途中でたまたま。」

思わず声が上ずる。


「そうなんだ…。」

「そうそう。」


まさか。見ているとは。

好きなのかな。アニメ。


「それで…」

「ああ、いいよ!今日の帰りね。」



「ありがと。」


小首を傾げる。キタガワユキ。


ふわーっとする。

なんだろうこれは。

キタガワユキの笑顔。

胸に残るざわめき。

鳴りやまぬ鼓動。

いい香り。何?


キタガワユキは去った。




放課後。

(どうでもいいが「放課後」というのは

「放課」の「後」という言葉だが

「放課」と言うのは何なのだろうか?)


とりあえず放課後。


「ごめんね、付き合わせちゃって。」

「いいよ。どうせ暇だし。ハハハ。」

段ボールを二人で持つ。

これが初めての共同作業か。

キタガワユキの腕やっぱり細い。華奢。

肌白っ!目でかっ!

身長、同じくらいか。

ちょっと僕より低いかも。



「なんかへんな匂いするね…。」

「そうだね…。」


確かになへんな匂いがする…。この箱。

あえて開けないでおこう。



「…。」

「…。」



沈黙。

引き続き目を見てはいけない作戦。



「結構重いね…。」とキタガワユキ。

「そうだね…。」



「…。」

「…。」



再び沈黙。



勇気を出せ。

『アニメ好きなの?』って聞いてみろよ。

簡単だろ!そのくらい。

言ってみろよほれほれ。


うるさい悪魔!

悪霊退散!キエエエエエエエエエエエエエエエエ!

ぐわああああああああああああああああああ!


やめて!

私は天使よ!乱暴をしちゃダメ

『アニメ好きなの?』って聞いてみればいいわ!


キエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!

きゃあああああああああああああああああ!


はっはっは!

我こそは全知全能の神であるぞ!

何人たりとも我の思考に手を出すやつは許さん!!



「ここ。」

「え…?」

「理科室。」

「あ、ああ!」

「大丈夫?」

「うん?大丈夫大丈夫!ちょっと考え事してて。」

「そう…。」



ガラガラーっと足でドアを開ける。

西日が差している。少しカビ臭い理科室。


「どこ置いとく?」

「そこの隅の方って」

「そっか、じゃあそっちから行く?」

「うん。」


今度はキタガワユキの方向に進む。


「危ないっ!」

「あっ!」


古ぼけた人体模型にキタガワユキは足を取られた。

ドンガラガッシャーン!!カランカランカラン!

バラバラになった模型と、箱の中に入っていた鉄の棒が転がっていく。


僕とキタガワユキの体は重なり合っていた。

僕の顔は床に寝そべるキタガワユキの顔と5センチの距離を保っていた。



ゼロにしたい。

そう思った。



僕はキタガワユキが消えてしまわないように

細い腕を掴んで床に押し付けた。


「痛っ!」



瞬間。

唇を重ねた。


「んっん…」

誰もいない教室にキタガワユキの吐息が響いている。


驚きのあまりか、キタガワユキは僕の舌を拒絶しなかった。

僕の舌は何度もキタガワユキの口内を巡った。


「んんっ…んっ」


まだ足りない。

もっと欲しい。

何度も何度も。口内を犯す。


「ぷはーっ!」

気付けばキタガワユキの口周りは僕の唾液でベチョベチョに濡れていた。


僕らは息を切らしながら見つめ合った。

「はぁ…はぁ…」

「はぁ…はぁ…」


おっきい目。

目がきれい。


鼻。

口。

唇。


僕は再び唇を重ねた。

奪うと言った方がいいかもしれない。


キタガワユキはまたも僕の舌を拒絶しなかった。

今度は僕の首に手を回し、舌も動かしてきた。

僕らの舌は絡み合った。


『ぬちゅぬちゅ』



響く音。

陽は傾き始めていた。



『にゅるにゅる』



僕の口周りもキタガワユキの唾液でべちょべちょに濡らされた。

いや、これは自分の唾液かもしれない。

どっちでもいい。とにかく求め合った。吸い付いた。

まるで獣のように。


「はぁ…はぁ…」

「あっ…あっ」


夢のような時間。

理科室に入ってからどれくらいが経っただろう。


僕は彼の下半身に手をやろうとした、その時。

突然「キーンコーンカーンコーン」という音が鳴り我に返る。


「ゲコウジコクニナリマシタ。マダガッコウニノコッテイルセイトハキタクシテクダサイ。」


ロボットのように抑揚のない声で

夢の終わりは告げられた。



「はぁ…はぁ…ぼく…帰らなきゃ…ごめん!」と

暫く見つめ合った後キタガワユキは言って

乱れた服を直しながら

足早に理科室を出て行った。


僕はバラバラになった

模型と共に一人取り残され

しばらく動けずにいた。




翌日




教室のドアを開けた。

僕はキタガワユキと目が合った。



一瞬


時が止まる。

キタガワユキは照れくさそうに

再びノートに顔を映した。



昨日のアレは一体何だったのだろ?

僕らは何をしたのだろう?

わからない。

わからないが

今日も前の方の席でキタガワユキはノートに呪文を書いている。

僕は窓際から彼を見ながら

彼の似顔絵を描いている。

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僕と『キタガワユキ』の関係。 鈴木翔人 @syoto1988

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