第9話








苦しい、くるしい。


初めて、こんなに怒られた。

初めて、こんなに乱暴な事をされた。



こんな声、聞いたことが無い。



「…別れる?」


「…うっ…」


「他の人に声に惚れたって…そんなの、許す訳ないだろ…?」


「……あき、と…?」



思ってもいなかった言葉に、思わず目を見開いた。

彼の目を見つめると、見たことの無い色をしていて。


ゆらゆらと揺れては、じわ…と水に沈んでいった。





――どうして、哀しそうにしているんだ?






「別れるなんて、許さねーから…」


「………」


「他の奴を好きでも、俺の傍に居ろ」


「……ぁ…」



ぽろり、と俺の瞳から涙が零れた。

俺、好きな人と一緒になんか、絶対居られないんだ。

明人の隣が、俺の場所なんだ。


最初から、彼へ近づくことも出来ないんだ。



俺は、こくん…と頷く。

声も出さず、明人の目も見れなかったけど。

確かに、了承をした。






俺の思ってた以上に、明人は俺が好きだったみたいで。

俺の思ってた以上に、俺は彼のことが好きだったみたいだ。








「明人…明日も一緒に帰ろうな」



へらっと笑って、そう言った俺。

明人は息を呑んで、一瞬ぐしゃりと顔を歪めた。


何も言わなかったけど、俺の手を取って。

強く握ってきた。



「…ごめん。好きなんだよ、雅春が…」



俺の手を引く彼から、愛しい声が聞こえた。



「うん。俺も好きだよ、明人」








その声が。






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