第十話:唯一の安息地(Ep:2)
その頃。
大体片付いた為、コクピットにて「ふぅ」と軽く息をついていると、
「おーい!嬢ちゃんちょっと良いか?」
下から声が掛かる。
コクピットから顔を出してみると、整備兵の一人、堂本 浩二伍長が呼んできた。
優しげな顔立ちと少々ぽっちゃり気味な体型から、初見だと兵士とはとても思えないであろういかにも『おっちゃん』という愛称が似合いそうな人物であり、実際応急修理班からもその愛称で呼ばれていたのをクラリッサは何度か拝見している。
「どうされました?」
聞き返すクラリッサ。かつて所属していた東ロシア軍では少尉だった彼女も、現在は二等兵。上官であるために敬語を使っている。
すると、
「終わって暇してるならちぃと手伝ってくれんか?」
と返ってきた。
ちなみに彼は火野 龍弥と共に試作九号機の整備、というか掃除をしていた。
デッキブラシや雑巾、たわし等で装甲を磨いている。
「了解です」
彼らに返事するとクラリッサは、コクピットから飛び降り着地し試作八号機の元へと歩いてきた。
「なぁ、クラリッサ……」
その様子に目を見開く龍弥が呟く様に問いかけた。
「今、コクピットから飛び降りへんかったか?」
「はい」
そんな彼の問いに、クラリッサは特に変わった様子もなくあっけらかんな態度で返す。
「五メートルはあるやろ」
「艦の上でやるのは初めてですが、軍にいた頃からやってるので慣れています。
一々リフトを使っていると、戦場では良い的となるのでそうしてました」
「ほへぇ……ロシアって人道より効率重視するやつばっかなんか?」
それに対し、クラリッサは「そうですね。そうかもしれません」と、若干苦笑いしながら答えた。
「それにしても、すごいですね」
そう言ったクラリッサに対し「ん?あぁ」と答える。
信濃の回りには紅い軍艦達がいた。
横須賀司令部 第一国土防衛師団艦隊所属 第一遊撃部隊。
『紅蓮の艦隊』という異名を持つ、日本海軍で唯一実戦経験のある艦隊。
信濃は今、それを従えていた。
「ロシアでも『赤』というのは特別な色でした。
気分が高揚してきます」
「ホンマな。
ボルシチとかめっちゃ赤いしな。
赤の広場とかもな、めっちゃ赤いもんな」
そう返すとクラリッサは「……」と黙り込む。特に深い意味は無いとは思うが、その視線が「貴様の知識は所詮その程度か」とか「私の故郷を貶すとはいい度胸だ、よろしいそれでは貴様は今日からシベリア送りだ」とでも言いたそうに、少なくとも龍弥には見えてしまう。
「……すまんな。
俺、あんま海外詳しゅうないんや」
正直に返す龍弥。
「まぁ、そうですよね……私も、日本のことはお爺様から聞かされていたことくらいしか良く知らないので……」
そう呟くクラリッサ。
「そーいや、クラリッサってハーフなん?
ミドルネームの『能美』って、もろ日本語やろ」
「クォーターですよ。
母方の祖父が日本人で、駆逐艦の艦長をしていた、と聞いています。
それから母方の祖母は、ユダヤ系の移民でした」
「ほぇ、だから『クラリッサ』って西欧圏の名前なんやな」
そう言われ「はい」と返すクラリッサは、続けてこう加えた。
「それと、父は代々技術者の家系でした」
これに「へぇ」と返しかけ何かが突っ掛かった様に「えっ?」と反応した。
そして龍弥は聞き返した。
「ってことは『ドラグノフ』って、あの『ドラグノフ』?
ドラグノフ狙撃銃の開発者?」
クラリッサは「曾祖父です」と答えた。
「おおう、マジか。
そんじゃ何、ドラグノフ狙撃銃持ってたりすんの?」
「はい、機体のトランクに入ってます」
「え、マジ!?今度見せてもらって良え?」
「はい、良いですよ」
そんな話をしてると、
「おいおい、話してる余裕があったら作業せい!」
そんなことを浩二に言われ、二人は作業を続けることにした。
そんな中、黙々と作業を続ける双里 真尋と景浦 幽、その二人の機体を整備する整備班員達。
そのうち、真尋に対し「あの」と声を掛ける人物がいた。
物部 悠美だ。
「……物部さん、どうしたの?」
「あの、その……何か手伝うこと、ありますか?」
そう尋ねてきた彼女に対し、真尋は「そうだね……」と考え、
「こっちは人足りてるから、隊長のところとか、火野さんのところ───は、クラリッサさんがいるからいいか。
隊長のところに行けば、吹野整備班長もいるだろうし何か仕事貰えるんじゃないかな」
そう答える真尋。だが、何故かもじもじとする悠美。
「その……一緒に、来て欲しい、です……」
察した真尋は少し考え「……了解」と応え、整備士に「整備、任せます」と言って、試作三号機の元へ二人で向かう。
「…………」
その様子を横目で見つつ、特に何を言う訳でもない幽は黙々と作業を続けていた。
試作三号機の足元に来た真尋が、
「隊長、今お時間よろしいですか?」
尋ねると、僚がコクピットから出てきた。
そこからリフトを展開し降りながら「呼びました?」と聞き返す僚。
「物部さんが手が空いたというので、何か手伝えることはないか、と」
「なるほど。
でも、こっちは足りてるんだよね」
そう返した僚に対し、
「全然足りてないわよ!!!」
コクピットに居たらしい深雪がそこから顔を出して盛大に突っ込みを入れた。
「試作九号機を除けば一番損耗していたのは試作三号機なのよ!
