第十話:唯一の安息地(Ep:1)

「嫌だ嫌だぁ!」と、少女が泣いていた。

今住んでいるこの町を、親の都合で離れることになった為だった。

「良かったじゃないか。

あの街、ここからじゃ行こうって言って行けるとこじゃないんだよ?」

少女の隣にいた少年が、彼女に言った。

「そうだけど……でも!───」

「ほら、涙拭いて」

そう言って、少年は少女の目元に溜まった涙を拭う。

そっぽを向きながら「……ごめん」と呟く様に彼女は言った。


暫しの沈黙───


その後、他愛もない話をし合った。

彼にとっても、彼女との別れはとても辛いことだから。

そして、別れの時───。

彼女が「バイバイ」と言い、車に乗った。

目に涙を浮かべている。


……泣かないでよ、泣きたいのはこっちの方だってのに……


「また、いつか会おうね」

と少年は言った。

「───!」

少女は、満面の笑みを浮かべ、

「……うん!

……絶対だからね!約束よ!」

窓から顔を出してそう叫んだ。

「うん!約束するよ───」

そう言って少年は、笑顔で彼女を見送る。

そして彼女の名を呼ぼうとした───



「嘘つき」



その時、少女の口からそんな言葉が漏れた。

「え───?」

不意を突かれ、一瞬驚いた少年。

その瞬間、周りが火に覆われた。

「何、これ……一体何が……!!?」

驚愕でそう叫んだ少年。少女はそんな彼に対して、冷たい一言を発した。


「どうして会ってくれなかったの?」


その一言に、返せない少年。

少女と目が合う。

焦点が合っていない様な、光のない瞳を彼女は向けていた。


「ねぇ、どうして……?

私……また会えるのを、楽しみにしてたんだよ……?

それなのに……何で……何で会ってくれなかったの!!?」


ヒステリーでも起こしたかの如き口調で言いながら、彼女は一歩、一歩と詰め寄ってきた。

何も言えなかった少年が、ほぼ無意識に右手を突き出す。そこで視界に入ったその右手は、紅い液体の様なもので酷く汚れていた。

「え……?」

なぜか、そこで彼は後ろを振り向いた。

「───あ……」

否、向いてしまっていた。

「……あ、あぁ……!」

とあるものが視界に入る。

人型をした機械、その残骸。


東ドイツ帝国陸軍 騎甲戦車『ティーガーⅠ』


その胴体部分から、紅い液体が垂れていた。

「あ……あ……あぁ……あぁ……!!!」

次の瞬間、嫌な感触を脇腹に感じた。

声が詰まる。


「ねぇ。

あなたも、一緒に来て」


少女の声が耳元で聞こえる。

脇腹の嫌な感触が、段々と苦痛に変わっていく。


「一緒に来てよ。

私と、いっぱいお話しましょう?

私、いっぱい待ったんだよ」


左手で脇腹を押さえる。ドロッとした感触がし、見てみると、右手のと、機械から出ているのと同じ色の液体が、自分の脇腹から流れているのが分かった。

少女の手が、脇腹に突き立てられていた。

少女が耳元で囁く。



「ねぇ…………僚───」



次の瞬間───。




「───うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

発狂するかの如く絶叫しながら、有本 僚は目覚めた。

『零式艦上空戦騎 試作型三号機』のコクピット。

「……はぁ……はぁ……はぁ……!!」

息も絶え絶え、という程に肩が上下し、黙っていれば女性にも見える彼の顔も汗だくになっていた。

その目尻から頬にかけて一筋、偶然涙の様に汗が流れたのか本当に涙を流していたのか、そこを透明な液体が伝っていた。

「……あぁ、夢、か……」

一人言を言いながら、荒くなった息を整える為にコクピットハッチを解放した。

「な、何!!?今、なんか聞こえた!!!

何!?悲鳴!!?何!!!?」

ハッチを開けた途端、汗だくの体には涼しく感じられる潮風と共に困惑しているらしき少女の叫びが聞こえた。

コクピットブロックの下。

「どうしたの、深雪さん?

まるで困惑して」

尋ねてみるとハッとした様子でその人物が振り替える。

吹野 深雪。試作三号機を始めとする零式艦上空戦騎の開発者であり、我らが戦艦信濃の艦載機整備班長。

「ひっ、他人が困惑してようがあんたには関係ないじゃない!!!

私の勝手よっ!!!」

まぁ、何となくだが察することはできた。

「っていうか、あんたまたそこで寝てたの!!?

