第一話:240年前の未来(後編)


「あいつ、まさかやらないだろうと思っていたらこれだ……」

『ま、まぁ……探す手間が省けた、と思えば……』

「……そうだな。

そういうことにしといてやろう……」

それぞれT-34を駆り、横須賀郊外の森林から移動しているW-02とW-03。T-34の足裏には超電磁高速回転履帯リニアキャタピラが備わっており、これにより歩行せずとも最高時速80kmで走行ができる。

ここからでも市内に鳴り響く敵襲警報が僅かながらも聞こえてくる。

と、

「───ん?」

W-02は何かが飛んでくるのに気付いた。

あれは───東ロシア帝国空軍の凖新型爆撃戦闘機だった。

「何であんなものが……───」

そう思って眺めていたら、

「───!!?」

それが横須賀港付近の公園に爆撃を始めた。

「なんだあいつら!」

そう第一声で、彼の戦闘機を非難した直後、

『───サーシャ、避けて!』

いきなりW-02というコードネームではなく本名で呼ばれ、何事かと思った直後に爆発と強い衝撃が機体を揺らした。

ミサイルで足元を穿たれたのだ。

「ぐわぁっ!」

『サーシャ!!?』

W-03が叫ぶのとほぼ同時に、サーシャの機体が倒れる。

「くそ!

直撃ではなかったが……!」

足元に当たっただけだったが、地面をかなり深く削ったその爆発により、機体は前のめりに倒れていた。

『大丈夫!!?』

「あぁ、なんとか───」

言いかけたその時、

『───危ない!!』

「───!!?」

既に追撃が来ていた。

それを認識した直後、幾重もの爆発と衝撃が二人を揺さぶった。


信濃 艦載機格納庫にて。

「───はぁ!?

会場がロシア軍の戦闘機に攻撃された!?

同じくロシア軍の騎甲戦車まで確認されている、って!!?」

艦載機のチェックをしていた深雪が、その知らせに驚愕していた。

「一体何事よ、こんな国際問題に発展しかねないこと!

最近のロシア人何なのよ、意味わかんない!

頭の沸点まるで低すぎるわよ!!

あいつらの脳漿ウォッカで出来てるんじゃないかしら!!?」

怒鳴ったところでしょうがないことを怒鳴り散らした。

『どうしますか?只今、身分的に指揮官は対空兵装管制官であるあなたとなるのですが……』

艦内のCICにいる優里から通信が入る。

実際問題、この艦は現在、艦長その他本艦の主要指揮官が不在だった。

それに対し、

「決まってるでしょ!迎撃よ!迎撃!今やれば正当防衛行為になるわ!」

深雪はそう叫ぶ様に言った。

『そうですか・・・』

頭の沸点が低いのはどっちもどっちではないか、と言いかけた優里は、地雷を踏むと思い言わなかった。

『一応、対象に警告はしました。ですが、迎撃するにしても、どうしましょう。

現在、使用できる本艦の兵装であの距離に届くのは副砲と、一応主砲だけです』

高角砲は右舷側の整備は完了していたが、今敵がいる方を向いている左舷側の整備が終わっていなかった。

VLSもミサイルが装填されていない為使用不可。

対空機関砲に至っては、使えるが飛距離が足りない為論外。

「副砲はあくまで対艦用の為対空用には元々不向きで、規格の一致する対空弾は現在装填されていない。

一方でこの艦の主砲は最上位機密レベルの代物だから使えないし───」

そこでふと深雪は、横を見る。

そこには、自分が作った新型戦闘機 零───正確に言えば、その試作機だが───がある。

「……零を使えば───!」

深雪の一言に、優里が戦慄する。

『い、いけません!

その機体には改善点が沢山抱えられているでしょう!?

開発者であるあなたがよく分かっている筈です!!』

「分かってるわよ!

でも誰かがやらなきゃならないでしょ!?」

そう言って乗り込もうとする深雪に対し、

『しかもデータを確認しましたけれど、武装の整備が済んでいるのは例の『試作三号機』だけでしょう?』

優里がそう言うと、その言葉で一度、深雪は冷静になった。冷静に、あくまで冷静になったつもりで「……えぇ、そうよ」と返すが、『正気ですか?』と釘を刺される。

『ただでさえ零は、シュミレーションに於けるパイロットの墜落率最高、それも一番の原因がフレームの異常っていう欠陥機ですよね?