OSの微調整だって完全には終わってないし!」
「そんなこと言われてもなぁ」
「あんたが相っ変わらず無茶するからでしょ!」
悠美の二一型を庇った際に信濃の装甲部に盛大に打ち付けていた。先の戦闘中はあまり気にならなかったが、今この機体にはそのダメージが結構響いているらしい。
「こうして微調整してあげないと、すぐ壊れちゃうわよ!」
「まぁ……それは、そうだけど……でも、なんか嫌な予感が……」
何となくだが僚は怖じけ付いている。だがそんな彼を余所に深雪はリフトを伝って甲板に降り「それじゃ、物部さんには───」と、色々頼み込み始めた。
それに笑顔で「はい!」と応える悠美。
「えー……」
一人佇む僚は、途方に暮れていた。
「大丈夫かなぁ……」
だが、しばらくして───。
「…………」
その光景を前に、深雪は呻くことすらできず、ただ絶句していた。
「……ごめん、なさい……」
涙ぐむ悠美。
その前には色々と混沌とした光景が広がっていた。
「……物部さん、あなたねぇ……」
「それじゃ、装甲を拭く作業を任せるわね」
「了解!」
言われた悠美は、バケツを持って水道に向かう。
その間
何もないところで突っ掛かり雑巾と水の入ったバケツを盛大にひっくり返したらしい。
「ちょ、大丈夫!!?」
「は、はい……」
しかも組んできた水は海水だった。
「…………」
こんなんで拭われたら堪ったものではない。
「……しょうがないわね……装甲拭きは私やっとくからソフトウェア更新やっといて」
そう言って深雪はタブレット端末を悠美に渡し、「ココこうやってこうすればいいから」と粗方の説明を指差しを交えながら済ませるとバケツを拾い上げ、水を汲みに行った。
手渡された端末を使い、深雪が組み上げたデータをインストールするだけの簡単なお仕事。のはずなのだが……なんとビックリ、押すキーを間違えてしまった結果、OSに記録されていた戦闘データごとのアンインストールが始まる。
だがしかし、当の本人はそれに全く気付いていない。
ピコンという軽快な音が鳴り、それが終わりを告げる合図となる。
「あ!」
ちなみにこの時、端末の画面には『アンインストールが完了致しました』の表示がでていた。
「終わりましたよ!」
丁度深雪が帰ってきたので、悠美は彼女に声を掛ける。
「あら、思ってたより早い……まぁいいわ。
そんじゃ、さっきひっくり返した奴掃除しといて」
「了解です!」
まぁ、案の定端末の画面を見て発狂するのだが。
最後に、最初にひっくり返したものの後始末。
盛大にすっ転ぶなどして危なかった。
他に手の空いてきた隊員達にも手伝わせたが、まぁ危ない。
何が危ないって?そりゃ、
非番だった小太郎、縁達が増援に来たが……まぁ、ヤバい。
結果、この混沌な光景ができあがる。
海水や泥・煤汚れでほぼ全面が水浸しとなった後部飛行甲板。
その脇では『アンインストールが完了致しました』と表示された端末を両手に抱えた深雪が立ち尽くしている。
ちなみに甲板上は整備班と縁が片付ける始末。
「だから言ったじゃん……」
そんな状況を試作三号機のコクピットから覗きながら、僚は一言ぼやいていた。
深雪が組み上げた方は予備データがあったため深雪が過労死することはなかったのだが、戦闘データはというと予備が無い───正確に言うとアマテラスに保存されていたのだが艦内で唯一シンクロ適正のある絆像が、海賊戦からの模擬戦と続いた連戦による負荷で完全にノックアウトしていた───為、僚が優里や玲香達と共に復元作業をしていた。
それでも復元しきれず、結果として空戦騎用に調整されたシュミレーターを用いて、復元しきれなかった分を再収集することになった。シュミレーターの試験運用と調整を兼ねて。
これには真尋、幽、龍弥、雷花、電子、予備隊員であるクラリッサ、さらには今日は非番だったはずの城ヶ崎班三名にも協力して貰い、悠美と縁の二人を除いた信濃航空隊全員総出でデータを収集することになった。
結論、面倒事が増えてしまったが、結果的にシュミレーターの試験運用にはなったので全てが悪い結果とは言い切れなかった。
文句を二つ挙げるとすれば、整備班と航空隊、オペレーターの優里は昼休みを返上した為、昼食抜きで作業し、終わった頃には夕飯の時間が当に過ぎていた、こと。それと、演習開始から約五分後には絆像がようやく起床しアマテラスからデータを引っ張って来れた為、データ収集については完全に徒労に終わったということだ。
それだけで、隊員の士気を大きく下げるには充分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます