第三話:主砲、斉射(前編)

戦闘終了───そう思った直後、急にアラートが鳴り、有本 僚はすぐさま回避行動をとった。

そこをミサイルが駆けていき信濃の方へと向かうが、CIWSの弾幕が阻む。

「───逃げたんじゃなかったのか!!」

大型の軍用航空機が二機───形状から、輸送機に見えた───が、反転して戻ってきた。位置や射角からして、先程のミサイルはそれから発射されたらしい。

その二機から、何かが複数投下された。

「あれは……っ!?」

騎甲戦車だ。

しかも四機落下し、地面に着地した。

だが、僚はそれに驚愕した為に反応した訳ではない。それらを見て、違和感を感じた為に反応したのだ。

「BT-2……M2……ティーガーⅠ《アインツ》……スチュアート……?」

目の前にある騎甲戦車の名前を一つずつ挙げ、その違和感に気づいた。

BT-2 ソビエト超国家主義社会国陸軍にてかつて採用されていた旧世代機

M2 米軍で二機種目となる騎甲戦車であり今や骨董品に近い存在

ティーガーⅠ 東ドイツ帝国陸軍で正式配備されている騎甲戦車

スチュワート イギリス軍初の量産型騎甲戦車

機体一機一機の国籍が全てバラバラだった。その上、ドイツ軍のティーガーⅠ以外は旧式も同然である。滷獲した機体を使用しているにしてもこれは不自然すぎる。

「……何で───って、それどころじゃない!!」

一回、連鎖的に浮かぶ疑問を止める。

あれ等を今、どうにかして食い止めなければならない───。

「けど……装備が……」

頭部機関砲も肩部小口径回転銃身機関砲も、電磁投射砲も弾切れだった。

あとは腰に装備されたワイヤーアンカーと、迦楼羅とかいうものしかない。

その時、ふと、とあるものを思い出す。

「───いや……まだ、ある!」

僚は、バック宙させることで零式TOKM艦上戦闘機 試作型三号機を“戦闘機形態”に変形させ、ある場所ポイントに向かわせた。


信濃 CIC。

大型輸送機が折り返してくる様子を確認し、全員が唖然としていた。

その輸送機が、ミサイルを放ってきた。

「CIWS起動!

対空防御、急いで!」

いきなりのこともあって吹野 深雪が叫び気味に指示。柏木 優里はそれに応じて防空火器を操作しミサイルを迎撃する。

比較的近い距離で爆発したこともあり、爆風に煽られた艦橋が僅かだが揺れる。

「あいつら、逃げなかったの……」

「いや」

深雪が言いかけたことを途中で遮って、神山 絆像は否定した。

「逃げられなかったんだろう」

彼の言ったことに何かを感じ、深雪は大型輸送機の向かおうとした方向に目を向ける。

後方の山で、何かが光っている。

モニターで映像を拡大してみると、陸軍の高射砲群が砲撃していたのが確認できた。

「陸軍が仕事してる……」

「だが、それが海軍こっち側からしたら裏目に出ている。

……とんだとばっちりだな」

二人が話す横で「無駄話してる余裕があるなら指揮してください!」と優里は心の中で叫んでいた。

その時、主砲砲手席に座るクラリッサ・能美・ドラグノフが、何かにふと気付いた様に尋ねる。

「桂木さん、データベース開いてください!」

「クラリッサ、さん……?」

突然のことにポカンとしてしまうが、そんな彼女に対し続けてこう言った。

「あの輸送機、ロシア軍のものじゃないです!」

言われて優里はモニター内で新しくウィンドウを開き、データベースを開いた。

「出ました!

大型輸送機は二機共イルメン級空中空母───え!?」

空中空母とは、呼んで字の如く空中に浮く空母のことである。より正確にいうと輸送機の発展型だ。サイズは流石に水上艦艇でいうと小型駆逐艦かフリゲート程度のものが限界だが、それでも母艦として最低限のことができる様にはなっている。

「イルメン級……?」

だが、優里が驚いたのはそんなことではない。

「フィンランド空軍……?」

国籍が違っていたのだ。

「一体、何で……」

その時、突然試作三号機がどこかへ飛び去っていく。

「試作三号機!