中でも酷かったのは三号機だったはずなのを私は覚えておりますが?』

「そんなの、所詮シュミレーションの結果じゃない!

これでも試作三号機はアタシの作った十三機の中では最高の機体なのよ!

実際に飛んでみないとわかんないわよ!」

『えぇ、所詮はシュミレーション上の結果です。

ですから、大事なテストパイロットが死なずに済んでるのですよ?』

「……っ!」

言葉に詰まる深雪。決断は───

「……副砲を使って応戦。

当たらなくても牽制になればいいわ」

『……了解』

優里が返し、通信が切れる。

それと同時に深雪は、衝動的に壁を殴り付けた。


信濃 艦橋左舷部に五基装備された15.5cm三連装副砲が電気のマニューバを砲口から散らせながら弾丸を放った。この艦の副砲はレールガン───電磁力による物体の加速を利用した火器───になっている為、砲口から電光が迸ったのだ。

あくまで威嚇の為の牽制射撃───というかそもそも、副砲とはあくまで対艦用装備の為、狙ったところで当たる訳などない。


信濃 CIC。

「くっそ、全然当んねぇ……!」

武彦が吐き捨てる。

勿論、当たる訳なかった。そして、砲撃を回避した敵戦闘機はミサイルを信濃に向けて放ってきた。

片舷計二十基の対空機関砲の内、一基が弾幕を張りミサイルを空中で撃ち落とす。

「せめて三式弾があれば……!!」

武彦は空を制する戦闘機を睨む。

三式弾とは艦砲から対空迎撃用に開発された小型焼夷弾と小型榴弾の混合散弾だ。正式名称『三式対空榴散弾』。近距離での対空迎撃はミサイルや近接防御火器システムがその役割をする変わり、遠距離の航空機動部隊を迎撃・殲滅する際の対空兵装として重宝される。

信濃の副砲でも15.5cm砲の規格品なら使用できたが、現在一発も装填されていない。それどころか対艦用の徹鋼弾である一式弾しか装填されていなかった。

優里も武彦も、苦戦を強いられていた。

今までの艦長含む指揮官のほとんどは定年で退役、一部は転属など別の理由で、それぞれ艦を出ていった。それでいて、今日の観艦式に合わせて新任指揮官含む新しい搭乗員を迎え入れる予定だったのだ。

現に、本来は艦長やレーダー管制官、航海長、砲雷長、主砲砲手なども居るはずであるCICには優里と武彦の二人しかいない。

それでいて、武装という面で決定打が無い。それが一番の痛手だった。

その状況に於いて、艦載機格納庫からとあることを知らせる信号が来た。

「え───!!?」

その信号が来たこと自体、優里は理解できなかった為に、

「あぁもう、一体何考えているのよあの子は!!」

愚痴りながらも、彼女は艦載機格納庫へ通信を入れた。


若干時間が遡る。

乗艦許可を貰い、何とかして二人で艦内に避難できた僚とクラリッサは、艦内で迷っていた。

多分艦の後ろの方だろう、と思う。

しばらく進んでいるが、壁に当たらない。

「どれだけ広いんだ、この艦……」

そう愚痴りながらも、僚はクラリッサと艦内を歩き続けた。

すると、やや暗くなっている広いがらんどうにたどり着いた。

「───何だ……?」

思わず呟いた僚。

「ここは……艦載機の、格納庫……?」

格納庫か、工場に似た造りになっていた。

僚の言葉に対して

「え……戦艦が艦載機を載せてるのですか?」

と、クラリッサは返した。

そういえば、と僚は、

(そうか、クラリッサは海軍じゃ無いから着弾観測射撃とか知らないのか……)

と思い、それについて話そうとした。

その時、

「誰!!?」

急に、怒鳴り付けられる様な声が響いた。

思わず、その方向を向く。

そこには、一人の女性の姿がいた。

その顔を視認した僚は、一瞬「───えっ?」と口から漏れた。

その女性は、とある少女───自分がかつて、大人の都合で離れ離れになってしまった幼馴染みの少女───に、似ている気がしたからだ。

「ふ……───!!」

その名前が一瞬口から出かけ、

(───……いや、人違いだろう。

……多分)