整備するから早く出て来なさい!!!」

「……はいはい」

言われた僚は、リフトを起動してすぐに降りることにした。


信濃 後部飛行甲板。

試作三号機、試作九号機、試作十一号機、二一型 三機、T-34改ソルダット・ヴェールヌイ、さらには試作十三号機が甲板に出ていた。

深雪は整備班メンバーを総動員して試作三号機とT-34改の二機を除いた機体の整備をしていた。

T-34改の方はというと、クラリッサが自分でやると言って聞かなかったので彼女に一任することにした。

僚の到着を待っていたつもりだった深雪と試作三号機。

と、

「おまたせ」

まさか最初から試作三号機に乗っているとは思わなかった、僚がそう言いながらコクピットから降りてきたてきた。

寝間着姿で、サンダルを履いた姿。

「あんた、機体に寝間着持ち込んでたのね……」

「え……まぁ……」

その格好のまま海にでも飛び込んだのだろうか、と思えるほど凄まじい量の汗を掻いていた。

それを確認した深雪は気になり、

「まぁ格好はともかく、酷い汗ね。

さっきの悲鳴といい、撃墜される夢でも見たのかしら?」

特に悪気があったわけでも無かったが、軽い冗談のつもりで尋ねた。

それに対し僚は「……うん、まぁ……大体合ってる……」と返す。

実際のところはではなく夢だったが。

「───ッ!

ごめんなさい……茶化しちゃって」 

「いや気にしなくて良いよ。

実際に撃墜されたわけじゃないし」

「……そう?」

「うん、大丈夫」

「……なら、別に良いわ」

そう言って、二人は試作三号機の整備に取りかかった。


「……まーるで夫婦バカップルね、あの二人」

試作十一号機の整備を手伝っていた陸駆 雷華は試作三号機の方を、というか寝間着姿の僚と作務衣姿の深雪を見ながらそんなことを言い出す。

「幼馴染みのこと理由に私のことはほっぽりだしたくせに、あの女には───」

などと小声(多分)で言っていたら、後頭部に何かの一閃が飛んできた。

「いたっ!!」

放ったのは陸駆 電子。雷華の双子の妹であり試作十一号機のパイロット。彼女は整備兵から渡されていたマニュアルを丸めてそれで軽く叩いてきたのだ。

「お姉ちゃん、さぼっちゃだめですよ!!」

「あぁ、ゴメンゴメン」

そう言って、作業に戻る。

『それにしてもすごいよねー、この機体

他の機種じゃみないくらい複雑だよー』

同じく電子の機体の整備を手伝っている杉野谷 玲香がそう言ってきた。

平均身長くらいの比較的小柄な彼女らよりも一回り背が低く一見幼女にしか見えない彼女は、これでも艦載機整備科の工兵でありつつ航空隊の予備隊員でもあり、試作十三号機のパイロットもしている。

ちなみに彼女の機体である試作十三号機は、元々未完成のまま放置状態だった機体を彼女が深雪から貰い受け自分用のアレンジを加えて完成させた機体だ。

電磁投射砲や肩部回転銃身機関砲のある位置にそれぞれ追加のマニュピレーターが装備されており、特に肩部のそれには万力・ドライバー・レンチ・ニッパー・バール・溶接機・空気噴射機といったアーミーナイフの如き多機能性を備えていた。

反面、武装は頭部の近接防御機関砲と対物ナイフだけであり、戦闘力は皆無といってもいい。

玲香は現在、その試作十三号機に搭乗して作業をしていた。リアスカート的な位置にあるもう一対の脚サブレッグを展開して甲板に機体を固定し、通常の両腕と大型マニュピレーターで試作十一号機を固定している。その上で玲香は機体肩部のサブアームを操縦桿とキーボードを巧みに使い分けることで操作していた。

「にしてもあなた、意外とみみっちい作業得意なのね」

『まーほんしょくは工兵だから、こういう機械使うこともあるからねー』

「いっつも部屋で『ブンドド』やってるイメージ強かったから」

ちなみに、航空隊は班別で部屋分けをしていた。そのため二人は彼女と相部屋だったのだが、彼女がベッドの上で航空機の模型を片手にブンドドしている光景をよく見ていた気がする。

『えー、そういえばみんなはやらないのー?』

「え?うーん……まぁ、やる時期はあったかもね……。

ね、電子」

予想外の返答が返ってきて、一瞬戸惑った雷華はそのまま電子に話を振る。

「ふぇっ!?

いきなり振らないでください……」

『そういえば『でんし』さんなんだね。

『でんこ』じゃなくて』

玲香がそう言うと


「それ言わないでもらえますか?」


マジな口調で電子が返した。

『あー、ごめん……』

その顔がやや俯き気味だったせいもあってか目元が陰り、中々に恐怖心を煽られたこともあって、玲香はすぐに謝る。

『これじらいふんじゃったかな……』

一言小声で、心の声がもれるように呟きながら。

「ま、まぁアレよ!

そう言うこともあるよ、うん!」

気まずいその場を無理矢理繕う雷華。多少は和んだだろうと話題に半ば無理矢理区切りを付け、彼女は「ふぅ」とわざとらしくも軽く溜め息をつき、

「とにかく二人共、早く整備終わらせましょ」

そう言って、二人を先導することにした。

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