どちらへ向かうのですか!?」

急いで通信回線を開いた優里が、焦ったこともあってか若干叫び気味に問う。

すると、まもなく応えが返ってくる。

『武器の補充だと思ってください』

その時、イルメン級の下を見てみると、四機の騎甲戦車の姿があった。

国籍が違う、しかも一機を除いて全て二世代近く旧式の機体。

「あの方角は……」

それに対し、主砲砲手代理をしているクラリッサ・能美・ドラグノフが反応した。

「……私が機体を捨てた位置───まさか!」

そのクラリッサの反応で、深雪は察する。

クラリッサが乗っていたらしい機体の武装を回収して使うつもりなのだ。

(……なるほど、考えたわね。

機体の腕部マニュピレーターを武器腕にしていなくて良かった、けど……)

最悪の事態を想像してしまう。

(零のフレームは、騎甲戦車のそれと比べて脆い。

さすがに数発で関節が外れるなんてことはないだろうけど、騎甲戦車用の火器ではブレでろくに当たらないんじゃ……)

全弾撃ち尽くしてしまい、終いには一方的になぶり殺しにされる姿を幻視してしまう。

(彼なら……彼が、アタシの知ってる彼だっていうなら……!

だけど……!)

万が一、が怖い。

思わず、体が動いた。

立ち上がった深雪は、優里が突然のことに慌てながら「深雪、どこへ!!?」と尋ねるのに対し、

「艦載機格納庫!」

それだけ言ってCICを後にした。

「深雪……」

優里も、その彼女の背中を見送るだけしかできなかった。


その通り僚は、クラリッサの乗っていたT-34の元へと向かい機体を“兵士形態”に変形させ、アサルトライフルを回収する。

『《不明なユニット》が接続されました』

洒落た表示がメインモニター中央に出る。日本軍で登録された武装ではないのでしょうがないが、僚は知識でこの武装のことを知っていた。

BAKボルソーイ・アブトマットカラシニコフ-147───至極簡単に言えば騎甲戦車が扱う用に巨大化したAK-47突撃銃だ。

弾倉を外し、残弾を確認する。

やはりか、口から覗くはずの弾丸は一発も入っていない。

それを確認した僚は空の弾倉をその場に置き、T-34の腰部アーマーに備わっていた別の弾倉に交換した後に人型の形態のまま試作三号機を飛翔させた。

「───ぐっ……!!」

当然、重くなる。

さすがに辛いか、と一人ごちりながらも、敵騎甲戦車達に向けて飛んでいく。

発見、同時に敵機からマシンガンによる砲火を受ける。

「───危ないなぁっ!」

言って上空に飛び発ちながら、下向きにアサルトライフルを斉射。

AK-47を騎甲戦車用に大型化したアサルトライフルが、同じく大型化した弾丸を銃口から吐き出す。

レールガンより反動が大きい火薬銃であった為、機体のコンピューターによる反動制御が難しいが、下に撃ってるせいもあるのか、なんとかカバーできた。

機体が、思った以上にフィットする。

おまけに、かなり有利に進んでいた。

『騎甲戦車は地上戦に於ける平面的な戦闘に特化している』

かつて工学の教師が言っていたことを思い出した。

『だが、もちろん弱点もある。

戦闘機みたいな、立体的な機動をする相手には引けをとる』

実際そうだった。

『いかに高所を、いかに急角度で攻撃できるか』

それが、対騎甲戦車戦に於ける射撃戦での定石の一つとも言えた。それはつまり、単機で飛翔可能なこの機体の独壇場である。

真上からフルオートで撃ち、先にBT-2を黙らせる。

東ロシア帝国陸軍の既に退役したはずの機体で、クラリッサが乗っていたT-34もこの機体から派生した発展モデルの一つだ。

左腕に防御用の盾を装備している機体だったのもあるが、軽戦車の如く機動力に優れた機体であるこの機体は長期戦になった場合厄介な為、真っ先に仕留めておく。

盾で庇われたのもあり、弾を切らしてしまったがそれまでに盾を破砕しつつゴリ押しでだが倒すことができた。

今装填されている分の弾倉が空になるとライフルをその場に置き、倒したBT-2から対物ナイフ二本を手に取り、片方をスチュアートに向かって投擲、胸部に直撃させ一撃で沈黙させる。動かなくなった機体を接近してくるM2に向かって投げ飛ばし、もう片方のナイフを投げ飛ばしたスチュアートに向かって投擲。