それはない、と否定した。

(彼女が、こんな艦の中に居るはずがない……)

第一にそう考え、僚は

「すみません。避難していたら迷ってしまいまして……」

すぐにそう返すことにした。


「……零……ごめんね…………。

私が、しっかりしないから……」

深雪は、一人呟いた。その頬を涙が伝っている。

無理もない。

実質的に、自分の努力の成果を否定された様なものだからだ。

技術者としてもそれは辛いし、悔しい。

だが、どうしようもなかった。この手の職、技術系の職人は、情で動いてはいけないからだ。ましてや軍属ともなれば尚更。

少女は、ただ泣くしかなかった。

その時、

「ここは……艦載機の、格納庫……?」

聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。

「え……戦艦が艦載機を載せてるのですか?」

もう一人、女性の声も聞こえる。

「───誰!!?」

急いで顔を拭き、深雪は問いかけた。

泣き出していたこともあって大分上擦った声になってしまっていたが。

目の前には、穏和そうな少年と、銀髪碧眼の少女の姿があった。

その少年が、一瞬驚愕した様な表情を見せ、何やら「う」と言うかの様に口を動かした。

が、すぐに封じ込める様に黙り込んだ。

「う?」

何を言いたかったのか気になったが、

「すみません。避難していたら迷ってしまいまして……」

すぐに、少年はそう返してきた。

すみません、と言いたかったと思うには少し無理がありそうだったが、深雪は気にしないことにした。

だが、

「避難って……貴方達、民間人!?

何でこんなとこいるのよ!!?

軍関係者以外の立ち入りは禁止の筈よ!!!」

「一応乗艦許可は頂いたので」

「……貴方、国防大の附属生ね。

何故この艦に乗ったのかは良いとして、何故この区画に入ったの?」

深雪が尋ねると「それが……」と歯切れ悪そうに少年は言った。

「艦内で迷って……」

聞いた瞬間、呆れて「あのねぇ……」と愚痴が溢れてしまう深雪。と、

「あ、あの……?」

少年の隣にいた少女が少年を呼ぶ。

「どうしたの」

少年が反応すると「あれ……」といって、少女はある方向を指差した。

深雪の方───より正確に言えば、深雪の後ろにあるものを。

「あ───こ、これは!」

深雪が焦って両手を突き出した。

少女が指差したそれは、変わった形状の軍用航空機の一機。

小型、とはいえその小柄な機体に搭載するには大型な砲身を搭載し、機体下部には箱形のユニットが一つと、アーム状の機械の様なユニットがそれぞれ装備されていた。

まだ塗装はされておらず、金属らしい鉄灰色をしていた。

「───戦闘機!

なんで使わないんですか!?」

ほとんど反射的にだろう、少年がそう聞いてきた。それに対し「バレたからもういいか」と冷静さを取り戻した深雪は「……欠陥機だからよ」と返した。

「シュミレーション上でだけど、フレームが飛行中に上手く安定しないのよ」

「フレームがって……」

フレームが安定しない。それは確かに致命的な欠陥だった。

「どういう機体構造してるんですか?

見た限り『V-TOL(垂直離陸型)』に見えるのですけれど……」

そう言いながら、機体の主翼部に変わった形状の砲身が装備されているのが気になって、そこに視線を向けた。

「貴方、分かるの?」

「まぁ、一応……」

機械工学専攻だし、と追加する少年。

「……なら、話が早いわね。

フレームが安定しないだけでなく、可動式の電磁投射砲レールガンが───」

「レールガン、って、この砲身レールガンなんですか!?

何でそんなもの戦闘機に……」

「……訳あって載っけたのよ」

二人の会話の中、一人だけ取り残される銀髪の少女。話についていけてないのかポカンとしている。

「結果的に重量が嵩張ったせいでバランス悪くなって、レールガンも可動式のアームに接続されているから砲身の向きを変えられるけど、飛行中は前に向けて撃たないと反動でバランス崩すし、最悪よ。

おかげでせっかく出来上がったのにコンペにも落ちてパイロットも決まってないし───」

そこまで聞いた少年は、深雪に対してふとしたことを言った。

「……乗ってみていいですか?」

その一言に深雪は戦慄する。

「───はぁ!?あんた正気!!?」

そう言う彼女に対して「乗ってみなきゃわからないでしょう?」と言った少年に、深雪は「馬鹿言ってんじゃないわよ!!」と罵った。

「この零はねぇ、シュミレーションでテストパイロット何人も殺してんのよ!?