スチュアートのバックパックに当たり、機体は爆散。もう一機のM2もそれに巻き込まれる。二機同時に葬った。

そのタイミングで、最後の一機ティーガーⅠが接近する。

そこで僚は失敗したと思った。

この中で唯一の現役ということもあり、一番厄介そうな機体が残ってしまった。それだというのに、もう武器は残されていない。

どうにかならないかと思い、飛翔しようとしたが───。

「───!」

突然アラートが鳴り、何事かとサブディスプレイを見て驚愕する。


推進剤残量10%

バッテリー残量28%


バッテリーこそギリギリ持つかと言ったところだが、推進剤は実質現在地から信濃に向かい着艦する分しか残ってない。

「……これじゃ───!」

虎の名を冠する騎甲戦車ティーガーが、手持ち式の滑腔砲を向けながら迫る。

ロケットランチャーの様な要領で構えられたそれの砲口から火を吹きながら砲弾が発射される。

飛んで推進剤を消耗しない様に、ステップだけで弾丸を回避。

「くっ……!」

僚はこの時、ある違和感を感じていた。

いや。違和感の様なもの、という段階でなら、既に感じ取っていた。

それが今明確に感じられた。

なぜこの機体はここまでしっくりきているのであろう、と。

それと、もう一つあるが、それらを彼は思考の片隅に追いやった。

そんなことを考えてる暇があったら、目の前の機体ティーガーをなんとかしなければ。

その時、

『───僚!』

聞き覚えのある声が響いた。


「くっ、応答しろ!

誰か出ないのか!?」

その頃、ティーガーに乗っていたパイロットは目の前の状況に、正直対応できていなかった。

「翼の生えた騎甲戦車だと……!?」

その翼に描かれた赤い丸を視界に入れる。

「日本軍め……!

いつまでも騎甲戦車を手にしないと思ったら、裏でこんなものを作っていたのか……!」

機体細部と、細かい挙動を見れば見るほど、違いが分かってくる。

かなり複雑な内部フレームが噛み合い、動き動かし合いながら稼動している。

ある意味騎甲戦車とは違う進化の系譜をした存在と言えた。

「だが、もう武器は無いはず……!

日本軍だろうと、邪魔する奴はここで倒す!」

そう言って滑腔砲を構えた直後、

「───なっ!!?」

どこからか飛んできたロケットが砲身に直撃し、手から得物が弾き飛ばされてしまった。

「どこから───!!?」

飛んできた方角は、信濃の後部甲板のあたり。

モニターの映像を拡大し確認してみると、そこにはもう一機の『翼の生えた騎甲戦車もどき』がいた。

それを確認した直後、機体が激しく揺れた。


数刻前。

『《零式TOKM艦上戦闘機 試作型四号機》


SYSTEM GREEN ZONE


TAKE OFF STANDBY』

深雪の目には、起動する試作四号機の画面が写る。

起動を確認するなり、深雪は『可変機構制御装置モードシフトレバー』を使用し機体を“兵士形態ソルジャーフォーム”に変形させる。

「───くっ!!」

試作四号機は起動するなり、警報アラートを鳴らしまくる。鬱陶しいと心中で毒づくが、無理もなかった。


電磁投射砲 残弾0

小口径ガトリング砲 残弾0

近接防御機関砲 残弾0


そんな状態で起動した為だ。

電力と推進剤だけは100%の状態だったが。

当然こんな状態では戦闘など不可能。とはいえ、元より戦闘する気など無かったが。

「試作品だけど……!」

大きめのロケットを二つ担ぎながら、エレベーターに乗り飛行甲板に運ばれると、その内の一つをカタパルトに装着した。

そして、試作三号機の方に向ける。

「僚!」

通信を入れると、僚が驚く様な反応を返した。

『なんであなたが……?』

「御託はいいから受け取りなさい!