仮想空間の空ですら誰一人並の航空機みたいに飛ばせたことないのよ!?

その結果のせいで、翔んだことなんて一度たりともないのよ!?

あんた死にたいわけ!!?」

二人が知ったことではなかっただろうが、深雪は先程自分が乗ろうとした際、オペレーターが自分に言ってきたことをそっくりそのまま彼にぶつけた。自分で言ってて、言葉が自分の心に刺さり、涙が溢れてくる。

溢れた涙が頬を伝う。

対して彼は、

「信じてやれば良いんですよ」

そう言って、肩に架けていたリュックを下ろしながら、機体に近づいた。

「───え……?」

「『ただ信じてやれば良い。

そうすれば、機械は応えてくれる』」

機体の間近に立ち、そう言って機体の胴体部を撫でた。

「僕の好きな言葉です。

僕も、その通りだと思っています」

深雪は、彼の言った言葉を知っていた。

それに、彼女は彼に対して、何か、懐かしい何かを感じていた。

「……あんた……名前は?」

彼女に尋ねられ、彼は振り向き名乗った。

「国立防衛大学附属高校岩瀬校舎 陸軍部工兵科二年の有本 僚です」

「───っ!!?」

聞いた深雪は、唖然とした。

「あ……有本、僚…………」

彼の名前を、無意識に復唱してしまう深雪。多分、彼らには聞こえていない。

そして、若干俯いて少し考え、

「……わかった。

パイロットの仮登録申請、しておくわ」

キリッとした態度でそう言い、手元の端末を操作し始めた。


「え……?」

散々反対していたはずの女性が急に態度を変えた為、僚は一瞬戸惑う。

「……ありがとう、ございます」

「ただし、条件を二つ提示するわ……聞いてくれる?」

彼女がそう言いながら端末を操作していると、コクピットハッチが開く───機首下部にある箱形のユニットがどうやらコクピットブロックの様だ───。

そこがコクピットだったのかと思うのと同時に、彼女の言う「二つの条件」が気になった為、僚は「……はい」と相槌を打った。

すると彼女は、

「コクピット右上にあるレバー、絶対に引かないで」

と言って彼女はコクピット内に指差した。確かにその位置にレバーが確認できる。

「……分かりました」

その後「それと……」と歯切れ悪そうに何かを言いかけた。

もう一つの条件についてだろうか。気になり、彼が「はい……?」と聞き返すと彼女は、

「絶対、無事に帰還しなさい。

欠陥機だとか言われても私の機体なんだから、壊したりなんてしたら承知しないわよ!」

そう言った。それに対して、

「……了解です」

応えた僚はコクピットに入り込み、シートに座る。

そして、僚はコクピットハッチを閉じた。


信濃 CIC。

オペレーター席に座る優里はかなり焦っていた。

「あぁもう、一体何考えているのよあの子は!!」

愚痴りながらもコンソールを操作する。

『零を起動させる』

そう、通知が来たからだ。

しかも、パイロットは附属生とはいえ民間人。前代未聞もいいとこである。

相手方が通信に応じ、回線が繋がった。

繋がったことに一瞬安堵した直後、唐突に叫ぶ。

「零を出すなんて一体どういうことですか!!?」

『このままじゃ決定打に欠けるでしょ。

だからよ』

「しかも、有本君って誰ですか?

誰を乗せたというのですか!?

あの『空飛ぶ棺桶』に!!?」

『空飛ぶ棺桶』とは、仮想空間の中でさえ墜落(※撃墜ではない)しまくり、パイロットを葬っていた様から軍上層部によって零に付けられていた渾名だった。皮肉なことにコクピットがあるブロックが直方体だったことも『棺桶』と引っ掻けてあるという。

この渾名を付けられたことは深雪にとって完全にトラウマとなっている。

それを刺激された為か、

『失礼ね!!

こんな機体でも彼は信じてくれたわよ!!