試作品だけど、手持ちの武装!」

そう返した深雪は、カタパルトを起動させ、ロケットを射出した。


信濃から射出されたロケットが、ティーガーの持つ滑腔砲に当たりそれを吹っ飛ばす。

動揺したのか狼狽えるティーガーに対し突撃を噛まして押し倒すと、試作三号機にロケットを開けさせ、中に入っていた短機関銃サブマシンガン型の火器を掴ませた。


石火矢

内容量60/60発


確認した僚はそれを構え、引き金を引いた。

石火矢の銃口が連続で弾を吐き出す。

だが、射出された弾丸達はティーガーの装甲を撃ち抜くことができない。

というか当たる度に弾かれている。良く見てみると発射されている弾丸はパチンコ玉くらいの鉄球にしか見えない。

「なにこれ、使えなっ!」

それでも、頭部のカメラを破砕するだけの火力はあった為、目眩ましには使えた。勿論、当てた為に判明したことなのだが。


石火矢

内容量0/60発


弾が切れたということもあるのだが、何より使い物にならないことを理由に、僚は使いきった石火矢を置いて対物ナイフ二本用いた接近戦に移行した。

ナイフがあるだけ近接の方が部があると、そう思っての選択だった。

だが、ティーガーも負けじと殴りかかってきた。

「───くっ!!」

決して速くはないが遅くなく、なおかつ破壊力のある一撃をなんとか回避するも、一撃を避けてはまた一撃が来る。攻めに転じることができない。

その時、対峙していたティーガーが突然後方に倒れた。

仰向けになる様な感じに。

「───っ!!?」

起き上がろうとするティーガー。だが、機体の片足が倒れた際の負荷に耐えきれずに関節を損傷しスパークを放っていた。

それが、二機二人機動兵器戦士の命運を分けた。


一瞬、凄まじい衝撃がコクピットを襲った。

「───なんだ!!?」

それと同時に自身の乗る機体が後ろに倒れていくのがわかる。

「なんで、そんな……!!」

重心移動は完璧だったはずだ。なのになぜ倒れた。

そう思った直後、メインモニターの端に映った左脚脹脛部に視線がいき、

「……いつの間に───!!」

そこに気をとられたのが、運の尽きだった。

「───ッ!!」

次の瞬間には、メインモニター中央より若干右に逸れたあたりから、対物ナイフが貫いてきた。


ティーガーの胸部に、迷わず対物ナイフを突き刺す。

それまでで、四機いた騎甲戦車を全て殲滅し終えた。

「これで、全部か……!!」

上にいる大型機を何とかできれば全て終わるはずだが、自分はどうしようもない。

そこで、僚はふとティーガーの左脚部にそれが刺さっているのに気が付いた。

それは、支給されたものではない対物ナイフ。ロケットに入っていた対物ナイフはティーガーの胸部に刺さっているのと左手に保持しているもので全部のはずだ。

そこから考えて別のところからどういうわけか飛んできたものだと考えた。

刺さったそれが飛んできた方角の先にあるのは───信濃 後部甲板。

確認してみると、そこには石火矢とされる火器を保持した別の零の姿があった。

「……そうか!」

あることを閃いた僚は石火矢を拾い、ティーガーの胸部から引き抜いた対物ナイフを石火矢に銃口から装填した。

あと、仕方がないので電力消費を押さえる為にディスプレイを切ってコクピットハッチを開放する。

その状態で、出力を最大にしてその場から一機に向かって射撃した。


射出された対物ナイフがイルメン級の一機かたわれの右翼を穿った。

着弾したあたりから煙が上がる。

当たった方の機体は段々と軌道が逸れていく。

「よし!」

もう一発撃とうとして、もう一本の対物ナイフを装填する。

そして石火矢を構え撃とうとしたその時、

「───っ!!?」

一際けたたましい警報アラームが鳴り響き、直後にコクピット内の灯りが消えた。消えたとは言ってもハッチを開けている為に明かりと脱出法については特に問題は無かったが、直後にだんだんと機体が後ろに倒れていく。

その様で、僚は悟った。

「バッテリー切れ……ここで!!?」

愚痴ったころには既に、試作三号機は倒れ尻餅を着いたような姿勢になって沈黙した。

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