彼ならやってくれるわ!!』

唐突に、吼える様に返してきた。

「よく信じられること!

良くてもどうせ的になるのが精一杯よ!」

敬語も使わずに吼え返した優里。普段は誰にでも敬語を使う優里だったが二人は同期だったこともあり、たまに起きる“こう言うとき”に敬語を使わなくなる。

『何てこと言うのよ!!!

彼はねぇ───!!!』

「あぁぁぁぁぁ───もう!!!

彼、彼、彼、彼、って!

よく知らない男性相手にそこまで信頼寄せられるわね!!!

昔っから男子に告白される度にその人が鬱発症するかマゾに目覚めるくらい盛大に罵って振ってきたあんたが、いつからそんな尻軽になったわけ!!?

暴吹雪の雪女ブリザード』の異名は過去の栄光ですか!!?」

『彼氏欲しがっていたくせに怖すぎて男子どころか女子からもあまり近づかれなくて『対男子防空火器群ハリネズミ』とか呼ばれていた貴女に言われたくなんかないわよ!!

ってか、さっきから私のトラウマ弄るの止めてくれない!!?

余計にストレス溜まるんだけど!!!』

「はぁ!!!?

あんただってさりげなく私のトラウマ弄ってるじゃない───ってか途中で勝手に話変えんな!!!」

『とにかく、責任なら私が取るわ!!

ついでに彼にも半分くらい取ってもらうけどね!!!』

通信が切れる。

「全く……どうしてあの子ってあんな強情なのかしら───」

憂鬱そうに一人ごちる優里。

一瞬、副砲砲手席にいた武彦と目が合った。

「───あ……!!」

一気に赤面する優里。

それに対して武彦は一言、

「……まぁ何ていうか、その……ドンマイ……」

とだけ伝えた。


「コクピット全体を装甲で被って、内壁全面にディスプレイを張ってるのか」

欠陥機と呼ばれた機体のコクピットに乗り込んだ僚は、深雪の指示通りにコクピット内部電灯を付けた。

その時、とあることに気付き「あれ……?」と呟く。

「そういえば、このコクピット……」

コクピットの中は特殊な形状をしていた。

特に操縦桿。幾つものボタンが備わったレバー状のものが壁側の左右に一つずつ、計二つ備わっている。

「これじゃまるで、戦闘機というより『騎甲戦車』みたいだ……」

そう思いながらも彼は、深雪の指示に従いながら、機体を起動させた。


『A6M01-X03

《零式TOKM艦上戦闘機 試作型三号機》


SISTEM ALL GREEN


TAKE OFF STANDBY』


目の前にあるディスプレイにそう浮かび、発進準備が完了したことを告げた。

「これが零の正式名か。

えっと、零式……とくむ、艦上戦闘機……?

……まぁ、ややこしいから『試作三号機』でいいか」

『三号』ならば最低でも一号と二号は居るんだろう等と思いながら、手渡された紙媒体式簡易マニュアルという名のメモ用紙を元に機体を作動させる。

コクピット内が、メインモニターの明かりによって明るくなった。エレベーターによって機体が信濃の後部飛行甲板上に運び出されていた為に外の様子が確認できる。

街は結構荒れあちこちで煙が見えていたが、運良く周りに敵戦闘機は居なかった。

「試作三号機、発進準備完了」

深雪に対してそう伝えると『カタパルトに機体を持ってくわよ』と返ってきた。それに対し僚は咄嗟に、

「え、でもこの機体って確か『V-TOL』じゃ───」

と返しかけたところ、

『いいから私の指示に従う!』

耳が痛くなる程の声音で思いっきり怒鳴られた。心無しか機嫌悪そうで若干怖かった為、僚は「は、はいっ!!」と返し、彼女に従って機体をカタパルトに運ぶ。

カタパルトに機体がセットされ、ようやく発進準備が整った。

『これで良いわ、行って!』

先程よりは上機嫌そうな声が聞こえた。一瞬ホッとした僚は「了解しました」と返し、吼えた。

「有本 僚!

試作三号機、行きます!」

彼の掛け声に合わせて、戦艦 信濃の後部飛行甲板上に装備されたカタパルトより射出された一機の戦闘機が飛び立った。


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